第四話 『ならさ、一緒にいく?』
第四話です。
少しだけ間が開いてしまいましたが、何とか完成したのでアップします。
そういうわけで、第四話です。
※17.12.15
文章一部改訂しました。
ある諸島に、それは小さな王国が建国されていました。
それはもう小さくて小さくて、人の数も恵まれているとはいえない規模のものでした。
小さな島の群生地帯に建国されたそれは、国というより村や街といったほうがしっくりくるようなものだった。
そんな弱い国は侵略国家の餌食になりかねないものではあったが、いかんせん、立地がそれを防いでいた。
まず、海を渡らなければ上陸できない土地にあったこと。
海には海人族と呼ばれる種族が住み着いており、彼らの許可証を携えたものでなければ渡航もできず、迎撃されるのだという。
建国者は海人族と交流があり、懇意にあったことからあっさりと許可証を取得する。
しかし、本来ならその許可証を取得するのには難度の高い試練が用意されており、一人が挑んだところで証がもらえるのは唯一つといった過酷な条件がなされている。
国全体でそれを保有するとなると、国民全体が難度の高い試練とやらをクリアしない限り、海を隔てた土地に建国するなど不可能な所業だったのだ。
それに建国者は成功する。
これが小国に攻めいれられない一番の要因だった。
許可証を携えた国ということで、世界で唯一の漁業を許された国でもあったため、それは特産レベルにまで発展していた。
ここまでの所業をたった一代で成し遂げたその建国者。
名をヒュウガ・K・エリミネート。
かつて、世界を股に掛けて冒険をし、世界に混在する全ての種族と友好を持ったと呼ばれる伝説の男だ。
後に語られる人物ではあるが、ここであえて言うなら、人類の脅威である魔王とも懇意にあるとうわさされたこともあり……。
その建国者には一人、娘がおったそうだ。
娘はとても見目麗しく、幼くして世の男を狂わせるほど愛されていたという。
成長が進むにつれどんどん美しさを増してゆき、世界中の王族貴族が婚約を迫り、全て断っていたという。
さらに親の能力を受け継いで魔力を多く秘めた術士でもあった。
見目はほぼ母親の血筋で、能力に関してはほぼ、父の生き写しではないかといわれるほどのものであった。
さて、その姫。
歴史の中で、忽然と姿を消すことになる。
「魔族が、攻め入ってきた」
立地が魔族という種族の住処に近かったというのも原因の一つであっただろう。
しかし、一番の要因はそこではない。
その姫そのものであったことは明白であっただろう。
「なにがあったんですか?」
ここまでの話は飛び飛びになった少女の話をユタカの中でまとめたお話に過ぎない。
その場で見てきた光景ではないため、やや正確性には欠けるところはあるが、要点はまとまっているだろう。
「魔王の婚約を断った」
たったそれだけのことだった。
魔族の頂点に立つ存在。
それが魔王。
魔王のその求婚を断った結果、姫のいた国と、魔族の戦争となった。
「それはなんと言ったらいいか……」
「何も言わなくていい。 ただの歴史」
戦争に参戦したのはただ一人、ヒューガ・K・エリミネートのみだった。
「戦争と言っていいんですか? それは」
「軍を編成して侵攻してきたんだから、侵略といってもいい。」
しかし、多勢に無勢。
たった一人で魔族の軍を押し切ることはできなかった。
魔王は姫に迫り、ある呪いを掛けた。
「それが、この呪い」
ここまで話してわかると思うが、今まで話した小国の姫というのが彼女のことである。
人と話すことで、その相手を殺してしまうのろいだった。
それが並みの術士が掛けたものであれば、姫は抵抗してのけることができただろう。
だが、魔王が相手となると話は変わる。
抵抗を試みるも、あっさりと呪いにかかった姫は、一瞬にして世界の花から毒へと変化する。
しかも魔王の呪いはそれだけではなかった。
「私に延命の呪いまで掛けてきた」
つまり、人族の平均寿命が80に対して、その呪いにかかった人族であった姫は何百年と時を過ごすことになる。
延命の呪いはただ時を永らえただけでなく、再生能力にまで影響を及ぼした。
