第七話『オレって弱い』
今回の話はちょこっと恋のお話です。
うさちゃん、後半は出ません。
同じ日に第六話を公開してるので、こちらもごらんになってから第七話をどうぞ。
※17.12.15
文章一部改訂しました
「え、いやです」
涙声ながら、きっちりと断るウサ耳少女。
散々かっこつけたつもりで言ったものだったので、若干の肩透かしを食らった気分だ。
「というより、名前も知らない殿方と一緒にとか、本当に怖いです。妹ともども売り飛ばすんです。それならワタクシ、妹を守るために殴るです。殴り続けるです。
というよりやっぱり、人族の方は信用できないです。こうして事情を話しちゃってる時点でもう、自分でもおかしいです。
ここまで私はおいつめられてるんですね。本当なら、この場で信用できるのはあなたじゃなくて、そこのかわいい超絶な美少女ちゃんしかありえないのです。
というか彼女、どうして喋らないんです? あなたが何か制限でも掛けてるんですか? 怖いですぅ。怖いですぅ」
長々といっているが、要するに『ユタカ信用できない』を語った少女。
確かに名前も名乗らずに性急だったかもしれない。
勇者という肩書きをもらって調子に乗っていたのかもしれない。
思いながら否定できないでいる自分がここにいた。
だからこそ、最低限の礼儀として自分の名くらいは名乗らないといけないと思った。
「え……えぇっと……」
平然なつもりで言葉を放ったが、実は結構彼女の豹変振りに動揺しているのか、言葉が詰まってしまう。
「いや、いいです。名乗らなくてもいいです。
というか言われてから名乗る時点でダメダメですぅ。大人としてダメですぅ。
怖いですぅ、幼稚ですぅ。
そうですよねぇ、お嬢さん。」
ユタカを罵倒していって、最後にチヨに同意を求める。
しかし、当の本人であるチヨは若干震えていた。
言葉を発するわけにはいかないため、自分の気持ちが言い表せない。
ユタカも彼女が何を考えてるのかわからなかった。
チヨは彼女の警戒深さに感心すると共に、自分の無警戒さを実感していた。
だって、あんなにあっさりと。
ユタカの言葉をあっさりと信用し、旅に同行することを決意してしまった。
もしかして私、ものすごく無用心…?
そういえばあの時、誘いを受けたときの話だ。
あの時、ユタカは自分の名前を名乗っていなかった。
名乗っていなかった段階でチヨは誘いに乗ってしまった。
チヨは改めて思う自分の無用心さを思いながら、涙ながらにユタカをにらむ。
「え!? なに!? チヨ、オレなんかした!?」
チヨは震えながら顔を縦に振った。
その心情をユタカは知る術がなかったが、完全なる八つ当たりである。
「ちょ、ちょちょ!? えぇ!? な、なななな、」
戸惑うユタカだったが、確かにウサ耳少女の言っていたことは正論だった。
名を名乗らない。 そんな相手をどうやって信用するのだろう。
そして、彼女から見たら自分はどれだけ不審者なのだろう。
チヨがユタカの『なにかした』発言に対して肯定の意を示した。
これはつまり、ウサ耳少女が付いていかない宣言を確定させるものでもあった。
「さようなら、お兄さん。殴ってしまったことは申し訳ないですぅ。けど、さよならですぅ」
なんであんなことこの人に喋っちゃったんでしょう。
そうつぶやきながら、ウサ耳少女は立ち去っていった。
ユタカは説得方法も見つからず、唖然としながら彼女が去っていくのを見守ることしかできなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
その場から動かず、ユタカとチヨは日が沈むのにあわせて野営の準備を進める。
「ユタカのバカ」
ウサ耳少女が遠ざかって、声量の範囲外に出たことを確認したチヨの第一声がこれだった。
「さっきからなに!? なんなの!? この世界の女の子、オレをいじめるの好きなの!? オレが悪かったのはそうなんだけどさぁ!! ごめんなさい! マジで!!」
恨みがましい目で見るチヨの瞳に、抗議の声を上げたユタカは一瞬で自分の失態を受け止めて謝罪の言葉までも口にしてしまう。
自分が人と接するのが面接のときのみという欠点がここで如実に現れていた。
面接では喋ることはできても、世間話やプライベートの初対面で会話を繰り広げることのできることはまるっきり話は違ってくる。
