第四話 新学期2日目
次回投稿は10日ほど先になる予定です。よろしくお願いします。
幸 弘
2年D組 新学期2日目
今日から授業開始。
すでに教科書の2学期範囲は問題集でやり始めていたから、最初の授業内容はバッチリ理解できた。
そこで思った。
(これ、オレのやった事って結果的には予習じゃね?)
子供の頃に先生が言ってた『授業だけでなく予習復習が大事だ』ってのは、言い方を変えれば『繰り返しが大事』って事だよな?
ある意味『いきなり問題集』と一緒じゃん!
ただオレには教科書を中心にした繰り返しはムリだ。興味のない文章をいくら目で追っても頭に入らねえ。それに比べて問題集がいいのは、たとえ興味が無くても解けないと腹が立って、何とか正解しようと考える。答えは何か推測する。そうやって頭を使うから記憶に残る事だ。
おそらく『繰り返し』の本質を知っているヤツは、自分なりのスタイルを作って勉強しいているのだろう。
ひょっとしたら更に効率的な方法が有るかもしれない。だがオレは今のやり方を変えるつもりはない。
(目先の思いつきで変えても、いい結果になるとは限らないからな)
そんな事を考えながら、チラリと右隣の笠原田を横目で見る。
半身でこちらに背中を向けて席に座り、今朝から一度も目を合わせていない。
(良し、いい傾向だ)
結衣が元に戻った時のために、この学校を居心地のいい雰囲気にしておく。害なす者は排除、または遠ざけ。こちらに友好的で好意的な者は受け入れる。味方になる友達ができればベストだ。
ま、言うなればオレは結衣の露払いだな。
(ん? まてよ……、味方になる友達?)
そういえば今朝は誰もオレに声を掛けて来ない。それに他のクラスからは授業中でも時おり笑い声が聞こえてくるが、この教室は静かすぎる……。休憩時間でもほとんど誰も話さない。どうなってる!?
背中に嫌な汗が流れる。いま気付いたが笠原田だけでなく、クラス全員がオレと目を合わせようとしない。
(まさか……オレか? オレが原因なのか?)
いやいやいや、そんな訳ないだろ。周りに嫌われるような事をした憶えはないぞ。考えられる理由としては、クラス全員が無口な生徒?
……。
(んな訳あるか!)
思い出せ。万が一オレが原因なら、やらかしたのは昨日しかない。例えば高木だ。あいつは足の小指を骨折して、しばらく学校を休む。しかしこれは問題ない。最初から折るつもりで踏んだからな。あとは笠原田か……、これも問題ない。傷が残らない方法で無力化したから大丈夫なはず。
(くっ……分からん。トイレで顔でも洗って少し落ち着こう)
そう思って席を立つ。
スッ
ザワッ
(ん? いま一瞬、教室内がザワめいたような……)
気のせいか?
ガラッ
オレは教室を出て、トイレに向かった。
……。
「(行った?)」
「(行ったね……)」
「「「ハァ~~~」」」
教室内に安堵のため息が漏れる。
立花が出て行くのを見届けた教室では、朝からのヒリついた緊張から一時的に解き放たれ、誰もが心身ともに弛緩した。
「ちょっと! 美山なんとかしなさいよ!」
「私!?」
「あんた学級委員でしょ! クラスを以前のように戻してよ」
「あいつと話せるの美山しかいないじゃない!」
私は周りのクラスメイト達に詰め寄られた。
「ええっと……タイミングをみて、絞め落とすのは止めるように注意するつもりよ。あの技は危険だから」
「「「おおっ!」」」
「さすが委員長!」
「我らがクラスの良心!」
「あ、あんまり期待しないで! 説得できるとは限らないし……」
ごにょごにょ……。
ガラッ
「(しっ、戻ってきた)」
「(早くない?)」
(くっそ~、トイレの入り口を開けたら、いきなり悲鳴を上げられたぞ)
そのまま戻ってきちまったが「顔を見られた」って何だよ。オレは殺し屋か!
(ん?)
シーーーン……
(教室に入ったとたん話し声が消えた。やはり原因はオレか)
どうしたもんか……
だが昼休みになる頃には頭を切り替えていた。
(よく考えたら友達なんてどうでも良かったわ。結衣の元の友人関係を壊さないという目的は、聖徳に転入した時点で達成されいる。後は成績を一定レベルに保てばいい)
そう思っていたんだが……
「一緒にお弁当たべよ」
「ん?」
ザワッ
((うわーっ、西岡のヤツ何やってんのよ!))
