12話・自覚
サキが妊娠した。俺の子だ。
まだ妊娠初期のため、腹は目立っていない。体調は良くないが、働けるうちは仕事を続けるという。出産前後は働けなくなるから、今のうちに少しでも蓄えを増やしておきたいらしい。金なら出すと言ったが、これ以上は受け取れないと突っぱねられた。そういう訳にはいかない。
だが、まだサキが働いていたというのは好都合だ。サキは現在ヴァーロートの口利きで帝城の下働きをしている。怪しまれずに出入り出来る立場だ。
そこで、タラティーア姫の居場所を探ってもらうことにした。身重の体に無理はさせられないので、使用人同士の会話や噂を注意深く聞いて教えてくれるだけでいいと頼んだ。あまり期待は出来ないが、これを仕事として頼むことで金を渡す口実にもなる。
女の噂話は侮れない。表に出ないよう巧妙に隠していても、出入りする人間がいる限り必ず情報は洩れる。隠し続けることは不可能だ。
「白髪の女の子が西の塔にいるそうです」
思ったより早く居場所がわかった。
幾つかの噂を元に推測し、裏付けまで取ってきてくれた。サキには協力費と成功報酬として少し多めに金を渡した。
「あの、多いです。噂を集めただけなのに」
「その噂が聞こえる場所にいるというだけで価値がある。実際、外にいる俺には集めようのない情報だからな。だから、これは正当な報酬だ」
「あの、」
「金があって困ることはないだろう。前にも言ったが俺には他に使い道がない。あっても飲みに行くくらいだし」
「でも……、……はい……」
ここまでゴリ押ししてようやく受け取ってもらえた。どれだけ借りを作りたくないんだ。
サキの遠慮がちで控え目な性格は美徳だが、度が過ぎると腹が立つ。仮にも腹の子の父親だぞ俺は。もっと頼ったり甘えたりしてくれてもいいんじゃないか。
そこまで考えて、ようやく自分の気持ちに気が付いた。
単なる同情だけじゃない。俺はサキが好きなんだ。それなのに全く相手にされてなくて拗ねていたんだ。
「サキ、結婚してくれ」
「…………は?」
露骨に嫌そうな顔をするな。泣くぞ。
「ええと、あの、責任を感じてるだけなら」
「そうじゃない。いや最初はそうだったけど、なんかこう、おまえにもっと頼られたいんだよ。こっちの世界で生きる意味が見つけられずにいたけど、自分の子供が出来たって思ったら毎日張り合いが出て……嬉しかったんだ」
「……でも、」
「だから、一人で育てるとか言わないでくれ」
「……」
「サキ?」
「……本当に、馬鹿なんですね。赤ちゃんまた駄目になるかもしれないのに。たった一晩でこんなに情を移すなんて、本当に馬鹿」
言いながら、サキは笑いながら涙を流した。しつこいくらい馬鹿連呼されてる。これはどっちだ。
「……あの、サキさん。返事は」
「いちいち聞き返さないでください」
ピシャッと言い返された。
やっぱり嫌われてるかもしれない。そう思ったが、サキは俺に歩み寄り、服の裾をぎゅっと握った。俯いているので表情は見えないが、その手は震えていなかった。
「……わざわざ面倒な女を選ぶなんて、趣味が悪過ぎます」
これはOKって事でいいんだよなと思い、試しに肩を抱こうと腕を伸ばしたら叩き落とされた。
「ええと、すみません。反射で」
「あ、ああ。俺も悪かった」
いきなりベタベタ触れ合うほど気を許してくれた訳ではない。が、頼る相手として認めてくれたようだ。今はそれでいい。ただ生きているだけの無為な時間に意味を与えてくれた。その恩に報いたい。
「なんだ、結局くっついたか!」
所帯を持つと決め、まずヴァーロートに報告をした。子供が出来たことも伝えたら相当驚かれたが、それ以上に喜ばれた。
「はは、良かった良かった。戦争前後のマサルは近寄り難い雰囲気で少し怖かったが、最近丸くなってきたのはあの女のおかげか」
「ああ」
「ならば祝儀をやらんとな。いつまでも兵舎にいる訳にもいかんだろう。帝都の一等地に家を建ててやろうか?」
「いや、十分給金を貰っているし、家は借りるかどうかするよ」
「なんだ他人行儀だな! 祝わせろよ〜。俺は楽しい事が大好きなんだよ」
俺より浮かれるな。他人だろ。
だが、ヴァーロートがいなければ俺とサキが出会う事はなかった。そう考えると、こいつの存在が急に有り難いものに思えてくる。
「おまえのおかげだ。感謝している」
「……素直なマサルは思いのほか気持ち悪いな」
どいつもこいつも俺をなんだと思ってるんだ。
次回、第13話『脅迫』




