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愛犬シロとの散歩

作者: 倉本保志

不可思議な老人はいったい何者なのか・・・そのヒントは一番最後にぼくが、女子高生に向けて発した

たわいもない言葉、「あなたの手には水搔きがついていますか・・・?」に隠されています。

愛犬シロが噛みついた、そしてぼくが「あっ・・」と叫んだその手には、やはり、付いていたのでしょうか・・?

その老人は、いったいどんな目的で、ぼくと愛犬シロのようすをじっとうかがっていたのでしょう?

その老人は、炎天下の夏の日に、オカに出て、大丈夫だったのでしょうか・・?

その老人は、逃げてどこにいてしまったのでしょうか?

愛犬シロとの散歩


今日は休日、朝から、柴犬のシロを連れて、散歩に出かけた。

家から、3キロ弱、ずっと歩きっぱなしだったので、公園のベンチで、すこし休憩を取ることにした。

タオルで汗をふき、持参した、麦茶をカバンから取り出して一気飲み・・・

じっとしていても、暑い・・・いや、むしろその逆か・・・

立ち止まったことにより、汗がどっと湧き出てくる気がする。

脇やら、襟首の辺りは、すでに汗で濡れているが、冷たいという感覚はない。

シャツの色は変わってしまって、地肌が透けた感じに・・・ちょっと オヤジ臭ささを滲ませているのかも知れないが、いまは、それを、気にする余裕もない。

携帯を見る・・午前9時、気温はすでに25度を超えていそうだ.

ベンチに座って、足に根が生えたという表現が、ものの見事にあてはまる、1センチほども足の裏が、地面を離れそうにない。

おかしい、犬の散歩程度で、こんなに疲れるものか・・暑さによる体力の消耗がかなり激しい。ひょっとして、熱中症になったのかも・・

(暫くここで休んでいこう)

・・・・・・・・・

ワン ワワワワワン・・・

ベンチの脇で、一緒に休んでいるシロが、急きたてるように吠える。

「ええ、もういくの・・?」

「もう少し、休もう」

飼い主の、気のない受け答えに、散歩好きのシロは、少し困ったように眉間にしわを寄せもう一度、小さく吠えた。

そして、向こうに立っているひとりの老人のほうを見ている。

「・・・・・・・・・・」

「あれ、なんだろう・・?」

「さっきから、こっちの様子を、じっと窺っているようだけれど・・」

つい、5分前、このベンチに腰かけた時、彼は、あの、老人は、そこにいた。

その時は、さほど、気にも留めずにいたのだが・・・・

ぼくは、その老人に先ほどから、なにか、違和感を覚えていた。

しかし、それが、一体、どういう理由なのかは、はっきりとは、分からずにいた。

・・・・・・・・

「あ、あの人・・・・・」

その老人は、確かに日向に、いるはずなのに、まるで日陰の中にいるように黒く周囲と同化していた。いや、周囲に影はない、地面が日差しを直接受けて、まばゆい白さを、反射している。それなのに、その老人のフォルムだけが、すっぽりとまるで影のようなのだ。

