閑話・はじめてのハロウィンパーティー
「アケオ君、次の『物語』はまだかな?」
「……もうちょっとお時間もらっていいですか……」
午後のお茶の時間を見計らったようにやってきたヒメロス王子は、優雅にカップを傾けながら執拗に催促を繰り返した。ちなみに間者さんは王子が来る直前に姿を消している。
こっちの世界には『物語』、つまり創作物がない。あるのは実際に起きたことの記録や日記、宗教書くらい。ゼロから作られた架空のお話は存在しない。
僕が昔話や童話を教えてからというもの、創作物の中にこめられた教訓や登場人物達の感情の起伏にヒメロス王子は魅入られてしまった。以降、顔を合わせる度に新作を強請られる始末。
とは言っても、知り得る限りの話は大体書き起こしてしまった。あとは漫画やゲームの内容を文字に起こすくらい?いや、どんだけ紙とインクを使うことになるか、考えただけでも恐ろしい。
だからこうしてのらりくらりと躱し続けている。
僕たちがよく分からない駆け引きをしている間に、侍女さんがお菓子を取り分けてくれた。
「……あ、カボチャのパイ」
今日のおやつは揚げ芋に砂糖をまぶしたものと、カボチャ餡が包まれた香ばしいパイだ。こっちの世界にもカボチャがあるんだよなあ。
……
………
……………
「ヒメロス王子、異世界の季節の行事に興味ありませんか」
「──詳しく聞かせてもらおうか」
案の定、ヒメロス王子は興味を示した。
まず紙とペンを用意してカボチャの絵を描く。カボチャの側面につり上がった三角の目と鼻、ギザギザの笑う口を描き込む。
「まず、カボチャの中身をくり抜いた上で皮にこういった穴を開けます。これが『ハロウィン』の代表的な飾り、『ジャック・オー・ランタン』と呼ばれるものです」
「ほう! で、これは何に使うのかな?」
「玄関先に飾って中にロウソクを立てて灯したり、とか?」
「なるほど」
実際作ったことがないから用途はいまいち分からない。ランタンというからには照明器具代わりだろう。
僕の描いた絵を見ながら、ヒメロス王子は何度も頷いている。
「ハロウィンっていうのは、えーと、子供がおばけの仮装をして近所の家を回ってお菓子をもらう行事……です」
起源とか意味とかあった気がするけど、全然思い出せない。とにかくカボチャのランタンと仮装とお菓子、それさえあればハロウィンと言えるだろう。
「おばけ、とは?」
アッ、そこからかーーー!
そりゃそうだ。創作物がないから、おばけの概念もないんだよこっちの世界。
思い出せる限りの仮装ネタを紙に描いていく。
魔女、オオカミ男、シーツの幽霊、吸血鬼 etc.
「これが『おばけ』……幼い子供がこういった格好をするわけか。それは可愛らしいだろうな」
「ジャック・オー・ランタンが飾ってある家に行って『トリック オア トリート』という合言葉を言うんです。『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』という意味の言葉なんですけど、そう言われたら大人は子供たちにお菓子をあげる、っていう」
「あげなかったらイタズラされてしまうわけか」
「そうです。だから、前もってお菓子をたくさん用意しておくんですよ」
「ふむ。非常に興味深い。季節の行事で近所の住民たちと触れ合い、交流を深めるのが目的なのかな」
相変わらず冴えてらっしゃる。
こうしてヒメロス王子の指示のもと、サウロ王国の王都ではハロウィンパーティーの準備が進められた。
手先が器用な職人たちにより、ジャック・オー・ランタンはイメージ通りに仕上がった。くり抜かれたカボチャの中身はお菓子の材料として利用される。もちろん種もローストされてトッピングに使われるので無駄がない。街の仕立て屋がフル稼動し、僕の絵を元にデザインを複数起こし、様々な衣装が作られた。
「最近街が異様に盛り上がってると思ったら、ぜんぶアケオの発案だったの?」
王宮の議事堂にあるサロンの一室。
外交の講義で顔を合わせるなり、マイラからそう言われて僕は頭を抱えた。
「……いや、発案ていうか、元の世界の行事をヒメロス王子に教えただけなんだけどね」
「おかげで貴族学院でもその話で持ちきりよ。今度のお休みの日に、王都中で『はろうぃん』をやるんですって」
話がおおごとになってる!
