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そこそこへの挑戦  作者: 幸 弘
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第十話 カレパ

「こっち、こっち」

 西岡が社宅の2階の窓から手を振っている。


「駅からちょー近いっすね。聞いてたとおりっす」

「ああ、ほんとだな。すげぇ立地にある」


 日曜日の午前中にオレと栞は2人で西岡の家に遊びにやって来た。というのも先日何気にカレーの話しが出て、西岡は甘口が好きで栞は辛口派なんだが……。


『世話になってる叔父さん夫婦が(から)いのダメで甘口なんすよ。わがまま言えないんで(つら)いっす』

『あ~、居候の身じゃなぁ……』

『うちに食べにおいでよ栞ちゃん』

 西岡は父親とその妹の叔母さんが辛口なため、自分の好きな甘口と両方の味を作っているらしい。

『いいんすか?』

『うん、いいよ。結衣ちゃんも来るよね?』

『そうだな、じゃあ休みの日に遊びに行こうかな?』

『うん! 来て来て!』


 ──というわけで、西岡んちに来たわけだ。


 あれからすみれ銀行とは接触できていない。朝起きた時や夜寝る前に呼びかけても返事はない。ひょっとしたらオレの声は2人に届いているかもしれないが、次に夢で会うまで確認は出来ないだろう。1人でモンモンと考え込んでも事態が進展するわけではないので、今日はその気分転換もかねている。


「いらっしゃい。結衣ちゃん、栞ちゃん」ニコッ

 1階に降りて来た西岡がオレたちを出迎える。ゆったりとした紺のTシャツにブラウンのハーフパンツといったラフな出で立ちだ。ちなみにオレは黒地に花柄の入ったワンピース。栞は濃紺のTシャツにデニムのパンツとスニーカーだ。オレたちがみんな濃い色の服装なのは偶然じゃない。西岡の家でカレーパーティーをするからだ。

(うっかり汚さないように気を付けないとな)


「ああ、世話になる」

「ういっす。すごいっすねここ。社宅ってより高級マンションって感じっす」

 家が一軒まるっと入りそうな広々したエントランスを見渡して栞がつぶやいた。

 床は黒系の大理石。壁は一見すると杉の木を薄く重ねて光沢を抑えたような柄で、色はセンスの良いライトブラウンを基調としている。正面の壁には油絵だろうか? 野菜や果物が籠に入った上品な絵が飾ってある。天井は薄いベージュ系だ。柔らかい間接光がフロア全体を照らしていた。そして品のいいアイボリーのテーブルと、4人がゆったり座れる本皮製の長椅子セットが二組。

 西岡の話しではオートロックはカード式でスマホにも対応しているそうだ。


「本当だよな。どんな会社なんだろう」

「お父さんは食べ物をあちこちに運ぶ仕事をしてるんだよ」

「食品流通業か……(このエントランスだけ見てもすげえ儲かってそうだな)」

「とにかくおうちに上がって」

 そう言って2階の西岡家に案内してくれる。


 カチャリ

「さあ、どうぞ」

「こんにちは。お邪魔します」

「ちぃーっす。おおっ! 家の中も綺麗っすね~」


 どたたたっ

「いらっしゃーい」

 部屋の奥から太った中年女性が飛び出て来た。


「ちぃーっす、お母さんこんにちはっす」

「ちっちっちっ、私はお姉さん」

 人差し指を振りながら訂正する。

「え? お姉さんっすか?」

 何か言いたそうな栞の前に出てオレもペコリと挨拶した。

「こんにちはお姉さん。今日はよろしくお願いします」


 ヒソヒソ

「(兄貴、この人お母さんっすよね? どう見てもお姉さんって年齢じゃないっすよ)」

「(しっ、いいんだよ。本人がそう呼ばれたいんだから)」


「ハイ、よろしくね。君が例のオレっ子君ね」

(オレっ子!?)

「そして君が江戸っ子ちゃん」

(江戸っ子っすか……)


 オレたちは互いに顔を見合わせて苦笑い。

「(染み付いた口調は変えられないっすよね)」

「(まあなぁ……)」

 この人は本当は西岡の叔母だ。以前に精神アクセスでチラ見した時は、テレビの前で横になってポテチをつまみながら、一日中ゲームをやってる印象だった。しかし今日はわざわざ玄関に来て挨拶してくれるし、実際はアクティブな性格かもしれないな。


「じゃあ、カレーが出来たら呼んでちょうだい」

 そう言って奥の部屋に引っ込む自称お姉さん。すぐに横になってピコピコとゲームの続きをやり始めた。


(く……、今一瞬見直したオレの気持ちを返してくれ)


