プロローグ
────あたしは猫である、名前はハルだ。
チリチリリン!!!!
朝7時、iPhoneのアラーム音であたしは目覚めた。
さっきまで変な夢を見ていた気がする。なんか猫になっちゃって、昔は毎日遊んでた、近所のブタネコちゃんに自己紹介?でもしてたような・・・・。
おっと寝ぼけている場合ではない。今日は高校に入って初めてのテストだ。
あたしはすぐに身体を起こそうとした。しかし、布団がいつもの数百倍も重く感じられて、どんなに力を入れても起き上がることができなかった。
焦って声が出そうになったが、つっかえたような感触がして出なかった。
おかしい。もしかして金縛りだろうか。
だとしたら、起きられないのも声が出ないのも納得がいく。
じきに動けるだろうと楽観的に考えていたが、全く動ける気配がないまま20分程経過。もしかしてこのまま動けないのでは。そう不安に思っていたところ、母さんが呼びかけてきた。
「ハル~??そろそろ起きないと遅刻するわよ」
母さんはドアをノックすると、返事を待つことなく入ってきた。
いつもなら勝手に入ってくんなとしか思えないけど、ナイスタイミング。早く起きないと遅刻してしまう。どうにかして金縛りを解いてもらおう。
「あれ、いないわね。もしかしてもう行っちゃったのかしら。」
────え?あたしはここにいるよ?今目の前で寝てるのがあなたの娘だよ?
心の中でそう訴えかけるが、やはりつっかえたような感触がして、声が出せない。
「あ!あの子ったら私に内緒で黒猫なんか飼っちゃったの?うちはマンションだからペットダメだって言ってるのに。黒猫なんて不吉だし、逃がさなきゃね」
────は?ネコちゃんなんて飼ってないし!母さんもしかして更年期!?
過剰かもしれないが、本当にそう思えてしまうぐらい、何を言っているのかわからない。
母さんは布団をどけ、あたしを鷲掴みにして持ち上げた。
「ごめんねネコちゃん。あの子が悪いのよ」
母さんは窓を開け、あたしの身体を放り投げてしまった。
ドンッ!!!!
痛たたたたた・・・・。
幸いマンションは一階なので、投げ落とされても、大怪我を負うことはない。しかし、打ち付けた背中がズキズキと痛んだ。
立ち上がろうとするが、なぜか四つん這いの状態にしかなれず、二足で立つことはできない。
はいはい歩きで、ここ数日の雨により湿った駐車場を歩いていると、色っぽい響きを持った、低い男性の声が聞こえてきた。
「ハル・・・おいハル―!」
────え?あたし?誰に呼ばれたんだろう。
キョロキョロしていると、再び同じ声がした。
「ハル!こっちこっち!」
声のする方向へ振り替えると、ふくよかな体型の、あたしにとってとても馴染みのあるブタネコが現れた。
「ブー・・・ちゃんなの?」
先程まで出なかった声は、いつのまにか出せるようになっていた。
「うん、ブーちゃんだよ★」
「ぶ、ぶぶぶ、ブーちゃんが喋った!?」
喋っただけではない。今ブーちゃんと会話が成立した。ブーちゃんはさらに話し続ける。
「頭が混乱してるみたいだね。でも大丈夫!このベテランブタ猫ブーちゃんが、ハルの黒猫生活を献身的にサポートしてあげるから!」
「え!?黒猫生活ってどういう事!?あたし全然話が飲み込めないんだけど!」
「まあ無理もないだろうね。昨日まで普通に過ごしていたのに、朝起きたらネコになっちゃいましたなんて言われてもそりゃ───」
「あたしネコになっちゃったんですか!?」
「うん。信じられないなら、あっこにある水たまり。あれ鏡代わりにして、生まれ変わった自分とご対面してきな」
ブーちゃんに促されるまま、あたしは水たまりを覗き込み、自分の姿を確認した。
そこに写っていたのは、真っ黒な体毛に、ガラス玉のように透き通った瞳。加えて、三角の耳に、口元に蓄えられた、白くて細長い髭。これは、間違いない。信じられないが、ネコになっている。
「ブーちゃん、これ夢じゃないよね?」
「夢じゃない、リアルオブリアルだよ。ほっぺたつねってみ」
私は言われるままに頬をつねる。するとネコ特有の鋭い爪が皮膚にねりこみ、激痛が走った。
「痛った!!」
「イエーイ決まったぁ!必殺リアル猫騙し!こんな手に引っかかるとは。ハルちゃんもまだまだ子供でちゅねぇ」
この痛み、間違いなく夢じゃない。
右頬がズキズキする。この痛みは、脳が覚醒しているから感じる、現実のものだ。
状況を整理すると、あたしは今、突然ネコになってしまったうえ、昔から可愛がっていた、なぜか喋るようになったネコに小馬鹿にされている。
朝から意味不明なことが起きすぎてむしゃくしゃしていたこともあり、あたしはブーちゃんに向かって一目散に飛び掛かった。
「人を子供扱いすんな!」
「ちょ、引っ掻くな引っ掻くな髭はやめろ!そこデリケートゾーン!あとお前はネコ!ネコのくせに馬乗りになんな!!」
ひとしきり引っ掻きあった後、あたしはブーちゃんから降りて、思いっきり怒鳴った。
「ていうか、どうやったら元に戻れんのよ!いきなり出てきて。絶対なんか知ってんじゃん!」
「まあまあ落ち着けよ。そんなキーキーしてるからいつまでたってもこど───」
「だから子供扱いすんな!さっさと教えろ!」
「あーはいはいわかったわかった。でも一つ条件が。教えてあげるかわりに、俺んちついてきてくんない?」
「は?なんであんたん家行かなきゃなんないのよ。てかノラ猫に家なんてないじゃん」
「ネコってのは見返りを求める生きものなんだよ。」
「意味わかんないんだけど...」
なぜブーちゃんの家に行かなきゃならないのかはさっぱりわからないが、元に戻る方法をおしえてくれるらしいので、ついていくことにした。