第八話『絶望の淵 前編』
本当は一話にまとめるつもりのお話が二話ぶんの文字数になってしまったので、前後編となってしまいました。
なので、後編も出来上がっています。
明日に投稿します。
※17.12.15
文章一部改訂しました
少女は目覚める。
真っ暗闇だ。
真っ暗闇で、そして音が左からしか入ってこない。
言葉を発することはできるが、受信することがなかなかできない。
片方しか聞こえていないので、大好きなおねえちゃんが何を言っているのか、わからないときがある。
だからこそ、彼女が目覚めるときは必ず、耳を澄ませる。
周りに誰かがいるのか。
お姉ちゃんは近くにいるのか。
それを理解できるようにするために。
だからこそ、彼女にはわかることがある。
愛するお姉ちゃんが泣いていることを。
◆◆◆◆◆◆◆◆
互いが互いに対する感情に渦を持ち始めた二人の男女。
ユタカとチヨ。
彼らが目指すは卯人族の村。
チヨの魔法に感知魔法というものがある。
これはいわゆる知覚能力の拡大というもので、これによって生物の有無、道やらなにやらの知りたいことの感知をすることができるのだという。
本来ならユタカにもその素質はあるのだが、それを教える先生であるチヨにはなかなか教えづらい感覚なので、練習がてらにやったユタカの感覚が正しいかどうかの確認を行うのだ。
「ん、正しい」
「うっし」
自分の感知魔法が合っていることを知ったユタカは、喜びを全身で露にする。
最初のころは、兎なのか狼なのかといったところから、人なのか獣なのかというところまでわからなかった感知魔法ではあったが、今のユタカがやればなんとなくその判別がつくようになってきた。
「えらい。 ユタカ、えらい」
「いやぁ、チヨ先生の教えの賜物です」
「そう、私、偉い。 褒めて」
「ちょ、先生? オレからあなたにシフトチェンジしてますよ?」
「私、偉い?」
「…………」
「もうユタカに魔法教えない」
「偉い!! えっらいなぁ、チヨ、すっごくえらい!!」
そんな傍から見ていればいちゃつくカップルのようなやり取りをしながら、ユタカらは感知魔法で得た知識を元に、卯人族らの暮らす村に向かって歩き出した。
互いに互いが依存しているという現状。
それをお互いに相手がしていることには気づかず、すれ違っているようにも見える。
ユタカが前方を見ればなんとなくチヨが横目で顔を見て、チヨが目を逸らしたらユタカが横目で顔を見て。
そんなことを繰り返している。
「な、なんなんだ、お前たち」
不意に聞き覚えの無い男性の声が聞こえた。
無論、二人ともその存在には気づいていた。
だからこそ急にチヨが喋らなくなって、ユタカも自然と言葉を発さなくなったのだ。
気づいたら目の前には人の手によって建築されたであろう村があった。
ここが卯人族の村なのだろう。
「えっと、オレたち、人を探してるんです」
発言をするわけにはいかないチヨに代わり、ユタカが話しをすることになる。
異世界の人間に対する言葉遣いというものを知らないユタカは探るように言葉を選んでいるのだが、最初からこうも警戒されているようならどんな言い方をしても無意味かなと思ってしまう。
その声の主がウサ耳をつけた小柄な男性だった。
彼もまた、ウサと同じく卯人族なのだろう。
「人……? 特徴は?」
彼は何をしていたのか。
ユタカが軽く観察すると、きのこやらきのみやらを積んだ籠を背負っている。
彼もまた、ウサと同じく魚や肉を食べない習性なのだろうか。
採取にきたところ、人族のユタカとチヨを見かけたから警戒に当たっているといったところだろう。
「えっと、特徴……ねぇ、ていうか名前を知ってるな。」
特徴といっても、卯人族を知らないユタカにとって、仮に“彼女”の特徴を話したとしても、それが卯人族では一般的な特徴なのだとしたら、言ったところで無駄になる可能性がある。
その点、ユタカらが探すウサ耳少女のことならば、名を名乗っていたので特定に大きく貢献できることだろう。
「ウサっていう女の子なんだけど。」
「ウサ?」
最初はユタカらを警戒の目で見ていた男性だったが、その名を口にした途端、それは嫌悪の色に変わる。
まるで、危険分子がこの世に舞い降りたかのように。
「ずいぶんと嫌な名前を口にするな。 何か用なのか。」
「え? あぁ、いや、会いたいなぁと。」
「……やめておいたほうがいい。 殴られるだけだぞ。」
知ってる。
思わずそれを口にしようとするユタカだったが、思わず言葉が詰まってしまう。
その男性の表情は嫌悪、憎しみなどにとらわれているからだ。