「結衣ちゃん、カレー作ろ?」

「うっし、やるか!」

 台所でさっそく調理開始だ。そして料理のできない栞はお姉さんの相手をする。まあ相手といっても一緒にゲームで遊ぶだけだが。


 西岡が冷蔵庫を開けて中の食材を確認している。

「え!?」

 オレは思わず2度見した。冷蔵庫の3段目が全部ハムやソーセージでいっぱいだからだ。しかも……、

「すべて名宝(めいほう)ハムと名方(みょうがた)ハムじゃないか」

「お父さんが会社でもらって来るんだよ」

「西岡のタコさんウインナーが旨いわけだ」

 聞けば賞味期限や消費期限が近づいて(あま)った食品を、ときどき社員に分けているらしい。


「しかし家族で食べるには量が多すぎだろう」

「あとで冷凍するんだよ」

「なるほど、だったら大丈夫か」

 西岡の弁当に毎日入っている謎が解けた。


 冷蔵庫を確認したオレと西岡は、足りない食材の買い出しに行くことにした。出かける前に栞とお姉さんに一声かけていく。

「ちょっと買い出しに行ってくる」

「了解っす。お姉さんとゲームして待ってるっす」

「ふふっ、もう一勝負ね江戸っ子ちゃん」

「今度は負けないっすよ」



 2時間後、ちょうど昼時(ひるどき)に合わせてカレーが完成した。

 テーブルにはメインのカレーライスがそれぞれの席に並び、各自好みの飲み物とサラダも添えられた。そして真ん中の大皿にはイカリングや西岡お得意のタコさんウインナー、それにアスパラベーコン巻きをはじめ様々なトッピングが盛られ、オレたちにチョイスされるのを待っている。

 もちろんカレーは各自好みの辛さにしてある。しかし念のためタバスコと一味も用意しておいた。


「ゴホン! では今からカレーパーティー、カレパを始めるっすよ!」

「「「いぇーーい」」」

 パチパチパチパチ!

 栞の掛け声でパーティーが始まった。


「「「いただきま~す!」」」

 パクッ

 ん?

 んん~!??

「「「おいしーっ!」」」

「な、なんすかこれ!? めちゃくちゃ旨いっす!」

辛旨(からうま)っ! これ上手に作ったねぇ」

「結衣ちゃんが鰹出汁を入れたんだよ」

「「「鰹出汁!?」」」 

「ああ、少し出汁を入れると味に腰が出るからな。カレーうどんにだって入れるだろ? それと同じだ」

「他にも隠し味入れたんだよ。結衣ちゃんすごい上手」

「カレー以外の料理はからっきしだけどな。それより皆トッピングを乗せよう。こっちは西岡が作ったんだ」

 その後はおかわり続出でカレパは大成功に終わった。


「うう……、苦しいっす」

「や、やばい。苦しくて動けん……ゲプッ」

 栞とお姉さんはゲームのある部屋で仰向けに寝転んで腹をさすっている。作った者としてはうれしいが流石に食べ過ぎだろう。とっておいた親父さんの分にまで手を伸ばした時は、慌てて西岡が止めに入ったくらいだからな。


「兄貴ゴチっす、ちょー旨かったっす」

「ホント! 店出したらマジ流行るんじゃない?」

 オレが西岡と洗い物をしていると2人が声をかけてくる。


「西岡にも礼を言ってくれ。あの手の込んだトッピングは全部西岡の手作りなんだ」

「マジっすか! ベーコン巻きちょー旨かったっす。姐さんアザっす!」

「ミーちゃん上手だよね~。いつもありがとね~」

「「ミーちゃん!?」」

「名前がすみれだからミーちゃん」

 西岡が真顔で説明するが、

((すみれなら普通スーちゃんじゃ……))



「なあ、少し問題集をやってみないか?」

 洗い物と後片付けを済ませた後で、ジュースを飲みつつリビングでまったりしてる2人にオレは切り出した。


「「問題集!?」っすか!?」

「ああ」

「いや~、アッシは遠慮しとくっす。今持ってないし」

「心配するな。オレが家から持ってきたのを貸してやる。そいつを使えばいい」

「うへっ、マジっすか!」

「そんなに嫌な顔をするな。やるのは国語のテスト範囲だけだ。すぐに終わるさ」

「……それならちょっとだけやってみるっす」

「西岡もやるよな? ……って」

 既に自分の問題集を机から持ち出して目をキラキラさせている。

「結衣ちゃんの言ってたお勉強法だよね? やるやる!」

「お、おう」

 オレはもう一度『いきなり問題集』の説明をして2人にやってもらった。


「これで終わりっすか?」

「ああ、終わりだ」

 国語一科目のテスト範囲だけだから、思った通り時間はさほど掛からなかった。


「なんか、勉強した気がしないっすね。姐さんはどおっすか?」

「う~ん?」

「ははは、これで学習作業は終了だ。簡単だったろ? 後はお姉さんと一緒にゲームでもしよう」

「ほんと、勉強っていうより作業だったっすね」


「あら、お勉強してたの? ミーちゃんは勉強熱心だから、もう少し成績が良くても不思議じゃないのにね」

 オレ達が何をしてるか気になって、お姉さんがゲームの途中でリビングに見に来た。

(西岡は結衣と同じで努力が結果に結びつかないタイプだったか……)


