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そこそこへの挑戦  作者: 幸 弘
3/11

第二話 トラウマにはしない


「ううう……、だるい」

 結衣に会うなり、その場にへたり込んでしまう。


「お兄さん、大丈夫?」


「ああ大丈夫だ、スマンな会ってすぐこんなで。お前の親父が親兄弟に電話しまくったら、家に親戚どもがやって来て、深夜まで大騒ぎしやがったんだ」


「えっ? 何があったの?」

「聖徳に受かった」

「聖徳に受かった!?」

「ああ、受かった」


「そう……」

 結衣はペタンと座り込んだ。いわゆる女の子座りというやつだ。まあ複雑な気持ちだろう。体は自分でも受かったのはオレだから。


「お兄さん、中卒って嘘だったの?」

「その事で話しがある。あ、中卒は本当だぞ」


 オレはその場に座り直して胡坐をかき、水をすくうように両手を揃える。

(イメージだ。集中しろ。できるはずだ)

 やがて両手の上に1枚の紙が現れた。


「あっ」

 驚いてるな。よっしゃ、もういっちょ!


 こうしてオレは、次々に合計6枚の紙を作り出す。この部屋の外の景色はオレの記憶そのものだ。なら、この部屋の中でも意図的にイメージの具現化はできるはず。そう思って試したが、やはりできたな。


「お兄さん、これって……」

「まだだ」

「えっ?」


 そう言って更にある物をイメージする。

(集中しろ。これで最後だ)

 それはオレの胸の前あたりで姿を現し……。


「あ、シャーペン!?」

 紙の上にポトリと落ちた。


「これ、私のだ!」


 そう、それは普段オレが使っている、結衣の筆箱に入っているシャープペンシルだった。だから結衣ので間違いない。


「持ってみてくれ」

「うん」

 結衣が手に取ってカチカチと芯を出してみる。


「良し! 使えるな」

(体が目を覚ましてオレがここから消えてしまえば、イメージで出したこれらも一緒に消えるだろう。しかし、とりあえず今は結衣にも使えるようで安心した)


 出した6枚の内訳は、国語10問の問題用紙が1枚、その問題用紙の答えが1枚、答えを書くための用紙が4枚だ。結衣が問題用紙を手に取って見ている。


「それは来月から授業で習うところだから、見ても分からない筈だ」

「うん、見たことない」

「これらを使って、中卒のオレでも聖徳に合格できた方法を、お前に教えたい」


「!」


「名付けて『いきなり問題集』だ。この方法なら誰でも成績が上がる」

「いきなり問題集……」


「今から言う手順でやってみてくれ」

 そう言って結衣に手順①から⑤までの流れを説明した。


 ①で答えを見ながら、一枚目の用紙に問題の答えを書いて行く。言葉にすると変な感じだが、まんまこの通りだ。

 結衣の感想は「答えを見たら勉強にならないよ」だった。


 ②では①で憶えた答えを次の用紙に書きつつ、分からないところは遠慮なく答えを見て書き込む。

 結衣の反応は「……」 微妙な顔だ。


 ③は、いよいよ答えを見ずに記憶だけを頼りにして、三枚目の用紙に問題の答えを書き込む。ここで初めて結衣の表情に変化が現れた。どうしても2問だけ答えの思い出せない問題がある。

「う~~ん……」

 結局ギブアップして答え合わせをした。すると……。

「あ~~っ、そっかー」

 悔しがる結衣。「ここまで出掛かっていたのに」って顔をしている。靴の上から掻くもどかしさって感じだろう。思い出せなかった2問と、間違いが1問で、正解したのは10問中7問だった。


 ④も③と同じく最後の用紙に自力のみで回答する。スラスラと答えを書いて行き、さすがに今度は全問正解した。


 ⑤は本番のテスト前に確認でする為だから、今回は口頭のみの説明に留めた。


結衣の感想は

「これが、お兄さんの言ってたテクニック?」

なんか、ピンと来てないようだな。


「ああ、そうだ。この一ヶ月半、この方法で学習を繰り返して聖徳に合格したんだ」

「こんな簡単な方法で?」

「効果があるように思えないか? だが受かったのは事実だ」


「……」


「結衣。例えば新しくできた友達を家まで訪ねるとき、初めて行く道では迷ったりするだろ? でも何回か行くうちにその道を覚えてしまう。それと同じ事なんだ。これは同じ作業を繰り返すことで、結果的に『憶えてしまう学習法』なんだ」


