鬼と鬼娘6 自己憐憫
私はアドルフが狼の時も受け入れるつもりよ。
「なら己の時も受け入れてくれよ。」
本音をドアの向こうに投げかけた。ただ向こう側には聞こえないであろう大きさで。そのままドアを向いてた体は、己の意志に関係なく両膝は床に、両手はドアに付いて下を向いてボロボロと泣きだした。
(受入れるって言ってくれたけれど絶対に無理だ。狼男がどんだけ危険なのかキラは知らない。それに僕は狼男だった。それをキラに知られてたなんて…!)
少年が【狼男】であること。
それは事実であり、少年が一番認めたくなくて、一番知られたくなかったことだ。苦しいほどに絶望感の様なやるせない様な気持ちが心から全身に伝わって来る。
これだけ、己を肉体に残っていた魂の残骸だけで支配してしまったのだ。これなら左目が還れば確実に少年に戻る。きっと貴羅は喜ぶだろう。
「貴羅と共に、どうするのかを二人で決めなさい。」
少し落ち着いてから声に出したて少年に呼びかけてみたが、これが彼の残骸に響いたかどうかは分からない。
せっかく互いに好意を持っているのだ。一緒にいた方が良いと思う。
なんとか気持ちを落ち着かせてベッドに腰を掛け、靴から順に服を脱ぎだした。服を着たまま狼に成ると面倒なのだ。殆ど日が沈んでいる。急がねばならない。
誰かと一緒になるとかならないとか、己が口を出す立場ではないし、今の己が異常なのか今までの己がまともなのかわからなくなる。
成人してから初めて一緒に住んだ他人が京を身ごもった母親だった。
彼女は人間で、その相手は討伐対象だった。鬼の子を孕んだ身で生家にも戻ることはできず、己が保護する形で生活がはじまった。
生まれた京は器量が良いこともあり、とても可愛く、それなりに情も湧き、己なりに育てたつもりだ。
京が生まれて一年ほどして彼女に誘わないのか尋ねられた。その時は京に兄弟が必要だとの意味だと思っていた。
あれは女として求めていたのだと知ったのは大分あとで、己から始めたことも無く、子供も出来なかったせいか、彼女は京を残して去って行った。それはあまりにも昔のことだったから、彼女の名前を思い出せないと思っていたが、もしかしたら初めから覚えてなかったのかもしれない。
京がいたからか、鬼で孤児が出たら己の所に連れてこられる様になり、その中には那由他もいた。
京は大人になっても出ていかず、年頃になった那由他に手を出したが、那由他も満更でもない様で京に二人で世帯を持つのか聞いたら「世帯を持つ気にはない。」と返された。
そう言うことは女性に対して不義理だと思うのだが、那由他がどう思ってたかは分からない。
事実、何人も子どもたちがいた中、二人の手があって助かっていたのは事実だし、それなりに充実した毎日だった。
この様な生活がずっと続くと思っていたが、それは叶わなかった。
はじめから己が隠り世に住む選択をしていたら良かったのだが、鬼なのに角の生えない劣等感がそれを赦さなかった。だから己が皆を殺したようなものだった。いくら魂が残るとは言え、殺されるのは苦痛だ。
己達だけではない。
あの女狐のせいで何人死んだ?
二度と悲劇が起きないように、あの女狐だけは生かしてはおけない。
生き残った者のためにも、その先の貴羅や少年たちのためにも。
体が完全に狼に変わっていた。何も出来ないこの体で朝まで眠れないなら、退屈なまま、いらないことを思い出して苦しく過ごさないとならない。
きっと今回も長い夜になる。
………。
突然『パァアーン』と乾いた音がした。
屋敷の近くか?そう遠く無い様だな。
ぼんやりとしていたらキラの言葉を思い出した。
…その狐に拳銃を取られたって言ってたし…
銃声かっ!!?
そう思うと己は全速力で屋敷から飛び出した。現場に向かうには敷地の正面から出るよりも斜めに走って策から道へ出た方が早い。臭いで貴羅がどちらに居るのかなんて考察するまでもなく分かる。認めたくないが血の臭いもするのだ。
道の真ん中に貴羅が膝を付き、頭を両手をついて頭を下げていた。
貴羅の後ろ側に6歳程の女子がいる。しかも狐だ!耳や鼻の形を見る前に臭いで解る。しかも屋敷の裏側を出入りしていた者の匂いだ。
狐は貴羅に近づき拳銃を貴羅へと向けた。
己はその狐の首後ろを噛み付こうとしたが片目のせいで距離がつかめず上着の襟を引っ張る形になって、相手は宙に向かって発泡した。
ならばこのまま引きずって貴羅から放し、ボロボロにしてやろう。
「わぁああああああ!!」
子供の叫び声が近づいて来る。己は声の主に体当たりを喰らった。
「妹から離れろ!!」
墨夫が己と狐の間に割って入った。
「筆子ちゃん!」
すかさず祢呼が狐にかけよった。
「このデカさ、バケモンかよ。」
人よりも狐に近い顔、体になって墨夫が己に威嚇をする。
「あーっ!どっか行け!!食いもんじゃねぇぞっ!!」
墨夫は止めどない恐怖心を抱えながらも妹のために頑張っているのが、その女狐は死ななくてはならない。そんなことを知らない兄は妹を死なせたら後悔するだろう。それなら二人一緒にいかせてやった方が良いのだろうか?。
そのつもりでどう手を出すべきか考えていると袮呼が叫んだ。
「この娘を殺さないで!!貴羅がやめる様に言ってるんだからやめたげて!」
殺すなだと?
いつのまにか狐から離れて貴羅の側にいた祢呼が叫んでいた。
貴羅は拳銃を片手にもって銃口を自身の頭に向けて己を睨んでいた。
「この娘をこれ以上傷つけたら引き金を引く。」
ー何故だ?何故そこまでして止める?納得いかない。もしここで引いて取り返しのつかないことにでもなったら…
貴羅の言動に空きを作った己に墨夫が飛びかかった。鼻を噛んだのだ。細かい狐のが刺さって痛い。
痛さと、この場を去りたかったのとの両方で墨夫を振りほどいた。