ウサのことだ、呪いについてもすでに卯人族の同胞たちに周知させているはずだ。
そうでなければ、半年も妹を生きながらえさせることなどできない。
「厄介者なんだよ。 あいつ」
対する目の前の男性は、そんなウサをうっとおしく思っているのだ。
明らかな敵意をウサに向ける彼に、明らかな敵意を燃やす少女がユタカの背後にいる。
チヨだ。
もちろん、ユタカもいい気分ではない。
特にチヨなんかはウサと同じく呪いを持っている。
内心では彼女と近いものを感じているに違いない。
彼女が他人に対して関心を持つことは死んだものに対する罪悪感だけだった。
しかし、ウサに対してだけは違った。
同じような悩みを持つウサに対して、何かできないかと苦心していることをユタカは知っていた。
だからこそ、その彼女を悪く言う彼に対して敵意を持っても仕方がない。
それに、ウサの呪いに関しては同族である彼らが強力さえすればある程度妥協するところまで持っていけるはずなのだ。
しかし、そんな気を少しも向けようとしていないのは彼を見れば一目瞭然だった。
「それでも会いたいなら好きにしな。 なんなら金を出すから追い出してくれよ。 あいつを」
しかし、ここまで来るのか。
ここまで言うのか。
人族に対していい感情を持っていないと仮定するなら、彼のユタカらに対する警戒やその態度にならうなずくことはできる。
そんな人族よりも明らかな敵意を持ち、憎しみを持ち、しだいには殺意にまで追いつきそうなその勢いを向けるのはユタカらではなくウサにであった。
「なんでそこまでウサを嫌うんだ?」
「あいつ、呪い持ちなんだよ。」
ユタカもそれは知っていた。
だからなんだと疑問に思うユタカに対し、男を続ける。
「迷惑な話だよ。 厄災を村に引き入れただけでなく、自らも厄災になるなんて」
「つまり、呪い持ちが厄災だと?」
「そうだ。 そんなのが村の近くに住んでるなんて生きた心地がしないね」
もしかしたら、これは文化なのかもしれない。
呪い持ちという存在は厄災を村に引き入れる。
地球で言うところの『悪魔憑き』だったり『魔女狩り』だったりという差別に似たものなのだろうか。
だからウサは同族に協力を得ることができていないのかもしれない。
最初はいい気な人たちはいたかもしれないが、周りの村人がそれを許さず、結局は浮いた存在になる。
最終的にはウサと、ウサの妹は村八分にされたのかもしれない。
傍から、未来で歴史として知っているというだけならなんとも思わなかっただろう。
しかし、ユタカは知っている。
チヨが呪いのせいで死ぬことを本気で決意していた。
自分の言葉が原因で死に至った人間たちを思って涙するのを知っている。
罪悪感で押しつぶされそうになって、本気で泣いていたのを知っている。
ウサが妹のために四苦八苦して頑張っているのを知っている。
妹が死ぬかもしれないと恐怖に駆られて泣いているのを知っている。
殴ることに対して大きな罪悪感を持ち、仕返しに殴ってもらおうとする彼女の罪滅ぼしを知っている。
彼女らが呪いによって苦しめられていることを知っている。
「出てけーー!!」
どこからだろうか、男性の怒鳴り声がその場を響かせていた。
ガスっと鈍い音も聞こえる。
ユタカの頭を嫌な予感が支配する。
「こっち見ないでよ! 気色悪い!!」
今度は女性の声だ。
いくらか年を取っているであろう声音だ。
「出てけ! 出てけ!」
「「「出てけ!!出てけ!!」」」
村人たちの声は次第に反響するようになり、村が近いわけでもないのにその嫌悪感が伝わってくるようだ。
「なんなんだ、これは……」
「あんたのお探しのやつが現れたんだよ」
なんとなくはわかっていた。
そんな態度でいた青年を見て予想はしていた。
しかし、それを目の当たりにして、ユタカは正常でいれるのだろうか。
村の木でできてる門を潜って出てきた一人の少女、ウサの姿を見るまで、彼はまともにこの状況を受け入れられるだろうか。
何か慌てているようで、走っていた。
涙を流していた。 以前会っていたかわいい表情からかけ離れた怒った顔をしている。
しかし、それは卯人族たちに向けられたものではない。
だが、ユタカが異常な光景を信じられずにいた。
全身がボロボロで、泥で身体中の至るところが汚れていて、頭からは血を流していた。
怒鳴り声と共に鈍い音が聞こえていたが、ユタカが予感していた嫌なものは的中していた。
石を投げつけられていたのだ。
それが偶然頭部にぶつかってしまい、ウサは怪我をしてしまったのだ。
しかし、ウサはそれをものともしないで村の外まで走っていた。
彼女がユタカらの存在を視認した途端、その行き先を定める。
