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そこそこへの挑戦  作者: 幸 弘
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第六話 乙女の望みは

 前回【第五話 新学期3日目】の本文後半が、投稿時に反映されていませんでした。

 現在は復旧しています。ご迷惑をおかけしました。


 さち ひろし


 今日は朝から30度を越える暑さ、すでに各教室は全室エアコンが稼動している。公立でも少しずつ普及は進んでいるようだけど、私立に比べて導入スピードは遅い。素直に聖徳にありがたみを感じる瞬間だ。


 新学期が始まって一週間が過ぎ、クラスの雰囲気もずいぶん落ち着いてきている。立花は相変わらず無口で、何を考えているか見当も付かないが、こちらから刺激しない限りは大丈夫だと分かってきた。


 逆に、転入初日は無口だと思われていた笠原田がよくしゃべる。たまに他の生徒にケンカ腰になったりもするが、そのつど立花に(たしな)められていた。笠原田は立花を兄貴、西岡を姐さんと呼んで慕っている。


 西岡は謎だ。ヤバイ薬とは何なのか。今は立花に頼らない独自の入手ルートを持っているようだが、あれから話題にのぼらないのでハッキリした事は分からない。

(変装して買うクスリって一体……)


 その西岡だが、今は立花のすぐ前の席に移動させている。本来その席に座っていた生徒も、立花から離れられるので渡りに船とばかりに快諾。西岡の使っていた最前列左端に移った。担任の吉岡先生には「後ろの生徒が黒板が見づらいと言うので、本人たち了承のもと席を交代させました」と、取ってつけた理由で事後報告。


「そう」

 と一言で了承していただいた。いろいろ察してくれていて、学級委員の私としては非常にありがたい。高木たちもそうだったが、気の合う問題児どうしは一箇所に纏めておくと、意外に騒ぎを起こさなかったりする。まあ人にもよるのだろうけど……



 昼休み


「ごちそうさまでした」

 オレたちも西岡にならう。

「ごちそうさまでした」

「ういっす」


「3人で食べるとおいしいね」

 ニコニコ


「ああ、そうだな」

 オレは西岡に答えつつ次の授業の範囲を開く。


「結衣ちゃんそれな~に?」

「問題集っすね」

「ああ今やってるヤツだ。もう一回確認しとこうと思ってな」


「今やってるにしちゃ真っ白っすね」

「まあ、使い方が人とは違うからな」

「ふ~ん」

「使い方が違うってどういう事っすか?」


「う~ん説明してもいいんだが、学習法としては邪道だからなあ。教科書も使わないし」

「邪道?」

「邪道っすか! いいっすね邪道! 女道邪(メデュージャ)ってレディースが昔あって、そこの元女総長が、ブラッドマックスのリーダーの奥さんっす」


「メデュージャ?」

 西岡が聞き返す。


「そうっす。女の邪道と書いて女道邪(メデュージャ)っす」


「メデュージャ、かっこいい名前」

「さっすが、すみれ姐さん。そうっす! 超かっこいい名前っす! もし姐さんがメンバーだったら幹部(かんぶ)は間違いなかったっすよ」

「こんぶ? 昆布は基本だし外せないよ」

「その通りっす姐さん。幹部は外せないっす!」


 話しが噛み合ってないな……。


 ヒソヒソ

「(西岡、お前ちゃんと意味分かってんのか?)」

「(昆布はお出汁の基本だし、メデュージャはレディースのブランドだよ?)」


(レディースの意味をそっちに取ったか……)

 まてよ……「お出汁(だし)の基本だし」 こいつは笑いを取れる! ……いや、ないな。


「兄貴、アッシにもその学習法を教えちゃくれやせんか?」

「別に構わんが、2人とも勉強できるから聖徳(ここ)にいるんだろ? 意味ないだろ」

「アッシはやばいっす。ブラッドマックスに通う条件として、親父に家庭教師をつけられてたっすけど、今は一人でどう勉強していいか分かんないっす」


(あー、そいつは深刻だな。私学で授業についていけなくなった場合、どうなるんだろう?)


