2話:保護
偉そうな赤毛の青年の名前は『ヴァーロート』。ユスタフ帝国とかいう大国の第一皇子で、次代の皇帝なんだとか。あまりにも俺が頭を下げないものだから、お付きの兵士がわざわざ教えてくれた。
ユスタフ帝国?
なんだそれ。聞いた事もない国だ。
よく見れば、髪色だけでなく瞳の色も日本人とは違う。金糸に彩られた白い詰め襟の軍服の胸には幾つもの階級章らしきものが付けられている。ヴァーロートが周りの兵士と比べても格が違うのが一目で分かった。年齢は俺と同じくらいか、やや上だろうか。外国人は彫りが深いからよく分からない。
「異世界人を見たのは初めてだ。皆おまえのように強く勇敢なのか?」
「は?」
馬に乗ったまま、ヴァーロートは俺の周りをくるくると回って話し掛けてくる。随分と気安い皇子だ。
「これ、殿下の質問には平伏して答えよ!」
「なんで俺が土下座しなきゃいけねーんだよ!」
頭が高いとお付きの兵士に怒られた。無理やり頭を押さえつけて下げさせようとするのでムカついて足払いしてやった。ヴァーロートは笑って見ているだけで怒ったりはしない。随分と寛容に見える。
しかし、こんな荒野で人に出会えたのは不幸中の幸いだ。あんな獣がウロウロしているような場所では安心して休む事も出来ない。とにかく、自分に興味を持っているこの殿下とやらを利用しない手はない。
「済まんが俺には行く当てがない。ここが何処かも分からん。しばらく世話をしてもらいたいんだが」
「よかろう。その代わり話を聞かせよ」
こうしてユスタフ帝国第一皇子サマに拾われ、荒野のど真ん中で野垂れ死ぬという最悪の事態は免れた。
これで一件落着、とはいかない。何故か言葉は通じるものの、とにかくここは俺が住んでいた世界とは違うということだけは理解できた。
元の世界に戻る方法は無い。
冗談じゃない。二ヶ月後に結婚式を挙げる予定なんだぞ。もう式場に前金を払い込んであるし、招待状も送付済みだ。結婚直前に新郎が行方不明なんて笑えない。第一、愛里が悲しむ。いや、殴られる。
何がなんでも帰る。それにはまず生き残ることが最優先だ。
取り敢えずヴァーロートの話し相手を務めることで衣食住は確保できた。皇子サマだというのに奴は毎日色んな場所に出向き、その全てに俺を同行させた。
「マサル、軍で鍛えてみないか。おまえがどこまで通用するか試してみたい」
「はあ」
思い付きで帝国軍の鍛錬場に突っ込まれたりもした。小さい頃から空手をやっていたので、素手であればその辺の兵士に負けることはなかった。これでヴァーロートから更に気に入られた。
しかし剣は未経験だ。金属製の長剣は細身でも重い。思い通りに振れるようになるまでかなり時間が掛かった。
「なあ、もしかしてこの国は戦争中なのか?」
「お、よくわかったな。その通りだ。現在ロトム王国との国境でやりあっている」
道理で負傷した兵士の姿が目立つわけだ。
「父上はこの大陸の総てを支配したいらしい。小競り合いを仕掛けて、相手が痺れを切らすのを待っておるのだ」
「その割に怪我人が出てるけど」
「戦争続きで熟練の兵士が減っておるせいだな」
「効率わりぃな」
「こら、滅多な事を言うな。父上の御意志に異を唱えると打ち首だぞ!」
帝国がヤバい国なのは分かった。
周りに喧嘩を吹っ掛けて、相手が怒ったら戦争に持ち込んで侵略。それは良いとしても、自国の兵力を正しく把握していない。そのうち返り討ちに遭うぞ。
「だからな、俺は兵士に変わる戦力を持とうと考えておるのだ」
そう言って連れてこられたのは、兵舎のひとつを改造して造られた大きな檻。そこでは数十匹の魔獣が飼われていた。
「これを増やして従わせることが出来れば、良い戦力になるとは思わんか?」
「……従わせることが出来ればな」
檻の中に閉じ込められた魔獣は黒いのばかり。先日俺が相対した大型犬以外にも、馬や牛みたいなものもいた。どいつも獰猛そうな奴らで、檻の外にいる人間に向かってやかましいくらいに吠え立ててくる。今にも檻を壊して出てきそうな勢いだ。とてもペットのように飼い慣らせるとは思えない。
「繁殖させてみたが、仔が魔獣ではなかったり、そもそも生まれてすぐ他の魔獣に喰われたりしてな。うまくいかんのだ」
「あきらめた方が良くないか」
「しかし、魔獣が戦ってくれれば兵士が傷つかんで済むようになるだろう?」
おっ。こいつ、兵士のために……?
「療養中にも給金が発生するからバカにならんのだ。それなら魔獣の方が安上がりかと思ってな」
一瞬感動しかけた俺の気持ちを返せ。
ヴァーロートは第一皇子です
第一、ということは第二もいます
次回、第3話『葛藤』




