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第三話 『呪いの少女』

スプラッターな表現があります。

早くスプラッターな展開から脱したいと思いつつもこれからの展開を考えるとどうしても必要なことなので耐えています。


※17.12.15

文章一部改訂しました。


 肉、肉、肉。


 文字通り、そこには肉の道ができていた。とはいっても食用の肉のことではない。血肉や肉塊のことを総じてそう称することができるほど、その道は肉に満ち溢れていた。

 獣であったり、虫であったり、それ以外の何かであったり。

 ユタカはその悪臭に吐き気を催しながら、我ながらよくはかないものだと思いながら先を進む。

 そこでひとつ気づいたことがある。


 今履いている靴がつい最近買った新品であったこと。

 特にファッションにこだわりはないユタカではあったが、さすがに買って間もない新品の靴が血肉で汚れていくというのはさすがに堪えるものがある。

 しかし、もう引き返すことはできない。


(これは水これは水これは水これは水)


 ぺたぺたと歩くたびになる音からそう錯覚させようと試みるユタカであったが、結局視界を埋めるのはただの血肉であり、靴を汚すそれはただの血液であった。


「うえぇ……」


 声に出して言ってみるが、実際に吐くようなそぶりを見せないことから、旗から見ていればただ引いているようにも見えるだろう。

 しかし、実際は吐きたい気持ちでいっぱいだった。

 なぜか吐くことができないユタカ。

 恐らく、勇者召還ということで何らかの力が働いているのかもしれない。


「なにが起こってんだよ……オレがなんかやったか……?」


 また自分が何かをやったのかと疑いながら先を進む。

 なんだか数時間も歩いているような感覚でいたユタカだったが、その先にあったものは全開でたたずむ扉、その先の空間からその血肉は広がっているようにも見えた。

 そこで異常事態が起こったのかということが明らかにわかる光景だ。

 光景だけではない。

 その中から先ほど微かに聞こえた女性の声であろう嗚咽が流れてくるのだ。


(さっきの悲鳴もここからだな……?)


 ユタカはそこらで拾った棒(もしかしたら何かの骨なのかもしれない……そうではないと信じたい)を持って、全力で警戒しながら扉の中を覗いてみた。


 そこにいたのは全身を血液やら臓物で真っ赤に染まった何かが涙を流しながら「ごめんなさい……ごめんなさい……」と懺悔している人型の『何か』だった。

 本来のユタカであれば『何かあったのかな? まぁオレには関係ないし』と素通りするところであったが、そうも言っていられない。

 そもそも、目の前に泣いている女の子がいるだけで心配する気持ちを持ち合わせるくらいの気概はあるのだ。

 ゆっくりと、足音を立てないようにその少女に近づいていく。

 しかし、血肉で汚れた地面で音を立てないようにするのは至難の業で、自然と水のこすれる音が『ぺたぺた』と鳴ってしまう。

 そこで少女にユタカの存在が気づかれてしまう。


「あ……、あぁ……」


 思わず間抜けな声を上げてしまうユタカ。

 それは恐怖からなのか。それとも警戒からなのか。それとも、女の子と接するのに緊張してしまう性分からなのか。

 その正体はわからなかったが、それ以上にわからないのはこの状況だ。


 少女の周りを囲むように衣服が散らばっていて、遺体の形状からして人型の何かが三つ横たわっている。

 そのうちのひとつを抱き上げながら泣いている少女。しかも「ごめんなさい」と言っている。

 そこから推測される出来事といえば、この状況を作り出したのは彼女であり、三人を殺したのもまた、彼女なのだろう。

 しかし、その方法がわからない。

 何かの刃物で斬ったのであればここまで跡形が残らないほどの肉塊はできないだろう。

 まるで中から破裂したかのように飛び散る血肉がユタカを混乱させるには十分すぎる要因だった。


「だ……、だい………、だいじょぶ?」


 なんと声を掛けて良いかわからず、とりあえず出てしまった言葉がそれだった。

 必死に頭をめぐらせていたのだったが、それを聞いた少女の目も大きく見開いていた。

 まるで生存者がいない世界で、唯一の人間を見つけたときのように。


「あ………あなた………」


 ユタカの声にも応えず、驚きを露にする少女。

 その声は震えていた。


「な…っ、なんとも……、ない……の?」


 その言葉の真意がユタカには掴めなかった。

 なんともないと言われた問いに対する答えは『なんともないわけがあるか!!』であるが、それはあくまで精神的なものであり、身体的なものに関しては『なんともない』というのが正しい。