時間稼ぎに口走ったの、早まったかなあ。
「それでね、あたしも仮装することにしたの!」
「え、どんな服?」
「それは当日まで内緒!」
「ねえさまが参加するからボクもやる」
「ラトスも?」
「ラトス様がやるなら私も」
「うふふ、マイラと私はお揃いの衣装なのよ〜」
「シェーラ王女とアドミラ王女まで……!」
やばい。
僕の言ったことが原因で王族を巻き込む事態になってしまった。これは流石に予想外だ。
「王都の街中でもやるんだけど、貴族の子供は警備の関係でみんな王宮の庭園や議事堂でやるんですって」
確かに、仮装して街をウロウロしてたら護衛の人達も見失いそうになっちゃうもんね。場所を限定すれば迷子になることもない。
「アケオは何の仮装をするの?」
「え、僕? 仮装するのは子供だけ──」
「……あたしはアケオも一緒に参加してほしいわ」
上目遣いにそう言われたら断れない。なんだかんだで、マイラのお願いには弱いんだ。
やってきました、週末。
王宮の庭園や議事堂の一階部分にはカボチャで作られた大小様々なジャック・オー・ランタンが並べられていた。他にも色とりどりの綺麗な布で壁や柱が飾り立てられている。
「ヤモリさん、それ何の仮装っすか」
「………………吸血鬼……」
僕は白シャツに臙脂色のベスト、白手袋に襟を立てた黒いマントを羽織っている。侍女さんたちがノリノリで仕立ててくれた衣装だ。牙も石膏で型を取って削り出したものを付けている。
これで人前に出るの?
恥ずかしいんですけど??
「間者さんは何もやらないの?」
「や、自分は──」
「えい」
突然背後から間者さんに体当たりしてきたのはセルフィーラだ。ぶつかったどさくさに紛れて間者さんの頭に何か被せている。
「何だこりゃ」
「オオカミの付け耳です、お兄様」
全身真っ黒な服に黒いケモ耳。なるほど、これはオオカミ男の仮装か。あれ、もしやコレ、ホンモノの魔獣の毛皮では???
「あとは毛皮を貼り付けた手袋と長靴、尻尾を付けていただければ完璧です!」
「……自分は子供じゃないんすけど」
間者さんは不本意そうだが、こうでもしなければ彼はイベントに参加してくれない。セルフィーラ、グッジョブ。
それにしても……
「セルフィーラ、すごく似合ってるね」
「うふふ、エレナさんが用意して下さいました」
メイド長さんの仕業か。
セルフィーラの白く長い髪を引き立てるような、つばの広い真っ黒なトンガリ帽子。身体のラインを見せつつ、露出の少ない黒のロングドレス。そして背の高さほどもある長い杖。全体的に真っ黒だが、ちらりと覗く裏地は鮮やかな赤色だ。
「これは魔女かな?」
「そうみたいです。わたし、魔法は使えないのですけど」
「仮装だからね」
「ヤモリ様もお似合いだと思います」
「……ありがとう」
褒められても微妙な気持ちだ。
でも、部屋から庭園に出てみると、大人も子供もみんな楽しそうにしていた。僕が描いたイラストをアレンジしたような仮装もたくさん。
「アケオ、やっと来たのね!」
「マイラ」
僕の姿を見つけてマイラが駆け寄ってきた。
真っ赤なパフスリーブのドレスに、同じ色の大きなツノと背中の翼。膝丈のブーツも赤で揃えられている。これは悪魔っ子のコスプレかな? 隣には色違いの青で揃えたアドミラ王女もいた。こうして並ぶと双子みたい。
「どうかしら、似合う?」
「うん、可愛い」
「でしょー!」
その場でくるりと回ってみせるマイラ。
やや短めなスカートが舞いそうになるが、裾には飾りに見せかけた錘が付けられている。魔力制御魔導具の効果で舞い上がらないように、この衣装にも手が加えられているようだ。
ラトスとシェーラ王女もいるはずだが、人がたくさんいて見つからない。仮装してるから、ぱっと見で誰が誰だか分からないんだよね。
「今から色んなところを回ってお菓子を貰いにいくの。一緒に行きましょ!」
「う、うん」
腕を組まれて、僕は飾り付けられた庭園内に引っ張り出された。
「とりっくおあとりーと!」
「はい、お菓子をどうぞ」
「わーい!」
合言葉も浸透している。そこら中で仮装をした子供たちが大人にお菓子を貰って喜んでいる。
配られているのは主に焼き菓子だ。クッキーやマドレーヌ、パウンドケーキが紙で包まれ、可愛いリボンで留められている。それと飴菓子。ビニールがないから、まわりにくっつかないように油紙でひとつずつ包まれている。中にドライフルーツが入ってて見た目も可愛い。
マイラ達と一緒に回るだけで、僕もたくさんお菓子を貰ってしまった。最初に渡されたカゴがもう溢れそうになってる。
庭園のいたる所には休憩スペースが設けられていて、そこで貰ったお菓子を食べながらお茶を飲んだりも出来る。
