表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あたしは猫である。  作者: たかてぃん
6/9

 「ネコちゃんってそんな汚い計算しながら生きてるんだ。ほんっと幻滅した」


 「ネコに限らず野良の生き物は大抵そうだぜ。むしろ人間のほうが俺らを買いかぶりすぎなんだよ」


 「それは一理あるかも」


 「まあこれ食って機嫌直せよ。栄養価高いぞぉ」


 「パンの耳って炭水化物しかないよ。まあ食べるけど」


 ホームレスのくれた食べ物を食べることには抵抗があったが、さっき水の件で我儘を言ってしまったので、さすがに食べることにした。

 一口食べてみると、予想に反して甘美な味わいが口の中に広かった。


 「あれ?美味しい」


 「だろ?俺のソウルフードさ。」


 「パンの耳ってこんなに美味しい部分だっけ?」


 「物足りなくなってきたら、こうやって折り曲げたらほら、まるでハンバーガーのような味わいが生まれるだろう?」


 「そうねぇまるでハンバーガーのよう・・・いやなるわけないでしょ!」


 ホームレスの人がくれたパンの耳は、いつも食べるのの数百倍は美味しく感じた。

あたしが食べ終わったことを確認してから、ブーちゃんが話す。


 「んじゃ、また歩くか。西日はきついから覚悟しろよぉ」


 「う、うん!」


 全快とまでは言えないが、休んだので体力はかなり回復した。

それに、朝からずっと歩いたおかげで、四足歩行はほぼマスターできた。

暑さにも徐々に慣れ、若干の抵抗はあったが、時々出会う水たまりの水を身体に浴びたりして、上手く凌いだ。

 

 普遍的でなんの特徴もない街を、歩いて、歩いて、ひたすら歩いた。

棒になったような脚の疲労感から、耐えて、耐えて、耐え抜いた。

直射日光と照り返しによる、火傷しそうなぐらいの暑さから、耐えて、耐えて、耐え抜いた。

ずっと似たような景色の道を歩き続けることで生じるマンネリ感から、耐えて、耐えて、耐え抜いた。

時折ブーちゃんが挟んでくるつまらない冗談やからかいから、耐えて、耐えて、耐え抜いた。


 歩き続けて何時間が経過しただろうか。夜六時を知らせる音楽が街に鳴り響いた。それとほぼ同時に、「崎藤マーケット」まで残り五百メートルという標識が現れた。やった。よく頑張ったぞあたし。


 「よし、よく頑張ったなハル。今夜はあの公園で野宿すっか」


 「うん。ほんっとよく頑張ったあたし」


 ブーちゃんが指している公園は、新しい住宅地の中に設立された、比較的小さめの公園で、遊具が真新しいことが印象的であった。人間の身体の時なら、野宿という単語にかなり抵抗があっただろうが、ずっとネコの身体で歩き続けたせいか、全く抵抗を覚えずに承諾してしまった。


 「あ、そういや晩飯はハルが用意してくれよ。昼は俺が用意したんだし。」


 「え?い、いいけど・・・。あたし何をしたらいいのかさっぱりわかんないよ?」


 「昼間に手本見せたろ?甘ったるい声でにゃぁ。ってなくやつ」


 「え!?あたしにあれをやれって言うの!?」


 「おう。なんだ取り乱して。もしかして、思春期の女の子だから恥ずかしいですう。的なやつか?」


 「思春期なんか通過済みです!やるわよ。やればいいんでしょ!」


 「おっけ。わかってるとは思うけど、俺と喋るみたいに喋っても、人間からは鳴いてるようにしか見えないからそこは注意な。やるって言ったからにはちゃんとやれよ。次人が来たら合図するから。それに合わせていけよ」


 恥ずかしくはあるが、昼間はご飯も飲み物もブーちゃんに頼ってしまったので、その借りを返すためにやってみることにした。すると、三十秒もしないうちに、男性だろうか。暗くてよく顔が見えないが、一人の物陰がこちらに近づいてきているのが見えた。