怒りの表情は一気に憎しみの色に変え、ユタカを捕らえていたのだ。
まっすぐにユタカの元に向かってきた。
殴るようにユタカを突き飛ばし、胸倉をつかんでユタカを問い詰める。
「ミサはどこですか!!」
ユタカの顔を見ながら、ウサは言う。
「私が断ったからですか!? あなたの動向を断ったから!? それともあなたを罵倒したから!?」
「ちょっ、ちょっと落ち着けって!!」
「落ち着けですって…・・・!? ふざけないでください!! ミサをさらって置いてよくもぬけぬけと……っ!!」
話が見えてこない。
とんだ言いがかりを付けられたユタカは、不遇な彼女を案じることも許されないまま揺さぶられる。
感情のままユタカを揺さぶる彼女は、怒りの声から涙声に代わる。
「わかりました、わかりましたから!! 私、あなたについていきますから!! だから、だから、だからどうか……っ、ミサはっ、ミサだけは……!! ミサだけは返してください!!」
「だから落ち着けって言ってんだ!! ミサって誰だ!! 何があった!!」
「いなくなったんです!! 自分で動くこともできないはずなのに、昨日帰ったらミサがいなかったんです!!」
「ミサはウサの妹だ」
ウサとユタカのやり取りに水を差すような声を出す男性の声が二人の耳を刺激する。
なぜかそれは鮮明に二人の耳に届いており、感情的になっていたウサを落ち着かせる要因を作った。
「…………ラナ……くん……?」
「話しかけるな。 薄汚い忌み子が」
親しげに男性の名前を呼ぶウサであったが、対する青年は変わらずにウサを侮蔑の声をぶつける。
「だって、ラナ……くん……、ミサが……ミサがいなくなって……」
すがるように言うウサ。
しかし、
「忌み子が一人いなくなっただけじゃないか。 いいことだ」
彼女の救いの声を一刀両断する。
「ついでにお前もいなくなってくれ。 恥さらし」
とどめを刺すように、ラナと呼ばれた青年はウサを突き放した。
そのときの彼女の表情は見ていられなかった。
絶望の光に瞳はとらわれ、全身の力が抜けていく。
自然と足の力も抜け、自分の力で立てなくなっていたところをユタカが支える形でぎりぎり立ち上がっていられている状態だ。
支えているとは言うが、胸倉をつかんでいた手がぶら下がるように身体を落としてしまったのだ。
「お前ら、こいつを連れに来たんだろう? ならさっさと連れて行け。 迷惑だ。」
「お前……、なんだか知らんがいいすぎじゃ……」
さすがに見逃せなくなったユタカが口を挟もうとした。
しかし、その瞬間に別の影がユタカの前を通り過ぎたと思えば、ラナと呼ばれた青年は殴り飛ばされ、そばにあった木に激突してしまう。
ユタカの口より、チヨの手が先に出てしまったのだ。
彼女の怒った表情を見て、ユタカはある言葉を思い出した。
『普段怒らないやつが怒ると怖い』
表情に乏しい彼女が、一目見てわかるほどに怒っていて、ユタカもラナに対する怒りよりも、チヨに対する恐怖のほうが上回っていた。
(もうこの子を怒らせないほうがいいな……)
そんなことを考えていたら、チヨがユタカに顔を向けてきた。
くいっと顎を村の反対の方角に向ける。
口で言葉を放つわけにはいかない彼女が取った最大のコミュニケーション手段として愛コンタクトをとったのだ。
「とりあえずわかった。 ウサのこともあるしな」
こんなところじゃあ落ち着いて話も聞けない。
そう思ったユタカだったが、チヨの思惑はそことは別にあった。
ここにいたら、言葉を放ちそうになるのだ。
人の死に対して過剰に反応する彼女だったが、思わず憎しみに身を任せて言葉を発しそうになるのだ。
そんなことをすれば契約上、ユタカにチヨは殺されてしまう。
無論、今の彼がそんなことをできるとは思えないが、ユタカがチヨを連れ出すときの契約にその件も含まれているため、それを防ぐためにこの場を離れるのだ。
まだ生に執着があるのかと内心鼻で笑いながらチヨはユタカを見る。
そのことに気づかないユタカは、ウサを何とか説得して場所を移動するように行動を起こしていた。
(この気持ちは誰にも、特に彼には気づかせてはいけない。 もし、私が彼のことを好きになってるかもなんて知られたら、そのときになったとき、彼は私を殺せなくなる。 それは、困る)
そんなことを思っていることも、ユタカには知るすべがなかった。
絶望の淵に立たされた暴力ウサギのウサ、ウサに振られたばかりのへたれ勇者のユタカ、喋ったら死んじゃう系女子チヨ。
我ながらに思うのは、なんだかおかしな面子になってきましたねぇ……
というわけで、次回、絶望の淵 後編
明日投稿します。