 いや、なんともないというのにはこの光景に対する吐き気以外に関して、というものではあるが、それも精神面によるものだと分類すればなんともないというしかないだろう。


「なんとも………ないよ……? ですよ?」


 一瞬言葉に詰まったユタカ。

 そこで思わずため口を利いたかと思って、あわてて敬語に言葉を直す。

 そんなこと気にする状況ではないのだが、ユタカの癖なのか、初対面の人間に対してはどんな子供であっても敬語になってしまうのが彼の性格だ。


「そんなわけ……っ!!」


 呆けるように言葉を紡ぐ少女だったが、あわてて両手で口をふさぐ。

 当然、支えていた人間の遺体を手放したわけで、その肉体は血だまりに落下した衝撃でさらに少女の肉体を血に染めることになる。

 しかし、そんなことを気に掛ける余裕がない少女は、目を見開きながらユタカを視認しながら固まることしかできないでいた。


 次第にゆっくりと手をどかして口を開く。


「ホントに……、なんともない……の……?」

「あ、あぁ……はい、なんとも……ない……です……?」


 本当になんともなさそうなユタカを認めた少女は、すがるような視線を向け、おぼつかない歩みでユタカによっていく。

 体重に足が悲鳴を上げ、こけるように前のめりになった少女は、自然とユタカの胸に飛びつく体制に落ち着いた。


「え、えぇ!?」


 血で顔の造詣がうまく伝わっていなかったが、声の質が明らかに“かわいい”女の子であろうと思われる少女にいきなり抱きつかれたユタカ。

 衣服やらなにやらが血みどろになっていくといった点をすでに頭の片隅に置き去りにしたユタカは、耐性のないこの|状況(女の子の抱擁)を受け入れられず、両手を挙げて身体を固めてしまう。

 そんなユタカの事情など知らない少女は、震えながら、懇願するように発言する。


「お願い……」


 その声音は明らかに嗚咽が混ざっており、今にも泣きが入る寸前……いや、すでに泣き顔になりながら続ける。


「私を………、殺して………」






◆◆◆◆◆◆◆◆





 殺してくれといわれ、はいそうですかと人を殺せるほどの度量を持ち合わせないユタカは一旦少女を落ち着かせて話を聞くことになった。

 元いた部屋は文字通り血みどろになっていて、少女が落ち着くどころか自分が落ち着かないため、別の場所に移動している。

 無論、血で身体を覆っている彼女の汚れも落とすことを忘れない。


 場所を移し、明かりを付けるために蒔きを何とか見つけたユタカは火をつけようと、原始的なやり方で枝をこすって火をおこした。

 あっさりと火がついたので、これもまた“勇者”として召還された能力に恩恵が下っているのだろう。

 真っ暗闇だった空間がなんとか明るさで視覚が広がる。

 その蒔きをはさんで向かい合うように地面に座るユタカと少女。


 ここで判明したことは、彼女はとてつもなく美しくてかわいいということだ。

 白髪の長髪で、目が丸く、少し幼さを残しながらも落ち着いた性格であったためか、どこか大人びてすら見える。

 背丈もやや低めで、細い肢体だ。

 ただ、着用している服が黄土色の質素な服で、指先で触れるだけで簡単に破れそうなほど薄い生地でできあがっており、出来上がってから年月が経っているからなのか、血によって痛みが進んだからなのかはわからないが、とてつもなくボロボロに見える。

 そんな服を着ているのだ。身体にぴったりとくっついているわけではないが、湿っているその服から妖美な肢体、控えめではあるが、それでも自己主張をする二つの山。その先にはつんと尖った何かが明らかに視認できる。


 いやらしい目で見るなというほうが無理な身なりをする少女であったが、そんなことを気にすることもなく、堂々とその場にたたずんでいた。

 ユタカもさすがに直視しづらい視界に困惑するも、その態度に何とか冷静を保って状況を理解しようと頭を回す。


「それで、殺してくれって言ってたけど……、どういうことですか?」


 ユタカが問いかけると、少女は「ん」と軽く相槌を打って言う。


「見てわかったと思うけど、この惨劇、私のせい。」

「見てわかったって……、どうやってこの惨劇を………」


 この惨劇とは要するに、獣などの生き物と呼べる全てのものが肉塊に変わったあの惨劇のことだ。

 それにはあの部屋にいた三人の遺体のことも含める。


「私にはある呪いがかかっている。」

「呪い……?」

「ん。」


 喋りなれていないのか、言葉を捜しながら何とか説明をしようとする少女。

 ここでひとつ、ユタカは今更ながら思う。


(言葉が通じてる……そういえば………)