 しかし後日、教室の後ろに貼り出された中間テストの成績順位の変動に、2年D組は西岡と栞を含めて全員衝撃を受けることになる。その渦中の人物となる目の前の2人は、まだその事を知らない。


「ねえ(みんな)、ちょっとお姉さんと一緒にゲームしない?」

「さっき2人でやったっすけど、ちょー面白いっす!」

 お姉さんがゲームに誘って来た。4人で同時対戦できるらしい。どんなゲームだろう? 栞も同調してやる気満々だ。西岡は普段ゲームを全くしないと言っていたが、せっかくだから全員でやることになった。


 ピーポピーポポピーポピー

 とぼけたBGMで始まるこのゲーム『サクセス島太郎9』、オレが長距離トラック時代に出先で時間潰しに死ぬほどやったゲームの続編だ。長距離では荷物を運んだ後そのまま荷台を空っぽで帰る事はない。帰り便といって現地からトラック出発地方面への荷物を載せることになる。しかし荷物の依頼が少なくて受注が困難な時は、車内で帰りの荷物が見つかるまで待機させられる。待機時間はまちまちで、ひどい時は数日トラックで寝泊まりして事務所からの指示を待つことになるのだ。

 その間の暇の潰しかたはドライバーによってそれぞれだが、オレはコンバータで電源を取って、車内に家庭用ゲーム機を持ち込み遊んでいた。そして特によくやっていたのがこの『サクセス島太郎』だった。これはひと言で言うなら総資産を競う成り上がり双六(すごろく)ゲームで、ぼけーっとダラダラ遊んでいられて暇潰しには持ってこいだ。

 中身はモ〇鉄のパクリっぽいのだが、独特の不条理さとチープさで今でも一定のファンがいる。


 ゲームを開始してすぐに栞が聞いてきた。

「兄貴、サイコロふる時なんで目を瞑るんすか?」


 あ~、やっぱり気づいたか。


「いや、こうして念じると良い目が出やすいんだよ」

「ふ~ん、そんなもんすかねぇ」

 すまん、嘘だ。このゲームは目押しがきくから、オレが普通にプレイするだけで皆が不愉快になるんだ。こうやって縛りプレイをしてちょうど良い勝負になる。


(プラットフォームを変えて映像が格段に良くなっても、ベースになるゲームエンジンの基本部分を変えないんだよな、このメーカー。だから新作でも腕のいいスロッターなら高確率で狙った目を出せる。しかしこんなゲームやるより皆パチ屋に行くから、この事を知っている奴は多くはないだろう)


 そんなわけで皆と楽しく遊んでいたんだが……。

「つ、強い……」

「結衣ちゃん強~い」

「あ、兄貴、強すぎるっす」

 三者三様にゲームをやった感想を言う。


 終わってみれば2位のお姉さんに総資産でダブルスコアの差をつけて優勝。サイコロ以外では手を抜きづらいからしょうがない。


(遊び尽くしてしまって、最後には難易度最強の敵キャラ3人を、全員破産させるというふざけた事をしてたからな。普通にやってもこうなるのは仕方ない)


「今回はラッキーだった」

「ラッキー!? アイテムカードの使い方が上手すぎるんだけど」

 なんかお姉さんが釈然としないようだ。


「再戦しても構わないがそれは次の機会だな。そろそろ帰る時間だ」

「え? もう帰っちゃうの?」

 西岡ががっかりして言う。だが時計を見ると17時を過ぎている。このゲームはダラダラと面白い分けっこう時間の経つのが早い。


「またいつでも遊びに来なさいよ。ついでにカレーを作ってくれるとお姉さんの好感度も上がるからね!」

 カレーか……。カレパって言うくらいだから、今日は本当ならカレー炒飯やらインディアンスパやらいろんな種類を作るつもりだった。しかし栞が強烈にカレーに餓えていたんで、ストレートにカレーライスを作ったんだよな。また次もカレーでもいいけど、季節的にはそろそろ鍋なんかいいかもな。


 西岡がエントランスまで見送りに来てくれた。お姉さんは部屋でゲームだ。

「じゃあそろそろ帰るわ」

「ごちそう様っす。楽しかったっす」

「うん、2人とも気をつけてね」


 オレと栞は来た道を駅へと歩く。振り向くと西岡が敷地の外でこっちを見ていたから2人で手を振ってやった。すると西岡もぶんぶんと振り返してきた。

(西岡のやつマジで楽しかったんだなぁ)


「兄貴、カレーちょーうまかったっす!」

「市販のルーに少し小細工しただけだよ」

「その小細工で大化けさせるところが兄貴らしいっす!」

「お前煽ってるな? さらっとリクエストか!?」

「う、やっぱバレバレっすね。でもマジでお願いしたいっす」

「ああ、また機会があったらな」

「本当っすか!? 楽しみにしてるっす!」


 たいして意味の無い会話をしながら家路につく。なんでもない中学生の日常だ。しかし今のオレには分かる。このなんでもない日々が眩しいほど貴重だという事が……。



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