「私も知りたいな」

「わかったいいだろう。だが、たとえこの学習法が自分に合って成績が上がったとしても、人には教えるな。さっき言ったように、まともな方法ではないからな」

「うん」

「わかったっす」


 オレは『いきなり問題集』のコンセプトとやり方を教えた。2人の反応は結衣とそっくりで、西岡はなんとも微妙な表情。栞にいたっては「こんな方法で成績上がるっすか?」とあからさまに疑っている。


「まあ、やるやらないはお前たちの自由だ。こっちは希望通り教えたからな」



 立花達から離れて昼食を取る美山たち


「ねえ美山、どう思う?」

「どうって何が」

「あの3人よ」

「どの3人よ」


「……美山、機嫌悪い?」

「私はね、平和が好きなの! 人殺しの兵器なんて全部この世から無くなればいいんだわ!」

 そう言いながら両手を広げて立ち上がる美山


(((うわあ、病んでるなあ)))


「高木!」


「「えっ!?」」

 岸江の声に振り向けば、教室の入り口に高木が立っていた。


「高木、ケガは大丈夫なの?」

 岸江と桑石が駆け寄る。


「ああ、まだ治ってないけど、あんまり休んでもいられないからな」

 そう言って、ひょこひょこと左足を庇いながら自分の席に座った。


「折れていたのは小指だ」

「げー、痛そう」

「今は左足だけ減圧シューズってのを履いてるよ。歩くときだけ気をつければ痛くない」

 見ると黒くてサンダルっぽい靴を左足に履いていた。


「ところであれは何なの?」

 高木の視線の先、教室の後ろの窓際の席には立花、西岡、笠原田の3人が一緒にいる。


「高木、あの3人に関わるのはやめよ。ヤバイよあいつら」

「何ビビッテんだよ岸江。他の2人はともかく、西岡もって頭だいじょうぶか?」

「私もよく知らないけど、西岡には不気味なウワサがあるんだよ」

「はん? うわさ?」


「元気そうね高木」

「美山か……。これのどこが元気なんだよ!」

 そう言って左足を見せる。


「元気そうじゃない、復帰早々よからぬ密談なんて」

「何が言いたい?」

「このクラスはね、いま平和なの。そして私は平和が大好きなの。もし逆恨みから立花に仕返しを考えているなら、やめなさい」


「何をしようが私の勝手だ。人の指図は受けないよ」

「あんたが今ここに居られるのは、吉岡先生が上に報告せずにいてくれたからよ。分かってるでしょ?」

「別にいいんだよ。退学になっても」

(元の学校に戻れば、またあの人に会えるし)



(う~ん……)

「どうしたの結衣ちゃん?」

「どうかしたっすか?」

「いや、なんでもない」


 いま高木に精神アクセスをかけてみたが好きな男がいる? 高木が荒れているのは、そいつに会えないストレスが原因? しかし退学してそいつと同じ学校に戻りたいってアホか!

 あいつのことだ、どうせまたオレに嫌がらせをしに来るだろうから、それを逆手に取って、あの3人をまとめて学校から追い出すつもりだった。そのほうが手っ取り早いからな。


 さっきまでは、そう思ってたんだが……。


(しゃーない。面倒だが、高木にそいつとの繋がりを作ってやるか)

 高木は次の授業のあとで、オレの靴に画鋲をしこむつもりのようだ(ま~た古典的な)。こいつを利用しよう。



 授業終わりの休憩時間


 休憩に入って直ぐに教室を出て行く高木たち3人。行き先はもちろん玄関の下駄箱。精神アクセスで読み取った通り、オレの靴に画鋲を仕込みに行った。


 頃合いを見計らってオレも席を立つ。


「結衣ちゃんトイレ?」

「どこ行くっすか?」

「ちょっとな。そうだ2人とも付いて来てくれないか?」

「うん、いいよ」

「了解っす」


 教室を出る前に委員長に声をかける。今回の立会人に欠かせない。

「美山」


 ビクッ

「な、なに!?」

「ちょっと玄関まで付き合ってくれ」

「玄関?」

「玄関に何かあるっすか?」

「ああ、だが説明するより見たほうが早いな」

 そう言ってオレたち4人はゾロゾロと歩き、階段を下りて玄関に移動する。



 その頃 1階 玄関では

「やめようよ高木」

「いいから壁作って隠せ」

(クックックッ 靴の外からは見えにくい土踏まずに画鋲を仕込んでやる)