ユタカは前者ではあっても、後者には絶対になれない。
そう、ユタカはぼっち主義人間なのだ。
「そうだった……、ぼっちだ、ぼっちなんだよ。ぼっち、最高。オレ、日本に帰ったらぼっちに戻るんだ」
改めて自分の性格がわかってくると、なんとなく気持ちが落ち込むのがわかる。
異世界に来て、もう日本に帰りたいと思ってしまう自分がここにいた。
しかし、ユタカは気づいていなかった。
『日本に帰ったら』
その言葉にチヨの表情が沈んでしまっているのを。
「ユタカ、やりなおそ」
チヨは落ち込んでそこらの岩に座り込むユタカの前に立ち、頭に『ポン』と右手を置いてなで始めた。
「もう一回、あの子を探そ」
「チヨ……」
「私、あの子を放っておきたくない。」
自分と似た境遇からなのだろうか。
チヨは呪い持ちであるあのウサ耳少女のことをそう評していた。
その心情はユタカは理解できるので、拒絶できないでいた。
「でも、ユタカが嫌なら私、あきらめる。どうする?」
「…………どうしたらいいだろう」
「ユタカが決めて」
チヨの気持ちは理解できた。
彼女としてはあの少女を放っておきたくない。
それは聞いたばかりだ。
しかし、最後の決断でユタカが迷うということは、やっぱり彼女を連れて行くことを恐れているのだろうか。
いや、恐れているのは彼女を連れて行くことではない。
また彼女に断られてしまうことだった。
「やべぇ、オレ、かなり弱い」
「ん、結構弱い」
腕力は強いかもしれない。
殴られてもいたくないかもしれない。
数日、何度か獣や魔獣と呼ばれる化け物と戦ったけど、そのときも遅れは取らなかったかもしれない。
でも、女の子に断られただけでここまで精神的に追い込まれていた。
追い込まれたというより、落ち込んだといったほうが正しい。
恐らく、チヨもそれを正しく理解していた。
「でも、そういうの、私嫌いじゃない」
「……そうかな?」
そして、それを褒めるとユタカが調子に乗ることも知っていた。
落ち込むのと調子に乗るの。
どっちがいい。
それをチヨに問うなら、後者のほうを選ぶのではないだろうか。
だからこそ、あえてユタカを調子に乗らせる。
どのほうがチヨも気が楽だし、やっぱり、その言葉は正直な言葉だった。
「そんなユタカも、私は嫌いじゃない。」
「えっと、照れるんだけど。」
「うん。知ってる」
これが恋愛感情だとは思っていないが、正直に言ってチヨはユタカが嫌いではなかった。
なぜかと聞かれたら、やっぱり人と話すのが得意じゃないという点では自分と共通するところだからかもしれない。
呪いを受ける前から人と接することが得意じゃなかった彼女だからこそ、彼の気持ちは強く理解できるのかもしれない。
でもそれは語らない過去で、語れない過去で。
語りたくない過去だ。
「ごめん、やっぱり連れて行きたい。オレも」
「ん、よかった」
「そうなんだよね、そうなんだよ。別にオレ、世界を救いたいわけじゃなかった」
ここにくるとき、なぞの声に『世界を救って』などといわれたのを覚えている。
しかし、ユタカはそれを実行しようとは少しも思わない。
それよりも目の前のことでいっぱいいっぱいで、世界のことを考える余裕などないのだ。
少女の泣き顔を見てしまった。
あの子供のように泣きじゃくる彼女の姿を見てしまった。
それだけで、ユタカは彼女を放っておくという選択肢を捨てていた。
「そうだね、決めた。決めたよ。オレ」
「もう一回、いく?」
「うん。。行くよ」
ユタカは言いながら、近くで取れた木の実を口にして決意を新たにする。
その夜。
ユタカを勇気付けるためなのか、それともユタカのへたれ属性を信用していたからなのか。
眠るユタカに寄り添ってすごした。
本来なら野営するとき、どちらかが見張りを立て、もう一方が眠りにつくというのを数時間おきにやるものなのだが、ユタカの勇者としての直感と、チヨの知覚範囲を考慮するなら、眠っていても異変は察知できるので、野営でも同じタイミングで眠るようにしている。
というより、ユタカに見張りを頼むのがチヨにとって忍びなかった。
日本育ちという彼の生活には、一晩見張りで起きて過ごすという生活に慣れていなかったためだ。