(立花を刺激すんなって!)
(げっ、しかも座ったのは、さっき教室を出て行った笠原田の席だ)
「(これ、どうすんのよ美山!?)」
西岡が高木たちにイジメられてる原因の一つに、この空気の読めなさがある。
「(もし、また立花が首を絞めにいったら止めに入る!)」
「(ううう、ガンバって美山!)」
「(……たぶん)」
「「「(たぶんって何よ! やんなさいよ!)」」」
「(だって立花だよ!? 止められるかどうか分かんないじゃない!)」
立花が怖いのは前段階無しにいきなり行動するからだ。普通は口論から始まって最後に掴み合いのケンカに移るものだが、口論などの兆候や予備動作をすっ飛ばして、一方的に仕留めにくる。しかも無表情だから予測もほぼ不可能。
ガラッ
そこへ笠原田が戻ってきた。
(((うわっ)))
昨日から何度目かの緊張が走る。
笠原田は西岡が自分の席に座って、立花と弁当を食べているのを一瞥すると、何も言わずそのまま教室を出て行く。
ガタタッ
「(ちょ、美山!?)」
私は笠原田を追って思わず廊下に飛び出していた。
「待って! 弁当を取りに来たんでしょ!? 持って来てあげるから」
怪訝そうな顔をして立ち止まる笠原田。私は踵を返すと急いで彼女の席に向かった。
「あれ? 委員長も一緒に食べる?」
机に掛けてあるカバンからパンの入った袋を取り出す際に、西岡がのん気な声で話しかけてきた。
「私はいいから……」
立花の近くにいるのも嫌だ。それに空気の読めない西岡にちょっとイラッとした。今なら高木たちの気持ちも少し分かる。
すぐに引き返してパンの袋を笠原田に渡した。
ハア、ハア……
「これ!」
「ああ……悪いな」
ひと言そう言って笠原田はどこかに行ってしまった。
ふう、
(高木や笠原田とは会話が成立するし、何となくだが理解もできる……。それに比べて立花は何を考えているのか全く分からない。保健室送りにした2人に対してもまるで無表情で、単に自分の身に降りかかった火の粉を、軽く振り払っただけの印象だ)
(そうだ西岡!)
見とかないと何かあった時に対処できない。
教室に急いで戻ると何やら2人の会話がはずんでいた。いや、一方的に西岡がしゃべっている感じだ。席に戻って皆に聞く。
「(ねえ、どうなってるの?)」
「(わからない)」
「(さっきから西岡のテンションが高いけど、立花は気にしてないみたい。どうなるんだろ?)」
「ねえ、結衣ちゃん」
(((結衣ちゃん!? 西岡がいきなり踏み込んだ!)))
(結衣ちゃん……オレのことだな)
「結衣ちゃんの玉子焼きおいしそう。私のと交換しない?」
(((げっ)))
「分かった。交換だな」
「どれがいい?」
「ウインナーかな……」
「ダメッ! タコさんウインナーは私の大好物だもん」
((((ヒ~~ッ ダメ出しした! 立花にダメ出しした!)))
「そ、そうか……」
「でも玉子焼き二つとなら交換してあげる」
「何!?」
(((ぎゃ~要求を倍にした! ちょ、ヤバイって)))
「分かった二つだな」
まあ、オレは甘いの苦手だしな。
「はい、あ~ん」
え? あ~んって、女子中では普通の事なのか?
「あ、あ~ん」
パク……もぐもぐ……、こ、これは!
(旨い、マジで旨い!)
「どお? おいしい?」
「ああ、いける」
「でしょ? 次は私。あ~ん」
「お、おう」
(く、緊張するぜ)
オレは玉子焼きを口に運んでやった。
「ん~、おいひい」
(((あ、あれ……!?)))
「(ね、ねえ美山、なんか普通に会話してない?)」
「(そ、そうね、ちょっとぎこちないけど(何故か立花のほうが)、普通に話してるね)」
(((もしかして、立花って普通の人?)))