 結衣はキョトンとしている。まあ、この方法の効果を理解するのは先でいい。


「この学習方法をオレと練習してみないか?」

「学習方法を……、練習?」

「そうだ。こうして会った時に少しずつでいいから」

「うん、やってみる」

「良し、じゃあまた問題を持ってきてやるからな」


 オレは自分が学習して溜め込んだ知識が、結衣に残らない可能性が有る事を危惧していた。今現在も脳は1つなのに2人の記憶は完全に別れている。それを思うとオレが結衣の脳を使っていない可能性だってある。

 もしオレの憶えた知識が結衣の脳に引き継がれなかったら、結衣が元に戻った時にスッポリと空白の期間ができてしまうだろう。

 そこで保険としてこの学習方法をモノにしてもらう。そうすれば万が一の時に、結衣自身でリカバリーが可能になる筈。


「よし、10問中10点を取った結衣にご褒美だ」

「ご褒美!?」

「まあ見てろ」

 オレのイメージに応えて、両手の上に白い円形の物体が現れる。


「あっ、ケーキだ!」

 そう、コイツは昨夜、結衣母が用意してくれたケーキ。


「チョコに合格おめでとうって書いてある」

「まあ、食べてみてくれ」

 そう言って結衣の手に、ナイフとフォークも出してやった。


 パクッ

「……」


「どうだ?」

「……味がしない」

「そうか、ちょっと待て」

 オレはケーキを床に置いて結衣の肩に手をのせ(テーブルも必要だな)、昨夜食べたこのケーキの味のイメージを結衣に送る。


「これでもう一度食べてみてくれ」

「うん……」

 パクッ


「んっ!! 甘い。おいしい!」

 パクパクパクッ


「お兄さんも食べる?」

「いや、オレ実は甘いの苦手なんだ。こいつはお前のために味と形を覚えて持って来た」

「私のために……」


 その後ケーキを全部食べた結衣は、名残惜しそうにフォークに着いたクリームを舐めていた。


「また何か持ってきてやるよ」

「うん……」

(お兄さん……このまえ変な怖い声を聞いたけど……、気のせいだよね?)


「おっ、そろそろ時間だな。また右手を噛んでくれ」

 見れば体が透け始めていた。


「……うん」

「どうした?」

「……なんでもない」

「それにしても……」


「?」


「お前けっこう食いしん坊だったんだな」


 カチン!

 がぶーーーっ!!


「うぎゃああーっ」




「(あああっ……)」

 はっ!

(痛ってーーーっ、体調はいいから結衣の機嫌は良い筈なんだが、噛む(ちから)増してないか!?)


 う~~っ

 手をさすりながら何気に時計に目をやると、まだ朝の4時だった。うえ~、やっぱり生活リズムが乱れ気味だ。学校が始まる前に戻しておきたいぜ。


(おっ、そうだ!)

 オレはある事を思い出して、そいつを机の引き出しから取り出す。

(これこれ)

 取り出したのは、シリカゲルと一緒にビニールに入れておいた、加納紗江の吸い残しシケモクだ(湿気ってないけどね)。

 いそいそと外出用の服に着替えたオレは、台所から100円ライターを持ち出して近所の神社へと移動した。神社といっても住宅に挟まれて、かなり狭い土地にある。裏に回れば人に見つかることもない。


 メンソールだったか、しかしこの際なんでもいい。

(よ、よし吸うぞ)

 久々のタバコだ。シュボッと火を着け一気に吸い込む。そして次の瞬間。


「!??」

 ゲーホゲホゲホ、おえーーっ

(しまった。結衣の体だったーー!)


 5分後

(はあはあ、ちょっと楽になったが、まだ胸焼けがする)

 ……

 オレは柱に背を預けて座り込み、明け始めた空を見上げた。


 タバコはダメだ。酒もこの体の適量が分からないから止めたほうがいい。バイクでも乗ってスカッとできりゃいいんだが、とにかく何でもいいから時々頭をカラッポにできる何かが欲しい。


(何かスポーツでもやるか……健全だし。あとは掃除か……)


 見ればこの神社けっこう汚れてるな。ゴミがちらほら落ちてるし、せっかく来たんだ掃除して帰るか。

裏にあった物置から箒と塵取りを出して、オレはサクサク掃除を始める。

(もし町内の持ち回りで掃除してるんなら、朝はオレがやってもいいかな?)




