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15話・狂気

 目の前で妻子が獣に喰われる。


 そんな地獄のような光景が他にあるだろうか。突然の出来事に、俺もヴァーロートも、周りにいた兵士達も全く動けなかった。






 日頃のお礼にと、子供を連れたサキが仕事場に差し入れを持ってきた。ヴァーロートに生まれた子の顔を見せたいとサキから言い出したのだ。俺が一緒なら怖くないから、と。頼りにされて嬉しかった。


 農村で慰み者にされていたサキを見つけて保護したのはヴァーロートだ。それ以降、住む場所や働き口を世話し、出産前後にはベテランの侍女を寄越してくれた。彼女にとって、ヴァーロートはこちらの世界での命の恩人。


 だから、最後の最期まで彼の役に立とうとしたんだろう。そのついでに、俺を縛る自分という枷を子供ごと処分した。


 そんな選択をさせたのは誰だ?





 何時間経っても俺は檻の前から動けなかった。





 檻の中にいた大きな鷲は魔獣と化した。サキと子供を生きたまま喰らったからだ。元の姿とは違う、真っ黒な羽根と小さな角を生やした大鷲。俺の愛した者達の姿はもうどこにもない。服や靴の残骸が床に散らばっているだけ。


 何度もヴァーロートや部下達から声を掛けられた気がするが、何も反応出来ずにいたらみんな出て行った。ここには魔獣と俺がいるだけ。



 この世界で生きる理由を失った。


 これ以上何も考えたくない。


 サキと子供のいない屋敷に帰りたくない。




「……サキ……」




 ギャア。



 俺の呟きに応えるように大鷲の魔獣が鳴いた。


 偶然か。


 いや、何かおかしい。


 魔獣といえば、もっと獰猛で四六時中暴れ回る生き物だ。例え腹が満ちていても、こんな風に何時間も大人しくしていられるはずがない。


 試しに他の名前をいくつか呼んでみたが、それには反応がなかった。俺が呼ぶ『サキ』にだけ返事をする。



「……え、まさか、サキ……なのか」



 そう声を掛けると、目の前の魔獣は大きく首を縦に振って頷いた。やはり普通ではない。


 この魔獣はサキなのか。しかも俺の言葉を理解しているようだ。


 これまで何百もの人間が獣に喰われたのを見てきたが、こんなことは初めてだった。俺がおかしくなったのか、この鳥が特別なのか、それともサキが他とは違うのか。違うところといえば、異世界人であるということくらいしかない。



「なんでだよ……なんでそんな馬鹿なこと」



 檻に縋り付いて泣く俺を、大鷲の魔獣……サキは困ったように見つめ返すだけ。


 ようやく本物の夫婦になれたと思ったのに。


 俺の弱さと迷いと後悔がサキを殺し、こんな化け物に変えてしまった。そう考えたら、急に全部投げ出したくなった。






「……ふ、はは……! ははははは!!」






 何もかも馬鹿らしい。


 全て無駄。無意味。無価値。






「──もういい。俺は今からやりたいようにする。だから、サキも後悔するなよ」



 小さく応える声が物悲しく聞こえた。







「ヴァーロート、先日は済まなかった。サキは産後鬱になっていたようで、俺も気付けていなかった。せっかく色々世話してくれたのに申し訳ない」


「あ、ああ。それで、もう復帰して平気なのか」


「しばらく休みをもらったおかげで吹っ切れたよ。死んだ二人のぶんまで頑張らないとな」


「……そうか。マサルがそう言ってくれるのを待っていたぞ!」



 前向きな姿勢を見せると、ヴァーロートは嬉しそうに笑って肩を抱いてきた。そのままの体勢で休んでいた間の出来事を俺に話し始める。その態度や声色からは、俺に対する警戒心は感じられなかった。


 元はと言えば皇帝が悪い。


 だが、それを更に乱したのはこいつだ。


 俺がもっと早くに決断して動いていればこうはならなかった。知らない世界で生きていくための基盤を他人に預けたりするからこうなった。


 諸悪の根源は断たねばならない。


 傷心の俺に、ヴァーロートは何かと気を使ってくれた。少しずつ立ち直る様を見せ、仕事で成果を出して信頼を得ていった。



「ヴァーロートはいつまで父親の手足でいるつもりだ?」


「はぁ? なんだ急に」


「前から思っていたんだが、魔獣化の条件を発見したことといい、戦場での実績といい、皇帝よりおまえの方が優れた指導者なんじゃないか」


「そ、そうか?」


「ああ。兵士や国民もみなそう思っているはずだ。()()()()()()()()()()()()()()、と」



 間近で真っ直ぐ目を見据えながら力説すると、ヴァーロートは軽く否定しつつ笑った。まんざらでもない様子だ。


 実際、これは俺の本音でもある。


 戦争狂で後先を考えない無能な皇帝よりは、現場を知っているヴァーロートの方が有能で、はるかにマシだ。指導者としては、だ。皇帝は高齢だが健康で、放っておけばあと十年は生きるだろう。そんなに長く待ってはいられない。


 その後も時々こうして持ち上げてやると、ヴァーロートもだんだんとその気になってきた。







「──父上を皇帝の座から降ろし、俺が帝位を継ごうと思う」


「ああ、それがいい。おまえはきっと良い皇帝になる」


「マサルも手を貸してくれるな?」


「当たり前じゃないか」



 ヴァーロートはクーデターを起こし、皇帝を地下に幽閉して自ら帝位についた。俺は名前だけの将軍ではなくなり、帝城に自由に出入りする立場と権力を得た。

次回、第16話『懐柔』

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