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そこそこへの挑戦  作者: 幸 弘
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第九話 休日


 夢の中の部屋


「やった! また勝った!」

「うぬぬ、だめだ本当に勝てないぞ……」


 今夜は学習を休んで完全休養にした。たまには息抜きしなきゃと思ってオレと結衣、そしてイメージで出した西岡と銀行強盗スタイル結衣の4人で、トランプのババ抜きをしている。ここまでは7戦6勝と結衣がぶっちぎりでトップだ。いや最初の2戦はわざと負けたんだよ。花を持たせていい気分にさせてやろうと、すっげー悔しがるジェスチャー付きでね。


(自然な感じで負けるって結構難しいんだぞ)


 結衣が言うには

『ババがどれか何とな~く判っちゃう』らしい。

「ポーカーフェイスには自信があるんだが……」


 唯一、結衣以外で勝ったのが銀行だった。

 銀行強盗スタイル結衣の事を、結衣は銀行ちゃん、オレは銀行と呼んでいる。ここでは西岡もすみれと呼んで現実の西岡と区別している。この2人は声こそ出せないが喜怒哀楽が普通にあって、生きている人間とほとんど変わらない。


 すると結衣がこんな事を言い出した。


「すみれちゃんも銀行ちゃんも、中身はお兄さんなんだよ」

「は?」

「ちょっとずつお兄さんが入ってるの」

(ちょっとずつオレが入ってる? 確かに中身まではコピーできない。だから人並みに動くようにとオレが最初にイメージした訳だが、その思念の元のオレに似ているという事か)


「あれ? ひょっとしてオレの気持ちの動きに連動して、こいつらが反応するとか……」


 その時すみれと銀行がビシッとオレを指差した。その通りと言わんばかりだ。

「お前らオレのくせに指をさすな!」


「へへ……ゴメンね。ズルしちゃった」

 結衣がペロリと舌を出す。

(てへぺろ! これ結衣の貴重映像だろ。はは)


 どうやら結衣は、2人の反応を見てオレの手札を読んでいたようだ。

「まあ判っちまうのは仕方ないよ。でもこれではババ抜きはできないな。ジェンガも黒ひげもゲームにならなかったし、次は何やろうか」


 ジェンガは「倒れるな!」って心で思うとバランスを無視してでも倒れないし、黒ひげも「飛ぶな!」と思って差すと、最後の一穴なのに飛ばない。イメージした通りになるので結衣は爆笑で大ウケだったが、ゲームとしては全く成立しなかった。


「七並べにするか。ルールが複雑になれば2人の顔色でバレる事もないだろ」

「うん! やろう七並べ!」


 七並べは普通に楽しめた。やはり勝敗が一方的になっては勝っても負けても面白くないよな。その後は結衣母が普段作ってくれる弁当を4人分だして、みんなでお食事会だ。


「ん~、おいち~///」

 片手でほっぺを押さえる結衣。


 以前のおかずはミートボールだけだった結衣だが、今は魚も野菜も何でも食べる。その秘密は最初の時だけ味や食感のイメージを、オレが結衣に送る事にあった。


『味のイメージと一緒にお兄さんの「おいしい」って気持ちも入ってくるんだよ』

 ……という事らしい。


 好きな食べ物がどんどん増えていった結衣だが、納豆だけはどうしてもダメなようだ。骨にいいと聞いたんで現実では毎日のように食べてる。しかし結衣両親は臭いすら苦手なため、夕食後は二階に納豆ごはんを持って上がって、一人で少量食べる。立花家は納豆は全員アウトだが体作りのためだ。この習慣は今後も続けていく。


「このタコさんウインナーおいしいね」

「ああ、それは西岡……すみれの手作りだ。たぶん元のウインナーがいいんだ」

 結衣母の弁当に一つだけ入れておいた。すみれの好物でオレも大好きだ。


「元のウインナー?」

「普通はたいてい魚肉なんだが、こいつはたぶん豚肉だ。けっこう値が張るウインナー使ってると思うぞ」

「ふ~ん」


(それにしても不思議だ)

 すみれと銀行を見て思う。


(どう見ても独立した存在として動いているよな。さらにこの2人はオレの心の動きに反応するが、オレはこいつらが何を考えているのか分からない。いや、そもそも考えて行動するなどできないはずだ。なのにゲームにはしっかり参加するし……う~む分からん)


 ちなみにオレが居ない時は3人で遊ぶそうだ。自我があるとしか思えん。

(う~む分からん)


 いや待てよ。今この2人を出しているのは結衣だ。ひょっとして結衣の精神も混ざってないか?