 新学期が間近にせまったある日

 聖徳に必要書類を提出し、制服なども用意し終えて少し時間のできたオレは、1人名駅(めいえき)の大型書店で英語の本を買って、帰宅のため地下鉄に乗っていた。最近は結衣母のケータイを持たされた上で、1人で行動することを許されている。

(もうすぐ1人で通学するわけだし、いつまでも結衣母と一緒ってわけにもいかんわな)


(それにしても良い本を買えたぜ)

 ポールに掴まって揺られながら、カバンの中のCD付き英単語4000語を意識する。テストの点数がどれだけ良くても、英語は話せなきゃ意味がない。まずはヒアリングだ。


 グッとコブシを握って気合を入れたところで、ケツに違和感があった。

(ん? なんだ?)

 振り向くと、背後にいた40才前後でスーツ姿の太ったおっさんと目が合った。だが、すぐに目を逸らすおっさん。

(何だコイツ? 気持ち悪いヤツだな)


 そう思った直後、

「こいつチカンよ!」

 見知らぬ女が、おっさんの腕をひねりあげて声を上げる。


(何! チカン!? どこだっ! あ、ひょっとして今のがそうだったのか?)

 おっさんは顔を真っ赤にして手を振りほどき、隣の車両に逃げようとする。しかし、そこに別の男が立ち塞がった。

「失礼、次の駅で降りて話しを聞かせてもらいましょうか」

「こ、断る。私は何もしていない」


「いいから降りてもらいますよ」

 そう言うと、その男は車内に向けて叫んだ。

「警察です! 他に目撃された方が居られましたら、証言のご協力をお願いします!」


(なんと! こいつら私服警官だったのか! )


 違った。

 チカン容疑者を捕まえたのは全部で4人、そのうちの男2人が警官。最初の女と証言での協力を申し出た若いサラリーマン、この2人は一般人だった。



 駅員室

「スーツを着て太っていた。白髪のオールバックで歳は40才くらい。身長は……近かったから、よく分かりません」

 駅に着いたあと駅員室の一角を借りて、容疑者とは離されて聴取を受ける。今は、ここで中署(なかしょ)から応援が来るのを待っている状態だ。


「はい、もういいですよ。怖かったですよね。大丈夫ですよ」

 聴取を取った若いほうの警官が、やさしく声をかけてくる。オレの見た目は中学生だしな。だが……。


 スッと立ち上がったオレは、スタスタとチカン野朗の前に移動してジっとおっさんを見る。身なりもいいし、パッと見チカンをするように見えんな……、ん?

 突然いつも夢の中で見る結衣のような感じの、体のモヤッとした小学生くらいの男の子の映像が、頭の中に飛び込んで来た。

(これは、このおっさんの精神的な姿なのか?)


 その子には将来の夢があった。しかしその夢を追うことを諦め、良い高校、良い大学、良い会社へと、親の言う通りに人生を生き、そして結婚し、子供をつくり、育てた。だが今になって自分の人生はこれで良かったのかと思う。家では嫁と娘にバカにされ、会社では部下と上司の板ばさみ。


(なるほど、そういったモヤモヤした気持ちと、嫁に相手にされずに余った性欲が混ざり合って、チカン行為に走ったわけか)


 時間が止まったかと錯覚するほどの一瞬で、コイツの生きてきた背景を幻視、垣間見たが……。


「な、なんだよ、文句あんのか!?……」

 正面にオレに立たれて、うろたえるチカンおっさん。


 パンッ!

 オレは、そんなおっさんの股間を躊躇なく蹴り上げた。


(それはそれ、これはこれだ。他人に自分のストレスを吐き出すんじゃねえ。結衣がトラウマになったらどうする!)


「~~~ッ」

 声もなく崩れ落ちるおっさん。


「安心しろ手加減はした。みね打ちだ」


 あわてて周囲が止めに入る。

「「気持ちは分かるが暴力はだめだ」」


 その時だった。


 コロン……

「「「えっ!? く、首が落ちたーーっ!!?」」」


 チカンおっさんの首が落ちた! いや違う。股間を押さえて体を「く」の字に曲げ、(ひたい)を床に着けた状態で悶絶するおっさんに、首から上はちゃんと付いてる。 無くなったのは髪だ。


(((カ、カツラ!!)))