「ちょ 高木!」

 岸江に肩を叩かれて促された方向を見ると、そこに立花たちがいた。


「あれだ」

 オレが指差す。


「な! ちょっとあんた達なにやってんのよ!」

 美山が叫んだ


「ちょ~っといいっすか?」

 栞が高木たち3人に割り込み、高木があわてて下駄箱に戻した靴を手にして中を覗き込む。そしてニヤリと意地悪そうに笑った。


「あ~、画鋲っすか。やっちまったっすね~。これ現行犯っすよ」

「美山、担任の吉岡先生を呼んできてくれ。他の先生には絶対に言うなよ。吉岡先生だけだ」

「え? 吉岡先生だけ? う、うん分かった吉岡先生だけね」


 美山が職員室に行くのを見届け、オレは高木たちに向き直る。


 なぜか栞が笑いを抑えられないようだ。

「くっくっくっ……」

「栞ちゃん楽しそう」

「ゾクゾクするっす。どう料理するっすかねえ」


「な、なによ。やるっての?」

「高木。と、とにかく謝ろ? ねっ?」


 ドサッ

「「「えっ?」」」


 桑石が意識を失いその場に崩れ落ちる。


「一人目」


「なっ!?」

 高木は見た。立花が岸江の背後に回って締め落とす瞬間を!

 ドサッ


「二人目」


「い、いや……」

 キュッ!

 ドサッ


「三人目」


「結衣ちゃんスゴーイ! どうしてそんな事ができるの~?」

 パチパチパチ!


「ひ~~~っ(ガクガク……)す、すみれ姐さんは怖くないっすか?」

「どうして? 結衣ちゃんは友達にはしないよ?」

「と、友達っすか、姐さんあっしも友達っすよね?」


「そうだ、友達だ」

 西岡が栞に答える前にオレが言ってやった。


「あ、兄貴~」グスン

「それより2人とも手を貸してくれ」



 私は吉岡先生と急いで玄関に戻った。そしてそこで三度(みたび)あの光景を目にする。


「なんなのこれ!?」


 そこには立花、西岡、笠原田の3人が、高木、岸江、桑石の3人の両足を脇にかかえて、持ち上げている姿があった。

 吉岡先生と私は2人して頭をかかえた。



 校舎1階面談室


 私たちは今、職員室の隣の面談室に来ている。もう授業どころではない。ただ主犯の高木、被害にあった立花、そして私以外の4人は吉岡先生が教室に戻らせた。


 吉岡先生が(くち)を開く。

「高木さん、あなたは1年生の時に言われたはずです。この手の問題をまた起こせば処分の対象。はっきり言えば退学処分の対象になると」


「……」


 高木は黙ったままだ。吉岡先生が続ける。

「たかが画鋲。されど画鋲です。明確な悪意のもとで……」


 そう話す吉岡先生を立花が手で制して言う。


「見ましたか?」

「は?」

「吉岡先生は画鋲をその目で見ましたか?」

「私はそう報告を受けましたよ、美山さんから」


「美山は見たのか?」

「わ、私は笠原田さんが画鋲だって言ったから……」

「つまりこの件は目撃証言だけで、物的証拠が無いわけです」


 そのとき高木が声を上げる。

「本人が入れたっつってんだろ。画鋲なら後で持って来てやるよ」


「いや、この場合の証言は疑ってかかるべき。裁判でも加害者が虚偽の発言をするのはよく有ること」


「「「はあ!?」」」


(いやいやいや、なに言ってるのこの子!? 加害者が虚偽の発言をするのは、自分が有利になる時だけでしょ!)

