2話・娯楽
背中の焼き印の痕が疼く。
礼儀作法や言葉遣いを念入りに教え込まれた。何故こんな教育を受けさせられているのか分からないまま、高貴な女性相手の立ち居振る舞いを学んだ。
家庭教師から及第点を貰った頃、再びあの赤茶の髪の女性が部屋に訪れた。もう不快を表情に出したり余計なことを喋るような真似はしない。ひと通り成果を見せると、彼女は満足げに頷いた。
「少しは見られるようになったわね。頃合いかしら」
仕立ての良い衣服を着せられ、部屋から連れ出された。屋敷内の廊下を歩くのは初めてここに連れて来られた時以来だ。
外に出て、今まで閉じ込められていた部屋が広大な敷地に建てられた離れの一室であったと知る。手入れの行き届いた庭園の向こうに見える一際大きな屋敷が本宅だ。そちらに通される事は生涯なかった。
馬車に乗せられ、着いた先はまた別の屋敷。郊外に建つ別荘のような場所だった。
そこには赤茶の髪の女性の友人と思しき女性達が数人待っていた。貴族女性のお茶会だと思ったが、そうではなかった。女性達はそれぞれ着飾った少年を連れてきていた。みな自分と同じ六〜八歳前後の顔立ちの整った少年達だ。
「コルネリア様の奴隷、本当に可愛らしいこと!」
「羨ましいですわ!」
「わたくしの奴隷はどうにも泥臭さが抜けなくて」
「あぁら、イリア様の奴隷も愛らしくてよ」
奴隷とは自分達のことで、見世物にする為に連れてこられたのだと理解した。
同じ境遇であろう他の少年達をちらりと見る。それぞれ主人である女性の傍らに立ち、向けられる好奇の目に必死に耐えていた。
何をされるかと身構えていたが、大したことはなかった。持ち寄った衣装に着替えさせられたり、他の少年と絡んだり。要は生きた人間で人形遊びをしているようなものだ。この場にいる女性は全員貴族らしい。彼女達のお遊びの道具として生かされていたのだ。
自由は無いが衣食住に困らぬ生活。放り出されて寒さに震えて飢え死にするよりはマシ。そう自分に言い聞かせ、ひたすら指示に従った。
奇妙なお茶会は定期的に開かれた。その度に参加する女性が増えていく。はじめは四人だったが、今では十人近くの貴族女性が奴隷を持ち寄って自慢し合っていた。
「やっぱりコルネリア様の奴隷が一番見目がよろしいわねえ」
「とても敵いませんわ」
コルネリアというのが自分の主人の名だ。他の女性達から煽てられ、満足そうに微笑んでいる。おそらく参加者の中でも上位の貴族なのだろう。誰もが彼女を持ち上げるような発言を繰り返している。
「うちの奴隷、背が伸びて可愛らしさがなくなってきてしまいましたの」
「食事を与え過ぎなのではないかしら? うちはもう僅かな果物しか与えてませんのよ?」
「まあ、それは良いことを聞きましたわ!」
動物の飼育方法を相談するかのような気軽さ。
こうして日々の食事を制限され、育ち過ぎないように管理されている。彼女達の規定から外れればどうなるか分からない。どんなに空腹でも堪え忍ぶしかない。
「あらっ、フリージア様。新しい奴隷ね?」
「ええ、前のは育ち過ぎたから処分しましたの。この奴隷はもっと管理して長く可愛がってあげたいわ」
「意欲的ですこと!」
処分と聞いて、自分を含めた少年達は一瞬体を強張らせた。ここで取り乱してはならない。互いに目配せをして平静を装う。言葉を交わしたことはないが同じ立場だ。仲間意識もある。見知った顔がいなくなるのは悲しい。
背が伸び、体つきが逞しくなれば棄てられる。声変わりも許されない。永遠に飼われ続けることは出来ない。薄々気が付いていた。これはあくまで貴族のお遊び。彼女達が飽きれば終わる。
だが、この生活は唐突に終わりを迎えた。