 みんな固まってしまった。センシティブな問題だけに思考停止に陥ったか。

(((こ、これは、どうしたらいいんだ!?)))


 しかたない武士の情けだ。ここはオレが、さり気なく元に戻してやろうじゃないか。スッと、しゃがんでカツラを被せてやり、自然な感じのフォローも入れてやる。


「帽子が落ちましたよ」


 !!


「「「ぶーーーっっ」」」

 ぶわっっはっはっはっ

 くひーーっ

 警官も仕事中の駅員も、そこにいた全員が爆笑した。


「えっ!?」


「ひっ、ひっ、あ、あなた面白いわ!」

 1番最初にチカンの腕を捻って捕まえた女が、笑いながら話しかけてきた。ポニーテールにしているが、前髪とか平安時代のお姫様みたいな感じの女だ。


(いや、ウケ狙いじゃなくて、マジでフォローのつもりなんだが)


「ふふっ、気も強いし助ける必要なかったかも。私は剣崎詩葉(けんざき しよう)。あなたとは、お友達になれるかもね」


 その時

「は、離せ、離せーっ」

 激痛から立ち直ったチカンおっさんが暴れだした。


「しょ、証拠も無しに、目撃証言だけで罪に問えると思うなよ。お前ら全員訴えてやる! 警察も全員だ!」


「証拠ならありますよ?」


「「「えっ!?」」」


「ほら、これです」

 一緒に電車を降りてくれたサラリーマンがスマホを取り出して、さっき撮ったという動画を再生する。


「何だ、何を見ている! そんなのどうせ作りもんだ!」

 警官の1人が押さえているうちに、みんなで画面を覗き込むと……。


「あ~、これはバッチリ写ってますねぇ」

 もう1人の警官がそう言って頷いた。

 映像には、チカンおっさんが背後に立つところから尻を触るところまで、ハッキリ写っていた。


「車内はけっこう空いているのに、この男がなぜか不自然な移動を繰り返していたんですよ。怪しいと思って念のために撮っておいたんです」

 このサラリーマン、オレのちょうど向かいに座っていたらしい。ぐっじょぶ!


 そしてドタドタと中署から数人の応援が到着した。

「連絡を受けて来ました。容疑者は!?」

 後ろには無線でやり取りしている警官もいる。とある芸人のタバコの箱を使ったコントと同じ光景に、オレは軽い感動を覚えたぜ。

(似てるな~。いや、こっちが本物なんだけどね)


 その後、剣崎はその場で聴取に応じ、用事があるからと帰っていった。オレと浅野サラリーマンは警官たちと一緒に中署に移動して、オレは迎えに来た結衣母と一緒に被害届けを出した。


 帰りは結衣母のハスラーに乗って帰ったんだが、いや、いいわコレ。パワーあるし静かだし。もう軽自動車で十分だろ。




 その夜、結衣がチカンに遭った話しを聞き、結衣父の怒りの絶叫がリビングにこだまする。


「殺してやるっ! 殺してるーっ!!」

「パパッ!」


 気持ちは分かる。だが、いいかげん五月蝿い。

オレ自身は容疑者が捕まって、そこで初めてチカンだと判ったくらいだ。正直、被害に遭ったという自覚がないんだよな。中署に迎えに来た結衣母も、オレがチカンの被害に遭ったと聞いてあわてて来たが、ケロッとしてるオレを見て最初は間違いだと思ったらしい。


「うーふっ、うーふっ、許さーーん!」

 さっきから収まりかけては怒り出すの繰り返し。う~む、どうしたもんか……。


 仕方ない。

「お母さん、ちょっとお父さんに背を向けて立ってください」


「えっ!? うん、いいけど……」

 うなずいて、言われた通り結衣父に背を向け、椅子から立つ結衣母。


「お父さん」


 ぐふーっ、ぐふーっ


「お母さんのお尻を触ってください」


「ぐふっ、えっ!?」

「結衣ちゃんっ!?」

「結衣ちゃん? いや、それは……」


 ギロリ!