 美山混乱


「証拠が無い以上、この件は結論を急がず保留にすべき。吉岡先生、結論を一日まって下さい。あとで高木と話しをします」

「こっちにゃ話すことは何も無いよ」

「加害者に拒否権はない」

「……ちっ、そうかよ」


「美山も少し放課後つきあってくれ」

「私も!?」

「悪いな」

「ま、まあいいけど……」


(この立花という生徒は、いったい何を考えているのでしょう……)

 てっきり高木を責め立てると思っていましたが、むしろ今は庇うような発言をしています。それにさっき報告に来た美山も、私の袖を引っ張って、他の先生に気付かれないように小声で伝えて来ました。

 なんのために?

 この件を(おおや)けにしないため?

 美山の行動は立花が指示した可能性もありますね。

 立花の狙いがどこにあるのか分かりませんが、悪意からではない気がします。


「いいでしょう、一日だけ待ちます。美山さんも立花さんに協力して下さい。頼んだわよ」

「は、はい……」



 放課後の教室


「ねえ、ドアのカギ全部しめたけど、そこまでする必要ある?」

「高木、お前の不満を言え」

(無視ですか!)ガックシ……


「不満? 不満だらけさ。あんたは特に不満だね」

「オレのことじゃない。この学校に対する不満だ」


 立花と高木は一つの机に向かい合って座っている。私は机二つ分離れて座った。教室に今いるのは私たち3人だけだ。


(立花は時々自分の事オレって言うよね。だけど女が男口調を真似して話すっていうより、本物の男が女の体でしゃべってる感じで違和感が全然ない。記憶障害って吉岡先生の話しだったけど、むしろ男の二重人格? 人格障害と言ったほうが近い気がする……)


「学校に対する不満? ねえよそんなの」

「ここは私立中学だ。普通は夢や希望といった何か目的を持ってやってくる。お前だってそうだろ?」

「ちっ……」


「分かった。男だな? 入ったら女ばかりでイヤになったか」

「そんなんじゃねえよ」

「じゃあ元の学校に好きな男でもいたか? 会えなくて寂しいわけだ」


 ギョッとして高木が立花の目を見る。次に私を睨みつけてきた。

「(私じゃない! 私、立花に何も言って無い!)」

 ぶんぶんと首を振って否定した。


「図星か……」

(こいつの想い人の情報は、精神アクセスで丸分かりだからな。ほんとチートだぜ)


「フンッ」

「そいつの名前は?」


 プイッ

「お前には関係ない」

「スマホを貸せ! どうせ電話番号を登録してるんだろう?(まあ、名前も登録してあることも知ってるけどね)」


「なんで、あんたに貸さなきゃならないんだ」

 と言って高木はスカートの右ポケットを押さえた。


「美山、右だ。右のポケットからスマホを奪うぞ」

「えっ、私も!?」

「協力しろ」


「や、やめろ!」

 2人がかりで高木からスマホを取り上げた。


「ちょっと、いくらなんでもやりすぎじゃ……」

「加害者には被害者に対して責任がある。最後まで付き合ってもらうぞ高木」

 そう屁理屈を言って電話帳を開くと、一番上にそいつの名前があった。登録者の中から、たまたま選んだ振りをするつもりだったが、男の名前はコイツだけだ。


井田友広(いだ ともひろ)か」


 びくっ カーーーッ///


(うおっ、一瞬で耳まで真っ赤になったぞ。美山も驚いている)

(えっ、何? ホッペをプーッと膨らまして顔が真っ赤になったけど、高木ってこんなに可愛い表情するの?)


 オレはスマホをいじって録音と、外部に聞こえるスピーカーホンに設定した。

「今からかける」

「やめろーーっ///」


「騒ぐな、井田に聞かれるぞ」

「うっ……」


 ピッ、ルルルル…… ルルルル……


 ガタン ひょこひょこ……

 立ち上がって出口に向かう高木。


「(美山、高木を逃がすな)」

「(わかった)」

ドアの内カギを、ガチャガチャと開けようとする高木を捕まえる。


「(くっ、離せ!)」

 背後から腕をガッチリ回して逃げられないようにした。


「はい、井田ですけど」

 その時、スマホのスピーカーから聞こえた少年の声に、高木の動きがピタリと止まる。


(友広くんだーっ///)

