幸福な天罰
「君はさ、自殺は悪いことだと思う?」
平日の昼下がり、彼女は微睡んだ目でそんなことを聞いてきた。昼食をとって昼寝がしたいというわけではなく、いつも通り寝不足なだけだろう。
「急にどうしたんだ。レポート課題か、それとも嫌がらせか?」
「いやそういうんじゃなくて、死にたいわけじゃないけど生きてたくもない時があるじゃない?今がそれで、そんな時に気まぐれで思いついた話の種を投げつけただけだよ」
「つまりは嫌がらせか」
「あはは、君は捻くれてるなぁ。そういうとこ、嫌いじゃないよ」
彼女はいつもこうだ。いつもこちらの主張を躱してはからかってくる。俺はそれを無視して質問に答える。
「自殺の仕方や身の上にもよるが、大体は悪いことだろうな。周りは迷惑を被るし、不快感を覚える。」
「へぇ、意外。自殺否定派なんだ。」
「そういうわけじゃない。悪いことだと思っていると同時に、周りは当人のその環境を放っておいたんだから同罪だとも考えている。つまり帳消しだろ、帳消し。」
「じゃあさっき大体って言ってけど、どういう状況ならいいと思ってるの?」
話を振っておきながらつまらなそうに平坦な声で聴いてくる。なんて女だ。
「天涯孤独な人間が、海への入水や崖からの投身で見つからい方法なんかかな。国に金が入らなくなったりはするだろうけど、これなら直接的に迷惑を被る人は少ないからね。」
「じゃあ、少なくとも君は悪い人だ。死んでからも私にこうやって迷惑をかけ続けているんだからね。」
「うるさいな。それに、そんなに笑顔で言われても説得力がないぞ。」
彼女は見せながら白い歯を屈託のない笑顔を向けてくる。
そんな彼女にどうしようもなく惹かれてしまっている。
「私は今の関係を、互いへの天罰みたいなものだと思っているんだよ。君を見捨てた私は日々君を嫌というほど見せつけられる。孤独を恐れ、孤独に溺れ、最後に孤独を愛した君は、孤独からかけ離れた環境で死ねずに苦しめられている。そうは思わないかい?」
「そんな分かりきったことを聞いて何の意味があるんだ。」
「いや何、最初に確認し分かりきっていることでも確認しないと不安になるものじゃないか。」
「それもそうだな」
俺がそういうと、彼女は満足したような顔をし、眠そうな目をこすりながらまた布団へと潜っていった。
確かに、例えどんなに明白なものであっても永遠である物事の方が少ないだろう。
今の俺が、孤独以上に彼女を愛してしまっているように。