教室内に疑心暗鬼の空気が流れる。
「あ~、おいしかった。ごちそうさまでした。2人で食べるとおいしいね」
「そうだな、ところで……」
弁当箱を片付けて自分の席に戻ろうとする西岡に、立花が声をかけた。
「お前だれだ?」
(((えっ!?)))
「西岡すみれだよ」
(西岡すみれ……西岡、西岡……)
ジーーッ
「よし覚えた」
ギョッ!?
(((顔と名前を覚えた!)))
「私たち、もう友達だね」
「ああ、友達だ」
!??
(((これは、どう判断すればいいの? 言葉どおりに友達なの!?)))
でも、少なくとも西岡に害を及ぼすそぶりは見せなかった。
(今なら……)
私は意を決して席を立つ。
「(行くのね美山)」
「(GO!)」
「(見届けるわ、あなたの最後)」
「(不吉なこと言わないで!)」
西岡すみれ。か……。
(急転直下の出来事で理解が追いつかないが、なぜか友達が1人できた)
これは流れが来てる!?
他のクラスメイトも自然な感じで声を掛ければ、あるいは……。いや、過信するのは危険だ。なんといっても相手は中2女子。やはりここは待ちの姿勢に徹するべき。
そう考えていたが……。
「ちょ、ちょっといいかな? 立花さん」
ん? 美山か。
「ああ、かまわない」
「「「(美山行ったーーっ)」」」
「昨日の事だけど、あなた笠原田さんを絞め落としたでしょ?」
「……?」
「あれ、止めて欲しいの」
「何!?」
(((ひいっ怖い! 立花の「何!?」怖いっ!)))
「何故だ?」
「じ、事故が起きるからよ。死んだり、障害が残ったり」
それは知ってる。
確か柔道の部活で絞め技はどこも禁止のはずだ。しかし必要以上に首を絞めたり、正しい蘇生をしなかったのが事故の主な原因だろ。ドラマや映画みたいにムリに体をゆすったり、顔を強く叩いて起こそうとすれば、そりゃ事故も起きる。だが美山はそれらを知らないし、理解できないからこう言ってくるんだろう。
(しかし困ったな。それだと相手を傷つけずに、おとなしくさせるのは実質ムリだぞ。後は関節技くらいしか……)
ん? 待てよ。
(何もバカ正直に答える必要はない。これを鮮やかに切り返して笑いを取れば、オレに対するクラスの印象も変わるはずだ)
よしっ!
「いいだろう。了解した」
「ほっ」
「(おおっ、さすが委員長だ)」
「(交渉の一本背負いが決まった瞬間である)」
「(我々は今、歴史の目撃者となったのだ)」
「次からは、その場でおもらしさせよう」
(((えっ!?)))
ザワッ
「その時はもちろん大きい方だ。精神に大ダメージを与えて動きを止める。大だけに……」
ニヤリ……
(決まった!)
シーーーン……
(あ、あれ?)
「……できるわけない」
美山が震える声で反論してきた。
「できるわけない! そんな技があるなんて聞いた事ない!」
(い……いやいやいや、大と大を掛けてるんだよ。完全にただの下ネタだぞ! 冗談だって分かるだろ。なにマジ受けしてるんだよ!)
スッ
オレは勘違いを訂正しようと席を立つ。
「「「キャーーーッ」」」
(えっ?)
「いやーーーっ、来ないで! わ、分かったから私にやらないでーーっ!!」
(なにっ!? あっ?……)
これって……まさか、やっちまった……のか?
オレはストンと椅子に腰を落とした。
(((こ、怖い、怖すぎる!!)))