 それはもう満面の笑み


「立花と申します。突然のお電話失礼いたします。井田さんのよく知るお方がお話ししたいそうで、少しだけお時間いただけるでしょうか?」

「俺の知ってる人? まあ少しだけなら……」


「(ほら!)」

 高木にスマホを差し出す。

「(ムリムリムリ……!)」

(チッ)


 高木に強引にスマホを持たせて耳に押し付ける。

「(ひっ)……あ、あの…… 高木です……」


「高木?」

「た、高木優奈(ゆな)です……」

 ヤバイ、どうしよう……私のこと覚えてない!


「高木ってアレか? 小6の時に同じクラスだった……」

「そ、そうです、その高木です!」

 覚えてたー!


「おーっ、高木かあ、久しぶりだなあ。どしたあ?」

 その時、立花が片膝をついてしゃがみ、スケッチブックにマジックで書いたカンペを見せた。


『声が聞きたい』(ちょっと、立花いつの間に!?)


 !!


「こ、声が聞きたいな~って」

「おおそうか、元気そうだな高木」


 ああ、友広くん!友広くん!!

「うん、元気。その……、友広くんも……」


「まあ、俺は部活やってるからな。元気は有り余ってるよ。ははは」

「……サッカー部だったよね?」

「おっと~、覚えてたのか、うれしいねえ。高木はアレだろ? たしか聖徳に行ったんだよな? スゴイよなあ。彼氏はもういるのか?」

「いない、いない! いないよーっ」


『聖徳は女子中』

 その時またカンペが出た。


「せ、聖徳は女子中だよ。彼氏なんているわけないよ~」

「お、おうそうか……」

「友広くんこそ……」

「俺か? いるわけないだろ」


『仲良くしたい』

 またカンペが! でも踏み込みすぎじゃないの!?


(いっ!?)

 さすがに高木もアセって立花を見る。

「(あほ! いけ! 言うんだ!)」

 睨み返す立花


「な、仲良くしたい……」

「え……」


 しばしの沈黙


「あ~、もしかして、それ告白ってこと?」


『うんと言え』

 再度カンペ (しかも立花の睨みが、さっきよりスゴイ!)


「う、うん……」

「そ、そうか……」


 再び沈黙

(高木の顔から一瞬血の気が引くのが分かる)


「……わかった。じゃあ付き合おうか。でもちょっとずつな。正直オレもよく分かんねえんだ、こういうの」

「うん……」


(うおーーーっ、すごい、立花すごい。何これ!? 高木の想いを一気にゴールまで持ってった!)


『下の名前で呼ばせろ』

 カンペ来た! たぶん最後のカンペだ。


「友広くん、その……下の名前で呼んで」

「そ、そうだな、ゆ、優奈……、はは、緊張するな」


『今度はメールで』

 またカンペ来た!


「今度はメールするね」

「ああ、メールとかの方が俺も都合がいいな。じゃあ練習いくわ。またな優奈」

「うん、またね友広くん」

ピッ


「うおーーーっ」

(おわっ、びっくりした)

 見れば放心状態の高木の横で、なぜか美山がガッツポーズをしていた。


「すごい! すごいよ立花! 奇跡だ。私はいま奇跡を目撃した!」

(いや、井田の気持ちは読めていたから、うまく最後まで行く流れに誘導しただけだ。まあ、このチートがあってできる事だが……)