刺殺したとしても、すぐにその傷が癒えてしまうのだ。
魔法で殺そうとも、剣で殺そうとも、呪術で殺そうとしても、その姫は生き残ってしまった。生き残れてしまった。
結果、その国民は何人死んでしまったことだろう。
少女は覚えていなかった。
「最終的に、お父様は私を封印することにした」
戦争から生きて帰ってきたヒューガ・K・エリミネートが娘の呪いを知ったときにした対処が封印だった。
諸島のどこかで封印しようとすれば、簡単に魔王に見つかってしまう。
そこでヒューガ・K・エリミネートが出した結論が大陸の魔力濃度の高い土地での封印だ。
魔力濃度が高いということは、つまり魔物が多く潜む場所ということ。
少女が連れてこられたのはその魔物の巣窟だった。
一番奥、暗く閉じ込められた空間に連れてこられた少女は長い間、眠りについてしまったのだ。
「……つまり、その呪いは」
「ん、魔王の呪い」
呪いの強さは、それを施した術士の強さに関わってくる。
延命の呪い然り、人を殺す呪い然り。
あそこまで無差別に、そして無残に殺害できる呪いが出来上がったのも魔王の呪いありきと言っても過言ではない。
「だから私を殺せるのもあなたしかいない」
「いやいや、ちょっと待って、待って待って待ってください」
ここで締めくくるように少女が一息をつくと、あわててユタカは話を戻そうとする。
「いや、なんで? なんでオレが君を殺せるって話になるんですかね? ちょっと意味がわかんないんですけど?」
もっともらしい疑問を投げかけることである種の時間稼ぎを試みる。
「もしもですよ、魔王がその……なんです、延命の呪い? とかで殺せない呪いを使ってるんなら、魔王を殺せる人にしか君を殺せないんじゃあ……」
「そこは問題ない」
ユタカの問いかけを途中で遮った少女は自身をもってその疑問を否定する。
「あなたは膨大な魔力を内包している。 もう魔王よりも大きい」
これも勇者補正なのだろうかとユタカは推察するが、それ以上に逃げ道がなくなってきているような気がして仕方がない。
こうして殺せる殺せないの問答をするのも、日本人としての常識がユタカを支配しているからだ。
仮にユタカが少女を殺すことができたとしても、実際に行動に移すのは話が変わってくる。
「あなたは私を殺せる」
確信を持った瞳でユタカを見つめる少女。
本気の目だった。
日本でたまに、『死んでやる』と口語する若者がいる。
しかし、直前になって足の竦むものや、本当に死ぬ気はなく、自分に気を向かせる意図がそこに混ざっていただけだったため、現実味がない。
無論、本当に死んでしまうものもいたが、それを見たことはユタカにはない。
自分も昔はその性質で、クラスメイトや家族に冗談で『死ね』といわれたときは本気で『死んでやるー!』といって泣かせたことがあったが、彼女のそれはそのときの自分とはまったく違うものだった、
何より、感情に身を任せたわけではないのだ。
恐らく、このように呪いに耐えうる人間が出たらこのように出ることを昔から決めていたに違いない。
言葉を口にしただけで、次々と友人家族、自分を慕ってくれる国民を無差別に惨殺してしまう呪いを掛けられたため、精神が追い込まれてしまうのはわからないでもない。
「でも、オレ、人を殺したことないし………」
若干目を逸らしてユタカは言う。
なんの言い訳にもなっていないかもしれないが、遠まわしに殺しを拒絶していた。
「それは……羨ましい限り」
対する返答が、ユタカの思ったものとはベクトルが違った。
『人なんて簡単に死ぬんだから大丈夫!』といった路線で攻めてくるかと思えば、少女の反応はそんなユタカを羨むものだった。
節目がちにそういう少女を見て、ユタカは『しまった』と自分の失態を理解する。
「そ……っ、それは……っ」
慌ててフォローをしようとしたが、言葉が出なかった。
人を殺したことがあれば、わからないこともなさそうではあるが、そんな経験をユタカはしたことがない。
気を遣うユタカに気がついた少女は首を横に振って言う。
「気を遣う必要はない。 人殺しなど、するべき諸行ではない。 戦争なんてしない限りは…だけど」