 「来たぞ!よし行け!」


 「う、うん!」


 ブーちゃんの合図で、男性の前にあたしはとび出した。しかし、引っかかったような感触で、全く声が出なかった。男性はあたしのことを気にも留めず、避けて通りすぎていった。


 「おーい恥ずかしがんなって!思春期ってほんっと面倒くせぇな!最低限声は出せよ!」


 「ごめん今のはたまたま!つ、次はちゃんとするから!」


 覚悟を決めたはずが、いざ出てみると萎縮してしまった。反省しているとすぐに、スマホをいじりながら歩いている、制服姿の女性が歩いてきた。コスプレイヤーでない限り、中学生か高校生。つまりあたしと同年代の女の子だろう。


 「お、あいつならいけるだろ。さあ今度こそいってこい!」


 「う、うん!ニャァァァ!!!!!!!!」


 今度はしっかり声を出そうと、あたしは喉が裂けそうになるほど強く鳴いた。

女性はケータイからあたしに視線を移したが、少しだけ顔をしかめたあと、すぐにケータイに視線を戻して歩いて行った。ブーちゃんが熱を込めてまくし立ててくる。


 「もっと甘い声で鳴けよ!ただの雑音じゃねーか!歯医者で歯削る音にしか聞こえねえよ!いいか?ニャー!!じゃない、にゃぁ。だ!もっと甘く、優しく、まるで赤ちゃんをあやすような愛情を込めて!」


 「ご、ごめんブーちゃん!頑張ってみる」


 にゃあ!にゃあ。チャラチャラした大学生から、腰の曲がったお婆さんまで、ありとあらゆる人に、食べ物を求めて鳴き続けた。しかし、全く食べ物は貰えなかった。無視されるのはまだマシなほうで、中には、「うわ汚い黒猫!」とか、「不吉で気持ち悪い。」とか、心無い罵声を浴びせてくる人もいた。

 食べ物を求め続けてどれくらいの時間が経っただろうか。公園の時計を見上げると、夜の十一時を指しているのが見える。この辺りは商店街付近であるとはいえ、都心部に比べると田舎だ。だから通行人はもうほとんど来ないだろう。


 「ブーちゃん。悪いけどもう無理だよ。もう人も来ないし。声かけても黒猫なんて気持ち悪い見た目だし。晩御飯は諦めよ?」


 「いいやだめ。メシ貰えるまで続けろ」


 「はぁ!?なんでよ!」


 何度声をかけても、どんなに鳴き声を工夫しても、一向に食べ物がもらえず、あたしはいらだっていた。それに、歩きながらずっと思っていたが、出発の時点でブーちゃんが教えてくれればそれで終わっていた話だ。もっというと、なんであたしがネコになって、こんなキツイ思いをしなくてはならないのか。いつになく冷淡なトラちゃんの言い方が引き金となり、あたしは溜まっていた不満をぶちまけるように怒鳴り散らした。


 「もう人なんてこない時間じゃん!それにあたし今日いきなりネコになって、いきなりご飯貰ってこいなんて!無理に決まってんじゃん!この際だから言わせて貰うけど、トラちゃんあたしが人間に戻る方法しってんだよね!?じゃあなんで教えてくれないの!?出発する前に教えてくれてたら、こんなしんどい思いすることもなかったじゃん!」