 それより高木がまずい。


 はあっ はあっ はあっ……


「美山、手を貸せ!」

 ふらふらしていた高木を2人で床に横たえさせる。

「え? え? 高木!?」

「過呼吸だ」


「オレが分かるか? ゆっくりだ。ゆっくり呼吸しろ高木」

 す~、ふ~、す~

「そうだ、ゆっくりだ」


 グッと高木が立花の袖をつかんだ。

「どうした?」

「だぢばだ……だぢばだあ……」

「おお、良かったな。よくやった」


 高木が立花にしがみ付く、その顔は涙と鼻水でグチャグチャだ。こうして2人を見ると、さっきまでのギスギスした関係が信じられない。


 10分後


「落ち着いたか?」

 椅子に座ってコクリとうなずく高木。立花と高木は、また同じように一つの机で向かいあって座り、私も少しだけ離れて椅子に座った。


「じゃあ、これからの事についてだが」

「「えっ!?」」

「なんだ? これで終わりと思ったか? 互いに名前を呼び合って「めでたし、めでたし」とはいかんだろう」


「説明してやる」

 そう言って、さっきの会話を再生する。


 >「はい、井田ですけど」


「友広くんだー」

(高木は憑き物が落ちたように、完全に乙女の顔になってるね)


 ひと通り会話を聞き終えて立花が言う。

「井田の言ったポイントはこの三つだ」

 >「聖徳すごい」「彼氏はいるのか」「付き合うのはちょっとずつ」


「それで何が分かるの?」

「美山は彼氏いるのか?」

「い、いない、いない! てか何で私?」

 高木は黙って聞いている。


「聖徳すごいってのは分かるだろ? それなりにブランド(りょく)があるって事だ」

「うん、まあ、それは……」

「次に彼氏はいるのかって聞いたところで、井田の好きな女は元々高木だった可能性がある」


 !!


「うえっ!! マジで!?」

 ちょー驚いた。でもその言葉で高木は固まってしまった。

「もちろん社交辞令的な意味もあっただろう。だが、それなら一年半ぶりの会話一回だけで、付き合うのを決めた事を説明ができない。たぶん高木に彼氏がいないか、探りを入れたんだとオレは思う」


「でも、たんに遊び相手として軽く見てるんじゃあ……、あっ」

 やばっ、そばに高木がいたんだ……。


「それは次の「付き合うのは、ちょっとずつ」って一言で、マジに高木の事を考えてるとオレは判断した」


「「……」」


「井田はたぶん女に対して慎重派だ。逆に言えば女一人で満足するタイプかも知れん。家庭的でいい旦那になる可能性がある。高木、お前はどうしたい? きゃっきゃウフフで終わるのか、それとも結婚まで持って行くのか」


「けけけ、結婚!?」 素っ頓狂な声を上げた。いや上げたのは高木じゃなくて私だけど……。


「したい……結婚したい」

「そうか、だったら今から準備しないとな。入籍できる年齢なんてアっという間に来るぞ」

「う、うん……」


「今日からできる事を一つ教えてやる。自分からのメールは一日一回だ。あとは返信に徹しろ。しつこい女を男は嫌がる。だからといって何もしないのも良くない」

「分かった……」


「それで学校はどうする? 井田も言っていたように聖徳は結構ブランドイメージが高い。男も自分の女を自慢できる。しかし、ここを退学して元の学校に戻ったら、お前に対するイメージは当然下がるだろう」


「聖徳がいい。これからも……」


「よし、なら今から職員室に行くぞ。まだ吉岡先生はいるはずだ。だな?美山」

「うん、この時間なら、まだ帰ってないと思う」



「話しは終わったっすか?」

 廊下に出ると栞が声を掛けてきた。岸江に桑石もいる。


「なんだ、帰ったんじゃなかったのか」

「すみれ姐さんは帰ったっす」

(ああ、あいつは父子家庭だから、家事とかやる事が多そうだからな)


「今から職員室に行って吉岡先生に会う」

「アッシもついて行くっす」

 結局ぞろぞろと全員で1階の職員室に行く事に。


「高木い~、目と鼻が赤いっすね~。兄貴に泣かされたっすかあ? キシシッ」

 栞が意地の悪い顔で高木を覗き込んだ。


「ああ、泣かされた……」

「ありゃ~、災難だったすね~。ププーッ」

「「高木……」」

「おい高木! 人聞きの悪いこと言うな。誤解するだろ!」


「……立花、ありがとう。……それとゴメン」


(((え……!?)))


