17話・暗黒
ヴァーロートが新皇帝となり、俺がタラティーアの元に通い始めた頃、帝国民の流出が明らかとなった。近隣諸国への亡命。それもかなりの数だ。
「これも民の忠誠心が低いせいだろうか」
「いや、軍内部に裏切り者が出た。どうも『人狩り』で兵士の身内を攫ってしまったらしくてな」
兵士の大半は平民出身だ。故に、帝都近郊の街には親族がいる。魔獣化の材料にする人間を調達するために始めた『人狩り』は軍の機密事項。貴族出身者にやらせていたが、誤って平民出身の兵士の身内を攫い、それが知られてしまった。
知れ渡るようわざと狙わせた。
それを知らないヴァーロートは国民の流出を嘆き、止める手立てを必死に考えていた。民を獣に喰わせているのは事実。ならば、無理やり従わせるしかない。
「民が一番多く流出している先は北のサウロ王国らしい。その国を叩いて逃げ場を無くせば、民は自ずと戻ってくるんじゃないか?」
「うむ。だがな、あの国には魔法使いがいる。だから父上もおいそれと手を出さなかったのだ」
そういえばそうだったか。
魔法使いか。どれくらいのものかは知らないが、他の国よりは厄介そうだ。
「何も本格的に戦争しろとは言ってない。国境に兵を配置するだけでも抑止力となるだろう」
「……そうだな。済まんが、また力を借りるぞマサル」
「俺がおまえのために働くのは当たり前だ。我が皇帝」
帝国の基盤が揺らぐ中、ヴァーロートの俺に対する信頼は揺るぎないものとなっていた。即位前からの忠臣であり帝国軍の実権を握る、いわば皇帝の右腕。即位の際に楯突いた有力貴族はほとんど始末した。奴が頼れるのは俺しかいない。時間をかけ、そういう状況を作り上げてきた。
そんな時期に、幽閉中のタラティーアがひっそりと子を産んだ。お産の介助をしたのは世話係の女官ひとり。妊娠も出産も周りには知らせていない。西の塔の中でも窓のない部屋が子供の部屋となった。
瞳の色は母親譲りの青で、顔立ちはやや俺に似ている。髪も俺に似て黒かったが、タラティーアは気にせず可愛がった。カサンドール再建のために子孫を残す、という俺の言葉を信じて疑わない。逆らわないように洗脳したのだから当然だ。
だが、黒髪ではカサンドールの民は従わない。彼の国の王族はみな白髪だ。白髪の子供でなければ意味がない。
ふと、サキのことを思い出す。
サキを喰らった獣は魔獣化した後、何故か彼女の意思を宿した。他の人間を喰らった魔獣はそんな風にはならなかった。違いは、サキが異世界人だというだけ。
ならば異世界人の血を引く者を喰わせれば、意のままに操れる魔獣が生み出せるのではないか。
眠る赤子を見下ろしながら、そんな事を考える。
「クドゥリヤ、良い子ね」
赤子を抱き締め、穏やかな表情を見せるタラティーア。長い幽閉生活の中で、小さな赤子を育てることだけが彼女の唯一の楽しみとなっていた。そのおかげで精神的にも安定してきている。子供が生まれるまでは、時々情緒が不安定になることもあった。だが、今は自然な笑顔を見られるようになった。
あまり情が移ってからではマズい。
部下を塔の下に呼び、今後の算段を立てる。
しかし、国境での小競り合いが徐々に激しくなってきたと報告が入り、俺が直接出向くことになった。
俺が国境で刃を交えている間にサウロ王国の別働隊が帝国領に侵入、衛星都市にある魔獣の檻は全て破壊された。被害はそれだけに留まらず、帝城も襲撃に遭い、帝城の一部と西の塔が崩された。
タラティーアと女官は無事だったが、赤子は見つからなかった。崩れた瓦礫の下敷きになったのだろう。タラティーアはまた情緒不安定に陥ったが、ゆっくり洗脳し直した。