 十秒ほどの沈黙。気まずい雰囲気の中、ブーちゃんが静かに呟く。


 「言いたいことそんだけ?」


 ブーちゃんのあまりにも無粋な言い草が、酷く神経を逆撫でた。


 「そんだけってなによ!甘い声で人間にたかってるだけの奴が偉そうに。ご飯貰ってくりゃいいんでしょ!!」


 そう吐き捨てると、あたしは怒りに任せて地面を蹴り、公園を飛び出した。

しかし、もう夜十時を回っているので、人はなかなか通らない。

貧乏ゆすりをしながら待つこと約三十分。

長身の男性と、その腕に絡みつく女性が、イチャイチャお喋りをしながら歩いてきた。

みれいちゃんとサトシ君だ。


 サトシ君は猫アレルギーなので、あたしはみれいちゃんに甘え、ご飯を求めなければならない。

イチャイチャしている様子を見るだけでも苦痛なのに、恋敵であるみれいちゃんに甘えるなんて、正直耐えがたい程屈辱的なことだ。考えただけで胃が痛む。

しかし、もう時間も時間なので、みれいちゃんに頼むしかない。

しかも、みれいちゃんは魚屋の在庫の鮭とばやジャコのお菓子を持っていることが多い。


 加えて、ブーちゃんも言っていたが、女子として、彼氏の目の前で動物を可愛がることは、自分の可愛さをアピールすることにつながるのであろう。

だから、食べ物がほしいという意思さえ伝われば、食べ物をもらえる可能性は大いにある。


 だが、ここでみれいちゃんに甘えるということは、みれいちゃんに、サトシくんにアピールするチャンスを与えてしまうことになる。そう考えると胸が締め付けられるようだ。

だけど、もうサトシくんはみれいちゃんのもの。それに、人間の姿ではなくネコの姿なら、みれいちゃんに甘えたとしてもあたしだとはわからない。


深呼吸し、覚悟を決めた。

あたしはみれいちゃんの前に飛び出し、自分の中でイメージする最大限に甘い声で鳴いた。


 「あらネコちゃーん。可愛いでちゅねえ。」


 みれいちゃんはあたしの身体を抱きかかえ、背中のあたりをさすってきた。

あたしは上目遣いでみれいちゃんを見つめ、今度は弱弱しい声で鳴いた。

しかし、彼氏の前でアピールするのに必死なのか、みれいちゃんはあたしを、「たかいたかーい!」とか言って持ち上げて遊んでいるので全く気付かない。みれいちゃんはあたしの身体をサトシ君に渡そうとしたが、「ネコアレルギーだから無理」と断られてしまった。仕方ないこととはいえ、とても悲しい。

あたしはみれいちゃんの鞄を軽く叩いた。鞄の中から食べ物を出してほしいと伝えるためだ。

するとみれいちゃんは何かを察したのか、あたしの身体をそっと地面に置いた。


 「もしかして、お腹すいてるの?」


 みれいちゃんは、ガサゴソと鞄を漁り、可愛らしいサイズのアーモンドチョコレートを取り出した。

漁っているとき、鮭とばがチラッと見えた。どう考えても鮭とばのほうがネコの好物だというのに、あえて可愛らしいチョコレートを渡すあたり、相当計算高い子だと感心してしまう。


 「はいこれ!ネコちゃんが食べていいのかわかんないけど。今これしかないの。ごめんね!」


 そう言うと、みれいちゃんはサトシくんと腕を組んで去っていった。

なんだかとても複雑な気持ちだ。しかし、目的は達成した。

あたしはチョコを加えて、安全確認もせずに公園のほうへと飛び出した。


その時、あたしの周りが急に明るくなった。

自転車のライトがあたしを照らしている。

自転車がスローモーションであたしに近づいてくる。


 やばい。ひかれる。

そう思ったが身体は動かない。

目をつぶり、身を屈めようとした瞬間、何物かに後ろから押されて、あたしの身体は宙を舞った。

ドサッ。っと音を立てて着地。ゆっくりと立ち上がり、自分の身体がしっかり動くか、足首や鼻を動かして確かめる。奇跡的に自転車には轢かれず、怪我もないようだ。


 そういえばなにかに押された。あたしは公園のほうを振り返った。

すると、信じられない、いや信じたくない光景が目に入った。


 ブーちゃんが、お腹から血を流してぐったりと倒れていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