「気にするな。それより先生に報告して、さっさと帰るぞ」


 ヒソヒソ……

「(あの、委員長、何があったっすか?)」

「(ちょっと私からは言えないわ。本人から直接聞いて。でも今日が高木にとって転機になると思う)」

「(な、なんすか? スッゲエ気になるっす)」



 職員室


 担任の吉岡に高木が反省した事を美山が報告する。もちろん恋愛関連の話しはふせて。


「すみませんでした。これからは心を入れ替えます」

 高木が深々と頭を下げる。


「心を入れ替えるですか……。似たような事を今までも何人かの生徒から聞きましたが……分かりました。でも立花さんはそれでいいんですか?」

「今回の件はあくまで未遂です。高木が反省している以上、こちらからは何もありません」


「そうですか。ならいいでしょう。今回に限り目をつぶる事にしましょう」

(((ほっ)))


「ですが、高木さん。そして岸江さんと桑石さんも、次はありませんからね」

「「「はい……」」」



 2年D組 教室


 オレとしては早く帰りたいんだが、高木の態度が急変した理由を知りたいと頼まれ(主に栞に)、少しだけ教室で話しをする事になった。


 ―― という訳だ。


「ほえ~、じゃあ兄貴が電話を掛けなかったら、これからも高木は片思いで終わったって事っすね?」

「高木がその場から逃げようとした時は2人で慌てたわよ」

「だっせえ! 高木ちょーだっせえ!」


「う、うっさい!///」


「岸江と桑石はどうなんだ? お前らも何か不満があるようだが」


「私は別に……」

 岸江が口ごもる。


「桑石は?」

「……好きで聖徳に入学したわけじゃない。母親の母校で、どうしても行けって押し付けられた」

(桑石は普段は無口だが、声を掛ければ普通にしゃべるな)


「あ、私と一緒だ」

 岸江も桑石に同意する。


「まあ、自分の価値観を子供に強制する親は普通にいるよな。それでお前らは何かやりたい事とかないのか?」

「別に……」

「私も……」

 それぞれ2人ともヤル気の無さを口にする。


「そうか、何もしたくない事をやりたいんだな? あるじゃないか!」

「はあ? トンチですかあ? 一休さんですかあ?」

 ちょっと怒った岸江に答える。

「そこは千利休(せんのりきゅう)さんだ」


「「「はあ??」」」


「あ、たぶん今のは兄貴のボケっすよ」

「え? ボケって……」

 美山やや混乱。


(あ~、やっぱ感性ズレてんだなオレ。若いヤツラには通じないってか)

「兄貴、それより話しの続きをお願いするっす」

「お、おおそうだな。つまり何もしなくていい仕事を見つける事だ」


「「??」」


「今は親がいるが、いつかは自分で働く日が来る。その時になって何もしたくないでは生活できんだろ?」

「「……」」

「それとも2人はホームレスにでもなるか?」

「そ、それは……」

「ないないムリ!」


「だったら働かなくても稼ぐ方法を身につけるしかないだろう」

「そんな方法あるわけ……」

「あるぞ! 不労所得って言葉を聞いたことないか?」

「「不労所得?」」


「たとえば株などの投資家や、家賃収入等の不動産。今の時代なら、ブログや動画サイトの広告収入もそれに当たるな。例えば配当付きの株を1億以上持ってれば、それだけで生活できると聞くぞ」

「1億って……」

「ムリムリ!」


「だから社会に出る前の今のうちから、それらについて勉強するんだ。何億も稼ぐ投資家だって、遺産でも無けりゃ最初は10万、20万で少しずつ始めるらしいからな。なんなら投資サークルのある大学を目指すのもアリだ」


「いや、今この時点で何もしたくないから……」

「だったらホームレスだな」

「「ぐ……」」

 口ごもる2人


 その時、突然立花の目つきと口調が変わる。

「お前らの人生、親に喰われてるぞ」


「「えっ!?」」


「考えてみろ、親の言うとおりに子供が生きて、親は満足、子は不満の状態だ。これでいいのか?」


「お、お、すげえ! 兄貴が本当に言いたかった事はそれっすね!」

「ああそうだ。株だ何だと言ったが全部忘れていい。重要なのは自分がどう生きたいかだ。親は既に自分の人生を持ってる。子供にまで自分の価値観を強制するのは強欲ってもんだ。だから遠慮するな。漠然と親が悪いなんて(くす)ぶっているうちに、時間はどんどん過ぎていくぞ。今のうちにやりたい事を見つけろ。自分の人生を生きるんだ」


 !!