 明らかに日本人ではない少女であるのに、日本語として喋っている言葉が理解されており、なおかつ少女の話す言葉も日本語に聞こえるのだ。

 あまりに衝撃的な出来事だったために忘れていたことだったが、意思疎通にはなんら問題はないようだ。


「私の声を聞いたの、みんな死ぬ」


 ユタカの思考を別のところにめぐらせていると、説明する言葉を見つけた少女がそういう。


「……え?」


 一瞬その言葉に理解が追いつかなくて、ユタカは思わず聞き返してしまう。


「私の声を聞いたの、みんな死ぬ」


 その疑問符に帰ってきた言葉は先ほどと一言一句変わらないものだった。


「え、つまりあれですか? 君の言葉を聴いたことによって周りの獣だったり、虫だったり、あの部屋の人たちが死んでしまった……ってことですか?」

「ん、そういうこと」


 言葉足らずの説明だったため、正解に近いであろう推論を吐露するユタカに対して頷きながら同意する少女。


「それがあの惨状なんですか?」

「ん。」


 ここまでの会話でわかったこと、つまり、彼女が言いたいことはこういうことだ。

『私の声を聞いた者は獣だろうと虫だろうと人だろうと、分け隔てなく、無差別に死ぬ』

 それを彼女は呪いと吐露したのだ。


「え、それってつまり、会話できないじゃないですか」

「ん。」


 あの泣き顔からあまり表情を動かさなかった少女であったが、その言葉に頷くその顔はどこか悲しげで、寂しげで。

 人間らしい表情を所々で表出する様子に、ユタカは心に何かが刺さるような感覚を覚える。


 人間とは、口で言葉を発することで意思疎通を図り、驚きや恐怖などを感じると声を出すことで平静を保ったり、助けを呼んだりする。無意識にだ。

 しかし、彼女のいう呪いというものはそれを聞いたものを無差別に死なせるというものだ。

 つまり、人間の最も重要な機能を一つ、封じられたことになる。


「あれ、でも……」


 それなら一つ、疑問が浮かぶ。


「オレ、なんともないんですけど」


 そもそも、ユタカは少女の声を聞いている。それも何度も会話を繰り広げるほどに。

 少女の言葉が正しければ、今頃ユタカはあの部屋にいた彼らと同じ運命を辿っていたことだろう。

 だが、死ぬどころか、体調不良でさえも訴えない。それは少女の言葉に裏付けができないということだ。


「ん、だから、不思議。」


 いや、それで片付けていいものなのだろうか。そう思ったが、口にはしない。

 ユタカには、その呪いが利かない理由にある程度アタリを付けている。

 これもまた、勇者という恩恵がなしている所業なのだろう。

 呪いで死ぬ。要するに状態異常だ。

 状態異常に対する耐性が今のユタカにはついているのだろう。

 それを説明してあげてもよかったのだが、初対面の少女に対してそこまで砕くほどユタカの警戒心も薄くはない。


 彼女が嘘を言っていないとも限らないからだ。


 少女の言い分は、『呪いによって不本意な殺しをしてしまった』といったところだ。

 しかし、実際は違うのかもしれない。

 ここまで来ればユタカもわかるのだが、この世界は魔法に連なる何かがあるのだ。

 要するに不思議パワーだ。

 その不思議パワーには身体を離れたところから爆発させる能力でもあるのかもしれない。

 それを絶対に起こしていないとは今のユタカには言い切れないのだ。


 ここでユタカが警戒しているのは唯一つ。


――彼女が快楽殺人者なのかどうか。


 これに尽きるのだ。


「だから、私を殺せるのもあなただけ」


 ここで直結するのが、自分を殺してくれという懇願だ。

 彼女はつまり、喋ることで死なせる呪いを持って生きるくらいなら、死んで厄災を取り払おうというのだ。


 確かに、今のユタカの能力を使えば彼女を殺すことも容易かもしれない。

 もちろん、他の誰かが彼女を殺すことも可能なのだろう。

 しかし、それが不思議パワーを使うものなのか、刺殺に頼ったものなのかはわからないが、それでもうめき声というのはあがってしまう。

 彼女の声を聞くだけで死ぬ呪いなら、うめき声ですらも人を殺せてしまう。

 それを彼女は嫌っているのだ。


「ちょっとまってください。君はここで何をしてたんですか?」


 ここで一つ浮かぶ疑問が、なぜ彼女がこんな暗闇の中にいたのか。だ。


「寝てた」




「…………は?」


「だから、寝てた」


 少女は少し言葉を詰まらせた。

 説明不足がすぎたことを理解して、言葉を直してこういう。




「封印されてた」





そういうわけで、第三話でした。

いかがだったでしょうか。

次回第四話、少女の名前が…?という展開を想像しています。

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