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秋雨  作者: 桜田環奈
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なかった事



「この、概論から卒業検定の問題出すから、


とりあえずは重要なとこマーカーしてるよね?


その辺り外さないように勉強する事。」



冬休みが終わるといよいよ卒業検定が迫る。


と、言っても就職先が決まっている生徒がほとんどで、


卒業は決まっているようなもの。


卒業検定は所謂、形式的なものに過ぎなかった。


あの日以来、ヒラケイと特にその事について


話す事もなかったし、


もちろん冬休み中に会う事もなかった。


学校がはじまってからもヒラケイとは会うけれど、


今まで通り、もちろん生徒として接した。


ガタンっと椅子を引く音が教室内に響くと、


立ち上がり教室を出るヒラケイ。


そんな事今まで一度たりともなかったからか、


それがヒラケイだからか、少し騒つく教室。



「えっと、じゃぁ概論の94ページ読んでて。」



生徒が無言で授業中に教室を出たら、


どうしたのか確認しにいくのは普通だよね?


私、動揺してないよね?おかしくないよね?


頭の中はグルグル考えが駆け巡るけど、


きっと顔には出ていない、はず。


廊下の奥に進むヒラケイを小走りに追いかける。



「どうしたの?気分悪い?平気?」



「先生、なかった事にする気だよね。


こうでもしないとちゃんと話せないっしょ。


俺、冗談であんな事言わないから。」



多分、少し苛立っているんだと思う。


それでもそれを感じさせないようなトーンで、


真っ直ぐに見据えて話す。


見透かされそうで、思わず視線を逸らしたくなる。



「それは、うん、分かった。


でも、今は授業中、それは分かるよね。


こういうのは、違うと思う。」



講師として、当たり前の事ではぐらかす。


でもきっと、それじゃ駄目だとすぐに気が付く。



「えっと、違うか…


ん、と。そうだよね、うん。


ごめん、ヒラケイの気持ちには応えられない。


さ、教室戻って。」



ヒラケイは、そのまま廊下奥のエレベーターへ足を進めた。


エレベーターに乗り込む直前に、


気分悪いので今日は帰りますと言い、


背を向けたまま手を振った。


教室に戻ると体調が悪いらしいと皆んなに説明して、


残りの授業をやり切った。


生徒の前だと心から追い出せるヒラケイの事も、


職員室のデスクに戻ると、


同時に一緒に心の中に戻してしまう事も、


ヒラケイの事を考えている自分に気付いた時、


さっさとそれを追い出している自分がいる事、


それに気付きながらも気付かない振りをしている。


堂々巡りで、


その日からヒラケイは出席していなくて、


気付けばもう、週末だった。



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