ガタガタと机にぶつかりながら、私は席に戻った。
「(なんて事してくれたのよ!)」
「(これなら失神させられた方が、はるかにマシだわ)」
「(でも美山に大事なくて良かったよ。大だけに……)」
「「「(ちょっと!)」」」
「(えっ? だって立花の言ったのって冗談でしょ?)」
ううう……
(こ、怖かった……)
放課後
落ち込んだオレは、皆が帰った後も1人教室で席を立てずにいた。
やはり自分から動くべきではなかった……。
(あの程度の下ネタは性別問わず、中学生あたりには鉄板だと思ったんだが)
後悔さきに立たず。……だが、やっちまったもんは仕方ない。やはり当初の計画どおり、今後は成績だけに集中するべきだな。
(よし! 切り替えていこう)
よいしょっと立ち上がってオレは帰り支度を始める。
「結衣ちゃん」
ん? 西岡か。
「なんだ、まだいたのか」
「結衣ちゃんは人にウ〇チさせられるの?」
ガクッ
「いや、あれは冗談なんだ。美山が言った通りそんな技はない」
「えっ、冗談なの? ……そうなんだ」
なんだ? 残念そうな表情に見えるが……。
「どうして、そんな事を聞く?」
「あのね……」
コショコショ……
西岡がオレの耳に顔をよせて、小声でささやく。
「(便秘?)」
「(うん)」
驚いてマジマジと西岡を見た。
(女が自分から便秘なんて普通言うか? いや今はオレも女だから問題ないのか)
「(そんなの親に言って薬でも買ってもらえばいいだろ)」
「(恥ずかしいよ……)」
親に対して恥ずかしいって……思春期だとそんなもんか?
(あ、やべっ)
うっかり西岡の精神にアクセスしちまった。オレの頭の中にコイツの情報が流れこんで来る。
それによると精神年齢は結衣と同じ4~5才くらい。父子家庭で父親の妹が同居している。で、西岡にとって叔母にあたるこの妹だが、仲はいいのに西岡をからかうのが好きみたいだ。そのため同性なのに父親以上に相談し辛いと思っている。
オレがなるべく他人の精神を覗かないのは、プライバシーもそうだが、それ以上に相手によっては情が移ってしまい、ほっとけなくなるのが面倒だからだ。しかし見ちまったもんはしょうがない。
「わかった。薬はこっちで用意してやる」
「ほんと!?」
「でも金はあるのか? こっちは小遣いが少ないから、タダという訳にはいかんぞ」
「これで足りるかな?」
西岡がサイフを開けて中身を見せる。
(ゲッ!? 5万!)
「中2で5万以上持ってるのって多くないか?」
「お父さんが何かあった時のためだって。普段はこっち」
そう言って小銭の入った花柄のガマ口をポケットから取り出す。
「なるほど……」
まあ家庭の事情はそれぞれ違うしな。しかし、こうして2人並んでみると西岡も背が低いな。結衣が140cmだから、145cmぐらいか? 見上げずにすむヤツは転入後で初めてかもしれん。
「よし帰るか。薬は明日もってきてやる」
「うん! ありがと」
帰宅後
んで、帰りに適当な薬局で買おうと思ったんだが、考えてみたら結衣も中2女子だった。そこで一旦自宅に戻って、私服に着替えてから買いに行く事にする。
ちなみに通学はバスと地下鉄を乗り継ぎ、片道1時間半ほどかかる。自宅から最寄りのバス停まで距離があり、徒歩にけっこう時間を取られるのが大きい。
帰宅したオレは、涼しさを優先して淡いピンクのワンピースに着替える。そして自分の部屋で、通学時の連絡用に持たされたスマホを使って、自宅から離れた薬局の位置情報をチェックした。
「結衣ちゃんって、自転車に乗れるようになったの!?」
結衣母の自転車を借りようと頼んだら、そう言って驚かれた。
「練習しました」
「そ、そう……」
最近の言い訳が雑になっている自覚は有る。学校でもかなりオレの素が出ている気もする。もう、いろいろと面倒くさいんだよな。
(そういう意味では担任に交渉して、初日に記憶障害という予防線を張ってもらったのは良かった。口調が変だとクラスに指摘するヤツが出ても、記憶障害の名残りだと言い訳が出来るからな)
自宅を出て最初に向かったのは100円ショップ。そこで変装用にサングラス、マスク、帽子を購入する。見た目がかなり怪しいのだが、そんな事より結衣の身バレ防止が優先だ。女がどの程度を恥ずかしがるのか、その感覚が分からないから、たとえ過剰な対策だったとしても不足するよりはいいだろう。
結局かなり自宅から離れたドラッグストアで薬を購入。念のために結衣の分も買っておく事にする。
以前は結衣本人が少食だったから、こういった問題は起きなかったかもしれない。それに比べて今はオレが体を造るために、遠慮なくたくさんメシを食っている。万が一に備えて転ばぬ先の杖というわけだ。
これで後は、明日の昼に西岡にこの薬を渡して終わりだな。渡す時は他の生徒にバレないように、何か工夫してやろう。