 じ~~っ

「どうしたの?」

「いや結衣の精神も混ざってるんじゃないかと思ってな」

 その言葉に2人がビシッと指差した。


「だから差すなって」

「びっくり! 混ざってるんだ」

「自我っぽいのがあるのも原因はそれだろうな」


 疑問が解決したところで結衣を外に連れ出した。真っ暗闇とはいえ、結衣の部屋の周りには野球場一個分の広大なスペースがある。こいつを使わないのはもったいない。まず手始めにスタジアムで使われてるような、でかくて背の高い照明をぐるりと隙間なく並べてみる。


「まぶしーっ」

 結衣もすみれ銀行も手で顔を覆って目を細める。


「さすがに多過ぎたな」

 結局4つを残してあとは消した。四方から照らすだけで十分な明るさだ。これで互いの姿がはっきり見えるようになった。


 次に高さ3メートルぐらいの小山を出して、一方をなだらかな斜面にして人工芝で覆い、その背面に階段を作って、人が乗れる大きさのダンボールを人数分用意する。


「滑り台だ」

「滑り台!」


 まあ中2に滑り台ってのもなんだが、オレがサッと作れる物なんてこんなもんだ。でも高さがあって距離も長くしたから、それなりには楽しめるだろう。

 すみれ銀行はダンボール片手にサッサと上に昇って滑っている。体のちっこい結衣は大変そうだ。片足ずつ「よいしょ、よいしょ」と実に危なっかしい。オレは結衣を抱き上げ、途中の高さの段まで持ち上げてやった。


「ありがとうお兄さん。背、高いよね」

「181cmあったからな。……ん~」

「どうしたの?」

「結衣ちょっと降ろすぞ」

「? うん」


 オレは階段部分を全部消し去り、代わりにエスカレーターをイメージで作り出す。


「あ!」

「こっちのがいいだろ」


 それから3人は何度も滑って楽しんだ。エスカレーターが笑っちゃうほど大活躍だ。そのうち結衣がこんな事を言い出した。


「もっと高いのがいい」

「高いのか~。高くしてスピードが出すぎるのもなあ……」


 その時一つひらめいた。

「こんなのはどうだ?」


 滑り台を消して新しいのを出す。今度のは高さがハンパない。最上部は照明の上近くまである。そして長い。結衣の部屋を中心にグルグルと3周する巨大滑り台だ。ゆっくり滑っても高さでスリルを味わえる。


「うわーっ、すごい! こんなの見たこと無い!」


 角度が緩いから芝はやめてコロコロローラーにした。それに距離も長いから土台も強度の高いコンクリートにして、滑ってる途中で落ちないようにサイドプレートも付けた。


「すごーい!」

「それだけじゃないぞ。エスカレーターの手すりに幾つも突起が付いてるだろ?」

「うん、何のため?」

「こいつを引っ掛けて上まで運ぶんだ」


 そう言ってFRPで出来た、軽くて丈夫な背もたれ付きの座椅子を出す。

「距離が長いからローラーでケツが痛くないように、こいつに乗って滑るんだ」


「んん~~」

 結衣がなぜかプルプルしてる。武者震いか?


「早く! 早く滑ろ!」

 そう言うと両手を広げて抱っこのポーズだ。

(幼児かよ! お前は中学生だろ。まあいいけど)


 オレは結衣を抱き上げて2人でエスカレーターに乗る。振り返るとすみれ銀行も座椅子を手すりのフックに引っ掛けて、ニコニコ笑顔でついて来る。銀行は強盗セットで表情は見えないが、ウキウキした感情がしっかり伝わってきた。


「お、お、結構高いな……」

「う、うん、一人だったらオシッコもらすかも……」


 出発地点の踊り場から下を見てビビる。

(結衣の部屋があんなに小さく見えるぞ)


「ね、行こ」

「そうだな、とにかく滑ってみるか」

 オレは椅子をローラーに載せて座り、結衣を抱っこして膝に乗せてゆっくり滑り出す。すみれ銀行の2人も後ろから笑顔でついて来る。


「お、おお~~っ」

 結衣が変な声を上げた。スピードはゆっくりでも高さがあるから相当スリリングだ。やがて螺旋状に3周している滑り台の2段目に入った。するとその印象を変える。


「気持ちい~っ」


 全身にやさしい風を受けて結衣もご満悦だ。高さが低くなってきたせいで、スリルよりも爽快感の方が増してきた。最後の1段には結衣も余裕が出て、後ろの2人を振り返ったり立ち上がったりと忙しい。そしてゴール。


「あー、楽しかった」

「ああ、思ったよりすごいわ」

(最後の20メートルはもう少しスピードが出るようにして、ゴール手前の山場にしてもいいかな?)


