13話・脅迫
タラティーア姫を人質にして以来、カサンドールの民は帝国におとなしく従っている。逆らえば姫に危害が及ぶと理解してから抵抗する素振りを一切見せなくなった。
これにはヴァーロートが驚いていた。
「いくら人質がいるといっても、一人や二人は逆らう奴が出ると思っていたんだが……忠誠心もここまでくると恐ろしいな」
反発した奴を捕まえて魔獣の餌にするつもりがアテが外れた、とボヤくヴァーロート。魔獣化の条件である生きた人間の調達に苦労しているようだ。
「我が国の民の忠誠はどうだろうな」
「……忠誠ねぇ」
あるわけないだろ。
カサンドール王国の国王と王妃は国民が犠牲になるのを良しとせず、早々に降伏して処刑された。ユスタフ帝国の皇帝は近隣諸国に喧嘩を売りまくって無駄に兵を疲弊させ、民には重税を課している。君主としての格が違う。
「俺が帝位を継ぐ時に人心が離れていては統治に支障が出る。何とかしないとなぁ」
現皇帝は高齢だ。死ねばヴァーロートが継ぐことになる。その時もこんな状態なら従う者はいないだろう。
国が傾けば俺の勤め先がなくなる。所帯を持つと決めた以上、生活の基盤が傾くのは避けたい。機を狙ってタラティーア姫とヴィエーストを逃がし、その後はこの国を立て直すことに尽力しよう。
この時、俺は忘れていた。
誰が今回の波瀾の発端だったのかを。
「ヴィエーストが死んだ……?」
幽閉中のヴィエーストが急死した。あいつが自ら死を選ぶわけがない。そうならないよう希望を示していたのだから。
死因は毒殺。
「ヴァーロート、まさか、おまえ」
「俺だって好きで実の弟を殺すものか。仕方ないだろう、謀反の疑いがあったんだからな」
「幽閉中に何が謀反だ!」
「何者かがヴィエーストを逃がそうと画策していたらしい。ヴィエーストはタラティーア姫と一緒にカサンドールに逃げ、帝国に反旗を翻すつもりだと。……そういえば、おまえはよく屋敷に出入りしていたよな。何か知らないか?」
「ッ、……いや」
「そうかそうか! ……そうだよなぁ、マサルは俺の部下だもんなぁ。俺の意に反することはしないよな?」
俺の肩を抱き、耳元で囁くヴァーロート。こいつは全てを知っていて、その上で俺に圧力を掛けているのだ。背筋に冷たいものが走った。
ヴィエースト達を逃せば帝国に反旗を翻すと思っての行動だ。確かに、タラティーア姫という人質が解放されれば、カサンドールの民は帝国に従う必要が無くなる。戦争の時に対峙した民衆の強い意志と団結力。あれは脅威だ。
俺はただ、二人がどこかでひっそりと暮らせれば良いと思っていた。だが、ヴァーロートはそうは考えていなかった。
これは俺の甘さが招いた事態だ。
「……ああ、俺はおまえを裏切らない」
「そうだろう、信じていたとも!」
俺の返答に満足気に微笑むヴァーロート。肩に回された腕にぐっと力が込められた。
まだ信用されていない。
疑われている。
ヴィエーストが死んでもタラティーア姫がいる。今後ヘタに動けば俺だけでなくサキも危ない。動きを完全に封じられ、ヴァーロートに逆らう事が出来なくなった。
奴が俺とサキのために用意した新居はヴィエーストが幽閉されていた屋敷だった。嫌がらせにしても悪趣味だ。これには流石に閉口したが、何も知らないサキは喜んでいた。腹が膨らんで思うように働けなくなったことと俺の要望でサキは下働きの仕事を辞めた。
「マサルが留守の間は心配だろう。屋敷の周囲は女性兵士に交替で警備させよう。それと通いの使用人も」
「……ああ、済まない」
屋敷は部屋数が多い。サキと俺の寝室はもちろん別々だが、朝と夜の食事は一緒に取る。その給仕もヴァーロートが手配した使用人がしてくれた。
屋敷の中も外も見張られている。
男嫌いのサキのために女性兵士や女性の使用人を選ぶ辺り、非常に細やかな気遣いではある。だが、今は素直に感謝できない。
「ヴァーロート様、とてもよくして下さるわね」
「……ああ、そうだな」
人質が入れ替わっただけ。
ヴィエーストが使っていた部屋は今は空き部屋だ。吐血の跡が拭い切れず、絨毯を交換して隠してはいるが、それでも使う気にはなれなかった。
がらんとした部屋で一人、ヴィエーストの無念を思い涙する。
全部俺のせいだ。
次回、第14話『月光』