顔の様子も良く見えない、深い澱みの中にいるように・・

しかし、こちらを、じっと窺っている。それだけははっきりとわかる。

何か、肉食の生き物が、獲物を狙うような、そんな眼光、目の光が、人間のフォルムを持った、その暗渠のような暗さの中からもはっきりと窺がえるのだ。

・・・・・・・・・

「なんだろ、気味悪いや・・」

「シロ、やっぱり、行こうか」

ぼくは、ベンチを立った。

今度はぼくが、シロを、急き立てて、歩きだす。

シロは、なんども、その老人のほうを振り向きながら、ぼくに引っ張られるようにして 歩き出した。

暫く歩き、老人の姿も、もう見えなくなった。

「あら、ポチ、お散歩なの、いいなあ・・」

ワン ワン

シロは、向こうから来た、中年のおばさんにからだを撫でられて、大きく

嬉しそうに吠えた。

「あの、・・・・」

「こいつ、ポチじゃなくて、シロなんです」

「・・・・・・」

「あ、そうなの、」

「でも、私が、ポチってよんだら、嬉しそうに返事をしたわよ」

「それに、この犬 白くないし、シロなんて、変じゃない・・」

小太りの、おばさんは、眼鏡の向こうで、少し不快な感情を飼い主のぼくに見せた。

「ね~ほんとは、ポチがいいんだよね。ポチ、」

そういって、また、シロの顔を両手で少し持ち上げるようにして、自分の濃厚なアップをシロの顔直前にもっていく。

この手の犬好き主婦には本当に手を焼く、人の飼い犬に勝手に名前をつけて身勝手な、スキンシップもいいが、少しは、飼い主の気持ちも考えてほしいものだ。

・・・・・・・・・

「おいババア、自分ファーストも、たいがいにしろ・・」

「そもそも、てめえの存在自体が、大迷惑なんだよ・・」

ぼくは、自己の中心部で、はっきりとそう叫んでいたが、どうやら、外には一音も漏らすことはなかったようだ。

「暑い・・・・・」

「不必要な怒りのために、さらに暑さが込み上げてくる。」

「それじゃ、どうも・・・」

小さく会釈をして、ぼくはその場から、そそくさと立ち去った。

・・・・・・・・・・・・

もう、これ以上散歩をする気が起こらない・・・

ぼくは、元来た道を、戻ることにした。

シロは、いつもより散歩が減って少し不満げな顔をしている。

暫く行くと坂に出る、暑さの原因はこんなところにあったのかも知れないが、帰り道は幸いにも、下り坂だ、往きのようなことはないだろう。

ぼくは、自然と急ぎ足になるのを感じ、少し、足の裏全体で、ブレーキをかけながら、ゆっくりと、大股で歩いてゆく、シロは、そんな僕のことはおかまい

なしに、小走りに道を急いでゆく。

「あ、きみきみ、ちょっと・・・」

「不意に呼びとめられて振り向くと、巡回中の警察官らしき人が、ぼくを呼びとめていた。

「・・・はい、なんでしょうか・・?」

ぼくは即座に返事をした。

「その犬、君の犬・・・」

「えっ・・・? そうですが・・・」

「本当に、君の犬なの・・?」

「・・・・はい」

警察官に、小さく返事をしたぼくは、少し、いらついていた。

(なんだ、その訊き方・・?失礼じゃないか・・)

・・・・・・・・・・・

その気持ちがおそらく顔にでていたのだろう・・・

「あ、失敬、じつは、この町で、捜索願 が出ていてね・・」

警察官は、自分の言い方に、軽く謝意を示して言葉を続けた。

「捜索願・・・・」

「そう、柴犬の・・」

(まるで、ぼくが迷子の犬を、拾って飼っていると・・・)

(そう、あんたは、判断したってことなのかい・・・?)

・・・・・・・・・

「警官だからって、ちょっとそれは横柄なんじゃないか・・・柴犬を飼っているうちなんていくらでもあるだろう、この、おまわりが・・」

ぼくは、再び、自己の中心で、こう絶叫していたが、やはり、口からはその言葉一つでさえ漏れ出ることはなかった。

「あ、そうだ、」

「ちょっと、この犬をいつものように呼んでくれないかな・・?」

・・・・・・・・・

「はあ、いいですけど・・」

そう言ってぼくは、しぶしぶこの、警官の要請に応じた。

ワン、

シロは、元気にぼくに返事をした。

「ほら、 権左エ門、・・・」

警官がシロを呼んだ。

ワン ワワワワン

すかさず、シロは、その警官に 応呼するかのように大きく吠える。

「ほら、見て見て、権左エ門って、呼んだら・・」

「あんなに、嬉しそうに・・・しっぽまで振って」

警察官は笑いながら僕の顔を見た。

「この犬、権左エ門 だったりして・・」

・・・・・・・・・・・ 

(いや、ちがうんです、この犬はどんな呼ばれ方をしても応えるんです。)

(・・・・・まちがいなくぼくの犬なんだ。)