「あ、暗くなってきたね」
パーティーが始まってどれくらい経ったのだろう。日が傾いて辺りが薄暗くなってきた。
そろそろお開きかな、と思った時。
「さあ、お楽しみはこれからだよ!!」
どこからともなくアーニャさんの声が響き渡り、庭園内に飾られていたジャック・オー・ランタン全てに光が灯った。魔法の炎ではない、魔力の小さな塊がカボチャの中に入って光らせているんだ。
カボチャ以外にも魔力の光が色んなところに浮遊していて、足元まで照らしてくれている。
更に、空を舞う無数の白いおばけ。
これは風の魔法で操られた白い布の塊だ。これには来場者も度肝を抜かれて大盛り上がりを見せている。
「あ、やっぱりラトス達だ」
おばけを操っていたのは、ラトスとシェーラ王女だった。二人は庭園が一望できる議事堂のバルコニーで協力して魔法を使っている。お揃いの白いケモ耳を付けているのが見えた。
「やあ、楽しんでいるかなアケオ君」
「あ、ヒメロス王子」
「君のおかげで大盛況……はわっ!」
真っ白なタキシードにシルクハット姿の仮装でやってきたヒメロス王子だったが、魔女の仮装をしたセルフィーラを見て動きが止まった。彼には刺激が強過ぎたかもしれない。そのまま騎士さんたちに連れられて退場となった。
その原因となったセルフィーラは全く気にも留めていない。
「お兄様、あれは何でしょう」
「どれ? ……わかんねー」
間者さんとセルフィーラも仲良くイベントを楽しんでくれている。たまには二人で過ごさせてあげよう。
「こんなに楽しい催し、初めてだわ!」
庭園の片隅にあるベンチに腰掛ける。すぐに侍女さんたちが飲み物を運んできてくれた。貰ったばかりのお菓子を眺めながら、マイラは満足そうに笑っている。アドミラ王女はいつのまにかはぐれてしまっていたから、ここにいるのはマイラと僕だけだ。
「アケオの世界には素敵なものがいっぱいあるのね。はろうぃん、すっごく楽しいわ」
「僕も参加したのは初めてだよ」
「そうなの?」
「うん。向こうの世界でも、元は違う国の行事なんだ。ここ数年で取り入れられてきたから、まだ一般には浸透してないっていうか」
近所の子供が急に『トリックオアトリート!』と訪ねてきても対応できる人はそんなにいない。都会で仮装イベントをやるくらいだろうか。
そもそも、僕はひきこもっていたからね。
「そっか。じゃあ、これがアケオにとっても初めての『はろうぃん』なのね!」
そう言って笑顔を向けるマイラ。
遠くに見えるランタンの明かりが辺りをぼんやりと照らしている。いつもと違うマイラの姿が現実と非現実の境界を曖昧にさせた。
「……来年も一緒にハロウィンしたいね」
「ええ、約束よ!」
小指と小指を絡めて指切りする。
これは以前僕が教えたおまじないだ。それ以来、約束をする時は必ずこれをするようになった。
今はこうして次の約束を重ねていくだけで精一杯。
***
──議事堂のとある執務室。
「陛下も参加したかったですか」
「……山のように書類を積んだ張本人がぬけぬけと」
「今回の催し、費用は国が全て負担してますからね。関係各所への協力要請や警備の配置など、やることはたくさんあるんですよ」
「……はあ。だが、子供たちが楽しんでいるようで何よりだ」
大きな窓越しに見えるランタンや魔力の明かり。時々通り過ぎていくのはシェーラが操るおばけだ。こんな時まで仕事に追われている父親に対する気遣いだろう。
「戦争で沈んでいた空気も、この催しでかなり明るくなりました。ここだけでなく王都の街中で同じように盛り上がっております」
「これもヤモリのおかげだな」
「はい」
***
「アケオ君。季節の行事、他にもあるんだろう?」
「……ありますけど……」
ヒメロス王子は全く懲りていなかった。
学者貴族さんとアリストスさんは照明係として
裏でずっと魔力を提供してました(ひどい
ハロウィン小話、いかがでしたでしょうか
最終回後もみんな楽しく過ごしてます
このお話を書こうと思ったきっかけは
素敵なコラボイラストを頂いたからです↓
戸森鈴子さま(twitter→ @TomoriRinco )の作品
『色の無い夜に・Colorless Night』とのコラボです
(作品URL→ ncode.syosetu.com/n6922fw/ )
元の世界のスナック菓子に飢えていたヤモリ君に
カラレス主人公の麗音愛くんと椿ちゃんが
世界線を飛び越えて某ゆうめいポテト菓子を
持ってきてくれました!ヒャッホーウ!!
作中でのヤモリ君とマイラの衣装はこのイラストを
参考に描写させていただきました
戸森さま、素敵なイラストありがとうございました〜!




