陸の仕事1 成仏
「お断りします。」
俺の仕事は依頼を受けた品を探してくることだ。
隠り世に一度入ると、現し世では避けては通れない面倒な手続き無しで大陸へ行けるのだ。大陸なら中国や朝鮮でないと手に入らない漢方や調度品の依頼が主だ。
たまに「反魂香」や「照魔鏡」の様な元々、隠り世にしか無い依頼がある。何らかの理由で現し世に知られたのだろうが、隠り世と現し世ー、2つの世界の往来が出来る鬼くらいでないと手に入れるのは容易ではない。
とは言え、いくら金を注ぎ込まれても身の危険に繋がりそうな依頼は受けない。今回言われたのは酒だった。
「いくら買いたくても今の俺はそれを売ってもらえません。何度その依頼をされても受けることはできませんよ。」
どんな毒を用いても鬼達は死ぬことはない。そのせいか普通の酒では大して酔うことが出来ないのだ。
元々あれは鬼専用の、酔うことが出来る酒なのだが、酒呑童子の討伐の印象が強いのか何故か現し世では『神便鬼毒酒』とおっかない呼び方になっている。
京さんの話によると、角が生えてないうちは酔わないんだと。飲むと高揚感の後、体質によってはニ、三時間しだすと寝てしまうヤツもいる。
然さんもあれは討伐の際に飲んだが、大した効き目はなかったらしい。本当に角が酔う酔わないの違いになるのなら然さんに効かなかったと言うのは納得できる。
俺も京さんと〃同じ角の生えた鬼だ。
いつ、興味本位手間もどこぞで盛られたら敵わない。
売ってもらえないのは本当だが、屋敷の奥に少し残ってることまでは言わなかった。
「そうかい。手に入るのなら人魚の肉でも嬉しいがね。」
「人魚…不老不死をお望みですか?」
特にこんな悪趣味になった男には気を許せないのだ。
「食べ物が無理なら私のコレクションとして殺生石とかも見てみたいがね。」
「元々は岩でしたけど、砕けて全国に飛び飛び散りましたからね。今じゃ普通の石と変わらないですよ。」
見た目だけではそのへんの石と変わらない。が、鬼なら分かることはもちろん言わない。
手当り次第、色々と稀有な物が欲しいのだろう。
めんどくさい。この前は「君は人肉を食べたことがあるか」と聞かれた。「否」と、答えたかったが、この客は俺の屋敷の件も知っている。「たまに餌が掛かったくらいに…」と言うと、「今度持って来てくれ」と言われたが当然断った。
示尾の元から独立してからの長年の顧客だ。この人物は大学教授で学生たちからとても慕われており、俺も信頼していたのだが去年の春頃から急に人が変わった。
それまでは学生のために学術書や資料などの依頼が主で、たまに妻子のために装飾品なんかを頼むくらいだったが、今では俺への嫌がらせや当てつけの様なことばかりになっていた。
結局は『龍の子供』と言うことで漢方として使われているタツノオトシゴの干物を依頼として受けるように持っていった。
殺生石で思い出したが、近いうちに館に寄って片付けないといけない。
今は全国から集めた殺生石は庭に蒔いてある。地震の混乱期で盗人やら好奇心やらでかなりの連中が屋敷に入っただろう。
治外法権で鬼の土地ではあったが然さんが出ていった以上、それは終わった。けれど無関係の人間を殺生石の害に晒すわけにはいかない。まだ鬼の土地だと思われていた方が都合が良いのだ。
早めにどうにかしないといけないが、俺自身が乗り気で無いのと、多忙で今日も帰れなかった。いくら面倒でも今日は娘に顔を見せるために帰った方が良いんだろう。早く戻れば京さんの家で奥さんの作る夕飯にありつけるだろう。早々に隠り世に入ったからもうすぐ付く。
あーぁ、なんで京さんまで隠り世に来るかな。マジで邪魔だ。そう考えながら歩いていると赤子の鳴き声が大きくなって来た。京さんのところの茂の声だ。それにしても泣き止まないと言うか、誰も泣き止まそうとしてないと言うか…。
いつもなら奥さんが手を離せない時は娘か犬の子が愛しているが、その気配も感じられない。
まさかと思い俺は歩くのを辞めて走ることにした。
「失礼!」
登木家の戸を思い切り開けると、大泣きしてる茂しかいなかった。
「成仏したのか!」
奥さんは生き残った旦那ー京さんが心残りだった。その京さんが死んで隠り世に来て安心したのだろう。下の子を残して親子3人で仲良く(?)成仏したようだ。
幼子ー特に赤子は生とか死の概念が無い。親が成仏する時に一緒に行けないと、このまま残ることになるのだ。年を追って成仏することもあるが、そうでなければ………。
「お前も俺と同じだな。」
死んで隠り世で生まれた子は余計にそうなる。
茂を抱き抱えてみたが正直、赤子を触るなんて寝返りをしだす前の娘以来で、どうしたら良いのか分からない。
何かないかと部屋を見回していたら食卓台に那由他の式神が落ちていた。