警察官は、何も言わずぼくを見ている・・・

「ねえ、もう一度訊くけれど・・・」

「この犬、ほんとうに、君の犬・・?」

ぼくは、とても悲しい気分だったが、その警察官の目を、まっすぐに

見て、言った。

「はい、この犬は、ぼくの犬です・・・」

「まちがいありません」

「・・・・・・・」

「そうですか、いや、すいません。お手間を取らせてしまって」

そう言って警察官は、大股で、坂を公園のほうに登って行った。

ぼくは、シロをじっと見つめた。

シロもとてもうれしそうに、ぼくの方を見ている。

(よかった・・・)

シロは、やっぱり、ぼくの犬なんだ。

あたり前のことが、こんなにも嬉しく感じられたことはなかった。

シロ、シロ、白くはないけれど、シロは、やっぱりシロなんだ。

暑い夏の日差しのなか、ぼくはシロを抱きかかえていた。

ヌー

横から陰のように黒い手が伸びて、シロの頭をなでた。

ぼくは、一瞬、何のことなのか全く分からず思考が停止してしまってうまく対応できなかった。

その手の持ち主は、先ほど公園で見かけた、薄気味の悪い老人のものであった。

彼は、どさくさに紛れて、つい近くまで来ていたのだ。

シロは、ふいに、顔を持ち上げると、自分を撫でていたその手をいきなり

噛んだ。

「あ、いたたたた・・・」

老人は大きな声で叫ぶと、慌てて、シロを振りほどき、噛まれたその左手を

右手で押さえながら、逃げて行った。

「・・・あ、」

ぼくは、思わず叫んだ。

ワン、ワワワワワン

逃げていく老人のほうを向いてシロは、吠え続けている。

やがて、老人は視界から消え、全く見えなくなっていた。

・・・・・・・・・・

「もういいよ、シロ、もういいから」

ぼくは、宥めるようにシロをなでた。

それは、確かに、シロに向けられた言葉には違いなかったが、自分の心を落ち着かせるための、言葉でもあったのかも知れない。

「帰ろう・・シロ・・」

そういって、ぼくは立ちあがると、2回ほどズボンを掃って、またこの坂を降りて行った。

いつもは、それほど長く感じないこの散歩道が今日は、酷く長く感じた。

その中でぼくは、虚ろな気分に、包まれながら、先ほど・・・

あの老人の手を見た時に叫んだ理由を、思いだそうとしていた。

・・・・・・・・・・・

「なんだったんだろう、あの違和感・・」

「ねえ、シロ、さっきの手・・?」

そういってぼくはシロの前の足を思わず覗きこんだ。シロは、少し困ったよう顔をして少し指の間を開いて見せた。

「・・・・・あ、」

ぼくは再び小さく叫んだ。勿論、自己の中心では、その何十倍もの大きさの声で叫んでいたことは言うまでもない。

「なんだ、シロ、気づいてたんだね・・・」

「あ、そうか・・・だから噛みついたんだ」

「シロが、噛みつくなんて、普通じゃないと思ったんだ・・・」

「ふふふ、そうか、シロ、・・・そうか」

ぼくは、何度も思い出し笑いを浮かべながら、通り過ぎる女子高生に、訊いてみた。

そう、世界一酸いレモンか、何かを齧ったような、酷い顔を、その子が向けるのを確信しながら・・・・

・・・・・・・・・・・

「あの、すみません ・・・」

「・・・・・はい、・・・?」

「あなたの手、付いてます・・?」

「水掻き・・・?」

                    おわり



愛犬シロの シリコダマを目当てに、近くの川から、猛暑のさなか、河童は公園にやってきます。

シリコダマとは、体の奥にある臓器のひとつで、河童の大好物、しかし、それを抜かれてしまうと、人間や動物は、死んでしまうといわれています。どさくさにまぎれて、なんとかシロに近づいたのはいいけれど、突き出した手をシロに噛まれるという大失態をしでかした河童は、大慌てで逃げ出します。

きっと荒川の河川敷で息を切らして、近くで遊ぶ子供たちのシリコダマを今度は狙っているにちがいありません。


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