横になってユタカに寄り添うチヨは、彼に聞かれていないことをいいことにつぶやいていた。
「やっぱり、好きになったのかな」
我ながら簡単な女だと思う。
例のついていくという件もそうだし、今の感情もそうだ。
長年、誰とも話せないという自制を強制されたから数年。 もしかしたら数百年かもしれない。
そんな後に、気軽に話しても大丈夫な人間が現れた。
話すのが得意ではなかったチヨであっても、人と話せるということの幸福をここ数日で感じることができるようになって、若干ユタカに依存しているのを実感している。
それがたとえ、神から偶然、人違いで選ばれて得た恩恵のおかげであったとしても。
それが彼の、彼自身の努力の結果であったわけでなくとも。
ただただ、自分の目の前に偶然現れて、話を少ししただけだったのに。
名前も名乗らずにいた彼に付いていったのも、そんな感情が自分を支配したからかもしれない。
「…………大好き」
余興でそんなことを言ってみた。
もちろん、そんな気持ち、本気で持っているわけではなかった。
しかし、言った途端に心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
「…………何をしてるんだろ」
チヨは自分のバカさ加減に突っ込みながら、考えを振り払って眠りに入る。
夜のテンションというやつなのだろう。
無駄に高まった思考と、無駄に高まった感情。
二つが合わさってやってしまったこの行動、チヨはバカにした。
ユタカが寝ているのをいいことに、チヨは自覚してしまった。自覚させてしまった。
自分がユタカを好きになりかけていることを。
これが恋なのか、それとも一時の感情の高まりなのか。
恋の経験のないチヨにはわからない感情だったが、それを言葉にしてしまったためにまともに彼が見れないかもしれない。
(やっかいなことをやっちゃった……)
『日本に帰ったら』
その言葉が彼女の頭から離れなくなっていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
翌朝、ユタカは目覚める。
第一に目にした光景は、美少女の顔だった。
そう、チヨの顔である。
昨夜の催し(チヨの勝手な独りよがり)のことを知らないユタカは、あまりに近いその顔にときめきを覚えずにはいられなかった。
(やばい、チヨってこんなにかわいかったっけ…? いや、かわいいんだけどさ)
その上、彼女は頼れる女だ。
自分のことを理解してくれて、なおかつ影ながらフォローに回ってくれる。
ユタカは彼女が日本にいたときに感じていた理想の彼女の体現そのものだった。
彼女なんかいらねぇ宣言なんてしていたユタカでも、そんな理想を組み立てるくらいには彼女をほしがっていたのかもしれない。
「えぇっと……、やべぇな、オレ。」
どこかのギャル男のごとく、やばいとしか形容のしようがないユタカ。
そうだ、確かにユタカは彼女に依存してしまってるかもしれない。
最初に物騒な光景を見せられたが、そのおかげかこの世界での戦闘によってできる魔物の死体などに耐性が着いていた。
そして、彼女なりに魔法やらできる限りのことを教えてくれるし、昨日なんかは落ち込んだ自分を元気付けたりしてくれた。
「…………やべぇ」
握りこぶしを唇に押さえる。
実際に隠したいのは顔全体なのだが、誰に対してといわれたら彼女になのだろう。
「…………好きになってない?」
我ながらちょろいとは思うが、異世界に飛ばされて頼れる最初の人間が彼女だったというのもあるだろう。
心臓の鼓動が止まらない。
これが恋なのか、それとも一時の感情の高まりなのか。
恋の経験のないユタカにはわからない感情だったが、それを言葉にしてしまったためにまともに彼女が見れないかもしれない。
「このさき、やっていけるのかねぇ……」
とか言いながらユタカは空を見上げる。
もう日が昇っていて青く広がっていた。
もう一度チヨの顔を見て、やはり自分の鼓動が早まるのを感じる。
「…………これ、大丈夫か? いろんな意味で」
『日本に帰ったら』
彼にそれができるのだろうか。
このときからユタカの中に不安が芽生えていた。
というわけで、なんとかチヨとユタカ、感情が同じ方向に向かって……てところを表現できていればなと思います。
次回、卯人族の村に行きます。