 滑り台を見上げて改良点を考えていると結衣が足にしがみ付いてきた。


「ありがとう! お兄さん」

「今のオレにはこんな事しかできないからな。それでどうする? もう結衣にもこいつは出せると思うから消しとくか?」

「ううん、もっと滑るからこのままにしといて」

「そうか、わかった」

 これが若さってやつだな。オレは当分いいわ。


(んん? そろそろ体が起きそうだな)

「結衣、右手を噛んでくれ」


「……」

「結衣?」

「……やだ、噛みたくない」

「はあ!? いやいやいや不味いだろそれは、噛まないとオレが思い出せないだろ」

「噛みたくない!」


 結衣がほっぺを膨らませて涙目になってる。それでもやってもらわないと困る。試しに自分で噛んだ事があったが、反射的に痛みを消してしまい使い物にならなかった。


「そんなこと言っても忘れたら困るだろ?」

「忘れてもいい! 噛みたくない!」

 ついに結衣が泣き出した。鼻と目を真っ赤にして大粒の涙がポロポロ流れ出す。


「ひっく、ひっく」


 思ってもみなかった。いつの間にかこんなに結衣に懐かれていたのか。

「わかった。お前の言う通りだ。噛まなくていい」

「ぐすっ……」

「とにかく部屋に入ろ、な?」

 コクリ


 オレたちは部屋に戻ると並んでベッドに座る。すみれ銀行も心配そうに見ている。

「なんとかなる。もう噛まなくていい。だから気にするな。大丈夫だ」

(うわ~、オレって慰めるのがちょーヘタだわ。ただ適当な言葉を並べただけじゃん。自分で言ってて嫌になる。)


 前に噛まれなかった時の2回も覚えていたし、最初の時だって起きるタイミングと噛むのが重なっただけで、ひょっとしたら関係なかったのかもしれない……


 コトン……

 結衣がもたれ掛かってオレに体重を預けてきた。


「結衣?」

 すうすう……

(あれ? 眠っちまったのか)


 結衣をそっとベッドに寝かせて布団を掛ける。鼻と目元は赤く、頬には涙の跡が……。


(結衣を泣かせてしまった……)


「ゴメンよ結衣」

 寝顔にそっとつぶやく。

(現実世界では動じることの少ないオレも、結衣の涙はこの世の終わりのように(こた)える)


 ビシッ

 その時、すみれ銀行が2人でオレを指差した。

(はあ? 泣かせたオレを責めてるのか?)


 ビシッ

(いや、悪かったのは認めるけどさ……ん? お前らオレの心を読んでるよな?)


 ビシッ

(おっ、いいこと思いついた。お前ら2人でオレが目を覚ました後に、今夜の出来事をイメージで送ってくれないか? 失敗しても怒らないからさ)


 起きてる時に結衣と接することは無いが、オレの精神も混ざってるすみれ銀行なら、オレとも波長は合うはず。こいつらなら可能かもしれん。


 少し考える素振りを見せたすみれ銀行が、ビシッとオレを指差した。


(おっ?)

 そして体が消え始める。

(頼んだぞ2人とも!)

 ビシッ


 朝、目を覚まして時計を見ると4時半だった。


「ふう」

 結論から言うと全部しっかり覚えていた。4人でやったババ抜き、巨大滑り台、結衣を泣かせてしまった事も……

(結衣の涙を思い出すと胸が締め付けられる。二度と見たくない光景だ。もう絶対に泣かせたりしない)


 ビシッ!

「うおっ!?」

ビックリした! すみれ銀行の指差し映像が頭の中に飛び込んできたぞ。


「おおおっ、やったぞ成功だ! 覚えていたのと同じ映像が脳裏に写ったぞ」

 ただ視点が2人から見た景色だから若干ズレがある。そこが少し面白いな。


「よくやったお前たち。確かに受け取ったぞ!」

 心の中に呼びかけると薄っすら(ビシッ)と返してきた。

「なっ!? 返事を返したのか!? いま意思の疎通が出来たよな? おい聞こえるか!?」


 ……だめだ返事がない。しかし小さく消えかかってはいたが、確かに2人の指差しを見たぞ!


 オレはベッドから飛び起きて部屋をウロウロする。

(まてまて、これはひょっとするとひょっとするぞ! あの2人とのパイプを強くしていけば、いつかは起きてる状態でも、2人を通して結衣と意思の疎通がはかれるんじゃないか!? こいつは大きく前進したかもしれん)


 結衣を元に戻すための大きな手がかりを、初めて手にした瞬間だった。


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