表情が疎い少女がその言葉を口にすると、薄い微笑みが浮かび上がった。
思わず、ユタカが見蕩れてしまうほどに。
「もちろん、断っても私は何も言わない。 無理なお願いをしてる自覚はあるから……」
ユタカが見蕩れてるのを知ってか知らずか、少女はフォローに回る。
「断ったら……どうするん……ですか……?」
聞く必要のない質問だっただろう。
ユタカが要求を拒絶する未来は変わらない。
聞こうと聞かなかろうと、その結論は微動だにしないだろう。
「ここに閉じこもる」
この狭く真っ暗な世界で。空間で。危険な魔物だっているのに。
呪いの力があるならば問題のない脅威ではあったとしても、眠ってるときに、ただ少しの油断で少女の命は危険にさらされる。
その世界で、少女は狂わないことができるだろうか。
現在まで閉じこもれていたのは眠っていたからであって、意識のある状態で耐えられるのだろうか。
否、耐えられるわけがない。
少女の事情を上辺のみで知った。
深い部分で、ユタカの知らないこともあるだろう。
「……つまり、やることがないってことですよね」
ユタカは問いかける。
少女はうなずく。
それをみて、ユタカは決心した。
「それならさ、一緒に行く?」
少女は丸い目を見開いてユタカを見る。
こんな厄介な存在を連れて行く変人がいるとは…と思っているのだろう。
返答に迷っているのか、何も言わずに呆けていた。
「オレは、勇者だ。」
手違いだけど。ユタカは小さな声でささやいた。
恐らくは聞こえていただろうことは少女の反応から理解できる。
「それも、ついさっきそれが決まってね。今さっき異世界から飛ばされたんだ。だから一緒に行って……いや、この世界に疎いオレを助けてくれませんか?」
ユタカはそういって右手を差し出した。
まるで漫画の主人公が仲間に勧誘するときと同じようなポーズをとる。
少女は何を考えているのか、その手を取るか取らないか、まだ迷っているのだろうか。
少しだけ右手を持ち上げて震えているのがわかる。
「私は……」
やっと搾り出した言葉だったのだろうか、口を開いた。
「私は……、呪いを持ってる。 人と話すと殺す呪い」
「知ってるさ。 でも、どうとでもなると思う」
筆談をするとか。
今のユタカに考えられるやり方としてはそれしか思い浮かばない。
「何を目的として……」
「とりあえずはまぁ、生きることかな。」
いきなり勇者だといわれて魔王やらと戦うとか、世界を救うとか。
そんな未来を想像できないでいたが、
「そもそも、オレは勇者らしいよ。魔王のこともなんとかなる……んでしゃないかな。よくわかんないけど。」
そんな気はないのに、魔王のことはどうにかしてやると聞いていたのだろうか。
少女は震えながら涙を浮かべていた。
「なら……条件を……三つ、いい?」
あくまで助けてくれという言葉に、少女は条件を突きつける。
「一つ、一回でも私が呪いで人を死なせたら……私を殺すこと」
ユタカは眉を少し動かす。
「二つ、私に名前を……ください」
「え?」
思わぬ条件を突きつけられたユタカは素っ頓狂な言葉が出てしまう。
「私は術士。 術士に名前を与えることは、その人を従えることを意味する」
「つまり……」
「三つ目の条件は……私を従えて」
それを聞いて、ユタカは思った。
『これはやっちまったかな』と。
正直、勇者として召還されたからといってハーレムを築こうなんて一ミリも思っていない。
それよりも、日本にどうやって帰ろうかと思惑することばかりだ。
未練があるわけではないが、それでも『仕事どうしよう』という不安のほうが上回っている。
我ながら社逐人間になってしまったかなと思ってしまう。
「じゃあ……」
ユタカは少し考え、言う。
「チヨ……で。」
こうして、ユタカと呪いの少女改め、チヨの二人。
奇妙な主従関係になってしまったのだろう展開から始まる。
ユタカの異世界生活が。
というわけで、第四話でした。
こうして少女の名前が『チヨ』に決まりました。
次回、チヨとの旅。
五話、乞うご期待!ということで、できる限り近いうちにあげたいと思います。