鬼と鬼娘4 以外千万
そういった二人のやりとりをずっと己が横で見ていたのを貴羅が気付いていたかは分からない。
たしかに貴羅は端ない真似をしていたが、それが少年の『死』への恐怖心を反らした。その隙を付いて貴羅が首を捕ったのだが、躊躇したのか狸の時と違って捻り折るだけとなってしまい、首と体が繋がったままだったのでこの体は己が使わせてもらっている。
貴羅は少年が彼女を助けた部屋の寝台に腰をかけて本を読んでいた。己が入ると読んでいた本を閉じて鞄にしまった。さっきのことを思い出した後だったので貴羅の顔を見て彼女の口を吸いたいと思って恥ずかしくなった。
それにしても、この娘はこんなに小さかっただろうか?元々は少年の方が背が少し低かったので記憶の中での貴羅はこちらが少し見上げる様に見ていたはずだ。だが、ここ数ヶ月で少年の背が伸び、声も変わった。
いままで子供同士で対等と思っていたけど今じゃ子供と大人の様でその分、貴羅と距離ができてる気がして虚しくも感じるが、はじめの頃に比べて今の貴羅の匂いから感じ取れる己への嫌悪感はかなり薄まっているのが救いに感じた。
彼女が真っ直ぐと己の方を見る。
「貴方が父の育ての親であることをお父さんから聞いた。けれど私は貴方を信用しきれてない。」
実際には嫌悪感がなくなったよりも現状を受け入れているだけなんだろう。
「だろうな。それで良い。」
「それで、登木君は分かる?」
「のぼりぎ?」
「登木源平君。石見君とかと仲の良かった犬の…」
「ああ、わかった。震災の時の混乱で亡くなったった子だったと記憶してる。」
狸の圧力で墨夫と一緒に貴羅に石を投げていた子だ。なぜここであの子の名が出る?
「登木君、震災後直ぐからお母さんと隠り世にいるんだけど昨日、お父さんの克視さんも来たの。」
「それで?」
「克視さん、貴方が知る京さんだそう。」
「京か!」
京か。夜もだが、那由他より後ー、貴羅があの家に住みだしてから己と陸が知らない間に出て行ったので何処に行ったのか分からなかったが、そんなに近くにいたとはおもわなかった。
「いつも来る郵便の配達員だからお父さんも驚いてた。」
あの細身の男か。まったく気がつかなかった。配達員なら敷地の中に入ってしまっていても納得がいく。
「昨日来たってことは震災の時に死んだんじゃ無いな。」
「ええ。来たのは昨日。死んだのは一昨日の夜だったかと。見た目も酷かったし、かなり興奮してたけど家族と合流したら少し落ち着いた。」
「そうか…」
あの京が家族をなぁ…意外だった。
「京さん、初見は体が半分以上もなかったから私も驚いたわ。」
「…そんなにか?」
「頭と言うか首の下は左腕くらいしか残ってな無い状態だった。」
「!」
「詳しいことは京さんから貴方への手紙に書いてあるでしょうけど。」
貴羅は懐からから手紙を出した。
「手紙なら学校で渡しても良かったんじゃないのか?」
「私もそう言ったけど『女狐』のことだからダメだと言われた。」
京は京で狐を追っていたんだな。京が言うのなら間違いないだろう。
「その女狐に拳銃を取られたって言ってたから、念には念を入れてだそうで。どうしても狐って聞くと石見君が浮かぶけど。」
たしかに貴羅の身近な狐と言えばスミオだろう。己は貴羅に三歩だけ近づいた。余りそちらに近付くつもりがない意思表示のつもりでお互いにきちんと手を伸ばせば物の受け渡しができる距離を取った。だが、貴羅は普通に己に近付いて手紙を渡した。
受け取った手紙はすぐにでも読みたかったが、帰ってから読む指示をされたのでズボンの後ろポケットに畳んで入れた。
貴羅が己を避けないことが少し怖く感じたので己は口を開いた。
「京はよく拳銃を持ってたな。」
「配達員なら普通に持ってる。」
郵便の配達員は配達物の窃盗を防ぐために拳銃の所持を許可されているらしい。
田舎でも野生の熊や猪等と遭遇や山賊等に襲われる可能性もあるので町中に限ったことではないそうだ。
己が知らなかったので貴羅が説明してくれた。
「それで、貴方の目的は『女狐』で良いの?」
「そうだ。魂ごと消滅させる。」
「乗っ取った人間の首を跳ねられても魂までは消えないからね。日本に渡ってからも何度も他人の体を乗っ取っていたんでしょう?」
「陸から聞いたのか?」
「いえ、貴方がお父さんに頼んだ本を読んだら大方検討がついて。せっかく京さんが来たのでから。貴方たちが肉体を手に入れてまで殺したい相手だったのね。」
「己達の件に限らず、あれは野放しにしてはいけない。」
「それには強く同意するし、私なりに考察を立てて女狐をそれらしき人物を見つけたの。だからその人に『貴方は狐か?』と中国語で聞いてみた。」
「中国語が解るのか?」
「ええ。お父さんの仕事に私もたまについて行くし、そうでなくてもお兄ちゃんのお父さんが日本語よりも中国語や朝鮮語で話すから。」
そういえば陸は隠り世を通って亜細亜圏を廻って依頼されたものを徴集する仕事って言ってたな。主に薬の材料や食材の依頼が主みたいだったが、貴羅の周りの人物を考えると身につく方が自然なんだろう。
「その人からは『狐』であることは否定はされたけどかなり驚いてたわ。」
「だろうな。」
「同じ探りを入れるのでも狼男のアドルフの体だととても便利でしょうね。」
「そうだな。相手の体調や緊張感くらいは普通の人間では分からなかったことが良く分かる。」
「アドルフが狼男だって知ってて選んだの?それとも手にした体が狼男だったの?」
返答次第ではただではおかない。その様な緊張感も貴羅は醸し出しているが、この質問には嘘をつかずに済む。
「後者だ。」
まあ嘘をついても鬼の前では無駄ではあるが…。
「しかしなぜ少年が狼男だと思った?本人は貴羅に断言してなかったと思うが?」
「狼男についての本を貴方がお父さんに依頼していたでしょう。それらをアドルフの魂を喰ったおかげなのか独逸語が読めたので貴方に渡す前に全部読んだの。満月の時、狼に変わると記憶がなくなって人を襲ったりするそうね。一月に一度、アドルフは身体中傷だらけの日があって、それは決まって満月の次の日だったから。」
その頼んだ本は今己の部屋にある。
「たしかに少年には狼の時の記憶はないし、家族は否定していたが、自身は狼男だろうと薄々解っていた。けれど、もしかしたら本当に家族が言うように自身が『狼男』じゃないかもしれないと最後の最後まで信じたい部分があったからな。」
部屋に座敷牢を、あてがわれていることは口にしなかった。己も少年もこの娘にここまでは知られたくない。
「貴方にはアドルフの時の記憶があるのよね?」
「そうだ。」
「その記憶と感情って結び付いてるんでしょう?」
「…否定しない。」
「貴方、時々私に対してアドルフに成ってるから腹が立つわ。」
貴羅はちょっとため息をついたような蔑んだような目をした。だが。その発言とは裏腹に彼女からの嫌悪感が増して匂うことはなかった。
「きっと私以外の人にもそうなのでしょう?」
「墨夫はともかく、事情をしらない身近な人間だと少年の父親が特にそうなる。」
「なら貴方の目的が終わったらアドルフの体を私に返さなくていい。」