「うおーーーっ すごいっす! すごすぎるっす兄貴! 一生ついて行くっす!」

(いや、一生って……)


「自分の人生を生きる……」

 岸江がポツリとつぶやき、桑石と2人、お互い顔を見合わせる。


「なんすかあ? 今の話し分かんなかったっすかあ? バカっすねえ」

「いいんだ栞、2人はもう切り替わった。大丈夫だ」

「切り替わったっすか? よく分からないけど兄貴がそう言うなら間違いないっす!」


「話しはもういいな? とっとと帰るぞ」

「了解っすー!」



 教室を出て私たちは階段を下りる。みんな高木の足に合わせてゆっくり歩く。委員長の義務として最後まで見届けたけど、立花の言葉は私の胸にもズシンときた。


(「自分の人生を生きる」 ……多くの先生たちから異句同音に聞いてきた言葉なのに、今まで何も感じなかったのは何故だろう……)

 歩きながら立花に聞いてみる。


「ねえ立花……さん」

「立花でいいよ」

「うん……」

 私はその疑問を立花にぶつけた。立花の答えはシンプルだった。


「教師は商売だからな。金が絡んだ言葉は相手に響かないのさ」


 なんか、ものすごい納得した。それと同時に立花の事がさらに分からなくなった。転入した時の自己紹介は丁寧で好感を持った。次に無口で暴力も厭わない子だと思った。でも高木を庇ったり、さっきは饒舌に岸江と桑石に語りかけたりする。


(つかみどころが無いというか……、本当の姿が見えてこない。でも悪い子じゃないのは何となく分かった)



 セミの鳴き声を背景に玄関で靴に履き替えると、高木は親が車で迎えに来る駐車場へ、ひょこひょこと歩いて行く。岸江と桑石も一緒についていった。クラスの問題児だった高木たち3人も、今となっては弱い子たちが集まって、傷の舐め合いをしていたようにしか思えない。周りはいい迷惑だったけど……。


「ちぃーっす、お疲れっす兄貴」


 立花と2人で校門まで来たところで、自転車に乗った笠原田が追いついてきた。


「兄貴、駅まで乗せていくっすよ」

「いやいい、2人乗りは校則違反だ。気をつけろよ」

「カタイっすね兄貴」

「聖徳は規則にうるさいからな」

「そうっすね。じゃあアッシは行くっす」

「気をつけて帰れよ」

「ういっす。委員長もお疲れっす」

「うん、また明日ね」


 立ちこぎで去って行く笠原田を見送って、私と立花は地下鉄の駅に向かって歩き出す。大通りまでは車も少なく、登校時とは逆に帰りは下り坂だ。でも、せっかくの下り坂も耳が痛くなるほどのセミの鳴き声と、息もし辛いこの暑さで思ったほど恩恵を感じない。


「早く日陰……地下鉄の駅に入りたい」

 思わず口をついて出てしまった言葉に、立花が自分の水筒を差し出す。


「わたし自分のがある。……でも貰うわ」

 そう言って足を止め、3くちほど水を飲んだ。


「ふーっ ありがと」

 礼を言って立花に水筒を返す。


「立花って……」

「ん?」

「やさしいね」

「そうか?」

「やさしいよ」

「ふ~ん」


 立花の素っ気ない態度に思わず顔がほころんだ。


「明日から一緒にお昼食べてもいい?」

「ああ、かまわんぞ。人が多いほうが西岡も喜ぶしな」

「うん!」 クスクス

「?」


「そうだ! アレ本当なの?」

「アレって?」

「ウ〇チ」


 ガクッ

「ハァ~、あれは冗談だ」

「そう? 立花ならやれそうだけど」

「あのな~」


 私たちは歩く、地下鉄の駅まで。

 駅に着けば帰りはお互い逆方向。


 でも駅に着くまでは……、私たちは一緒だ。



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