「いいから触ってください!」


「ぐっ、じゃ、じゃあちょっとだけ……」

 そう言って結衣父が結衣母の尻に手を当てる。


「どうですか?」

「い、いやどうって。ママのお尻だとしか……」


「お母さんはどうですか?」

「うん、パパに触られているわねぇ」


「それだけですか? 他にありませんか?」


「「ま、まあ……」」


「あ、でも触られたのは久しぶりかもぉ」

「ママァ!?」


「ゴホン! そうです。尻ぐらいで大騒ぎすることは無いんです」

「し、しかし結衣ちゃん」

「触ってみますか?」


「えっ!?」


「お父さんも結衣の尻を触ってみますか? それくらい構いませんよ?」


 その場に冷たい空気が流れる。

「い、いや、それは……」


「この話しは終わりです。それではお休みなさい」

 そう言ってオレは2階に上がった。


「な、なんか結衣変わったなあ。妙に迫力が有るというか……」

「パパ、ほかも触ってみるぅ?」

「ママァ!?」




 夢の中の部屋

「チカンに遭ったの!?」

 ケーキをパクつきながら、結衣が目をパチクリさせて驚いた。


 だが驚いたのはオレもだ。なんと先日出してやったケーキを、結衣が自分のイメージで作り出して食べていた。「なんか出来た」と結衣は言ったが、ここで伝えた事なら自分で再現できるのか。


「ああ、ケツを少し触られたが、ちゃんと仕返しはしといたぞ」

「仕返し?」


「キ〇タマを蹴り上げてやった」

(たとえチカンの記憶が結衣に残っても、キッチリ仕返ししたという記憶とセットになるから、相殺されてトラウマにはならない筈)


「ふ~ん? それが仕返し?」

 キョトンとする結衣


 あ~、この痛みは女には分からんからな~。


「ちょっといいか?」

 そう言って結衣の肩に手を乗せ、オレが子供の頃に跳び箱で打ったキ〇タマの痛みを、イメージとして送り込んでやる。


 すると……。

 ドンッ!

 結衣が股間を押さえて崩れ落ちた。体をくの字に曲げて悶絶する。


「ッ~~~」

 食べかけのケーキも一瞬で消えたな。声も出ないようだ。


「い、い、い……」

 無いはずのキ〇タマを押さえる結衣


「痛いだろ?」

 コクコクと頷く


(女は一生経験する事のない(たぐい)の痛みだからな~)


「ほれ」

 腰に手を当て痛みの引くイメージを流してやる。


 ハアッ ハアッ

「し、死ぬかと思ったー」


「まあ貴重な体験をしたと思え。それで今日は本当なら学習作業をしたいんだが、ゴタゴタして問題を用意してないんだ。その代わり……」

 そう言ってオレはイメージする。


「あ、ベッド! 私のベッドだ!」

 そう、結衣の花柄ベッドを出してやった。


 さらに……。


「今度はテーブル!」

 こいつも結衣の部屋にあったやつ。まあテーブルというか、ちゃぶ台だな。大きめで折りたたみ式の。


 そして結衣の両肩に手を置く。

(どうだ?)


 手を離すとそこにはイチゴのパジャマを着た結衣がいた。

「あ、パジャマ」


 よし、うまくいった。なんだかんだで1番よく着ているのがこのパジャマだから、イメージがしやすい。


「おっ!?」

 結衣に変化があった。モヤッとしていた体がハッキリして、パジャマから出ている手足もちゃんと見えている。


「お兄さんも着てみる?」

「オレもか?」

 今は、このパジャマしか鮮明にイメージできる自信がないんだよな。しかし考えてみたら他に憶えているのは、制服をはじめ全部スカートだった。


(……パジャマだな)

 と、いうことで、オレもイチゴのパジャマを着てみました。これが1番まともだという、なんともトホホな結果に少し(へこ)む。


「ふふ、お揃いだね」


 ふぅ

(……まあ、いいか)


「おっ」

「?」


 最近、ここに居られる時間が、体感だけでも判るようになってきたのだ。


「そろそろ時間だ。結衣、また頼む。右手を噛んでくれ」

「う……うん」

「それにしても、なんでチカンに遭ったんだろう?」

「え?」

「こんな貧弱な体さわって楽しいのか? オレなら絶対さわらないね」


 カチン!

 がぶーーーっ!!


「うぎゃああーっ」

(噛むチカラ強すぎーっ)



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