ここまでの反撃は正直言って予想外だった。早急に国境に壁を築き、サウロ王国との接触を断つ。そして、属国以外との国交も全て遮断した。
──俺の復讐はここから始まる。
「マサル、何故だ。何故俺に刃を向ける!」
「……わからないか。わからないだろうな。だからおまえは斬られるんだ。さらばだ、我が皇帝」
今更俺が裏切るとは思ってもいなかったのだろう。
ヴァーロートはほとんど抵抗出来ないまま俺に斬られて死んだ。妃も捕らえて処刑。元はと言えば、この女のワガママが発端だった。容赦はしない。死体は全て魔獣の餌にした。地下に幽閉された前皇帝も数年で病死。これで皇帝の一族は全て死に絶えた。
ヴァーロートは俺の恩人だ。
気さくで面白い奴だった。
いつからか残酷な面が目立つようになったが、それを差し引いても憎めない奴だった。
あいつが実の弟であるヴィエーストを殺したのは、思い返せば俺を繋ぎ止めておくためだった。そんなことをしなくても、あの時は裏切る気なんて毛頭なかったというのに。
あんなことさえなければ、と今でも思う。
だが、過ぎた時は戻らない。
これからはやりたいようにすると決めた。
どうせ元の世界に帰れないのなら、愛里に合わす顔がないのなら、こっちの世界の全てを歪めて壊してやる。
崩れた帝城を修復。皇帝一族の住居だった奥宮を新たな住処とし、大鷲の魔獣となったサキには離宮を与えた。何があったのかを察した彼女は、俺を責めることなく諦めたように俯いた。
タラティーアを太陽の下へと連れ出す。久しぶりに外の空気に触れ、彼女はやや生気を取り戻した。
「カサンドール復興のため、また子を産んでくれるか」
「ええ、シヴァ。国のためですもの」
一人目の子は失ってしまったが、元々黒髪は処分するつもりだった。それはもういい。
カサンドールの王族の特徴である白髪の子を作り、復興の旗印とする……と彼女には説明してある。
だが、本当の目的は違うところにある。
ヴァーロートの遺志を継ぎ、魔獣の養殖と改良を進めていく。そして、ヴィエーストが望んでいたタラティーアとの結婚。ついでに、前皇帝オーヴォルトの野望である大陸制覇。
それらを全て俺が代わりにやってやる。
***
──二十年後。
「確かに我が国では魔獣の研究を進めている、が……流石に竜は初めて見たな。そういえば、カリア列島の方面からそれらしき噂が流れてきていたが、もしや本人か?」
竜の魔獣に乗った黒髪の少年が訪ねてきた。
大型魔獣を連れていては人里には近付けない。魔獣に抵抗のない場所を探し求めてやってきたという。
異世界人。
手懐けてから獣に喰わせよう、そう思った。
「いいだろう。我が国で受け入れよう。俺は帝国軍の将軍シヴァ。おまえの名前は?」
「イナトリ。……伊奈鳥智史」
その名に昔の記憶が蘇る。
『マサルさん、この子に名前を付けてあげて』
『え、名前か……うーん』
『難しく考えなくていいですよ?』
『……そうだな。じゃあ、『サトシ』はどうだ』
『サトシ……良い名前を付けてもらえたわね』
幸せだった頃の、生まれたばかりの赤子を抱いたサキとの何気ない会話。永遠に続くと思っていた穏やかで満ち足りた日々。
それを思い出すと同時に、全てを失った時の絶望と決意も蘇った。
俺はやりたいようにやる。
後悔はしない。
これにて第一章 シヴァ は完結です
シヴァ=柴居將の転移後から
闇堕ちに至る全てのエピソードです
本編では彼の過去には一切触れていません
今回の話タイトルの『暗黒』は
破壊と再生の神シヴァの化身の語源である
マハー(偉大なる)カーラ(時あるいは暗黒)より
次回はこの章で登場した人物の紹介と裏話です




