第十話『チヨ爆発』
※17.12.15
文章一部改訂しました
木と木の間に風切りの音が鳴り響く。
ユタカ、チヨ、ウサが森を走り抜けているのだ。
最初は森に慣れていないユタカとチヨの進行速度を心配していたウサだったが、ユタカはなぜか勇者補正でなんとかなっており、チヨに関しては謎の順応速度で森の闊歩方法を身に付けていた。
ウサはそれを見ながら『普通の人は数年はかかることなんですけどね、それ』とか言っていた。
ユタカも若干チヨに関して知ってることはあまりない。
ぶっちゃけて言うなら、戦闘という面に関してのチヨを知らないため、この救出作戦に加えていいものなのかと迷う節もあったくらいだ。
チヨは魔法使いとしてはかなり優秀な位にいるらしく、魔法を使うたびにウサを驚かせている。
しかし、これを戦闘に重きを置くとなるとどうなるのかという想像がユタカにはできなかった。
ウサの心配はそれなりにしていなかった。
なぜなら、あの拳の威力は相当な強さを誇っており、それなりに打たれづよさもあると本人は自白していたのだ。
人を毎日殴っていたら、自然と殴られることもあって鍛えられたのだという。
卯人族としては異常だとチヨは思ったものだが、口にはできないので心で思うことにとどめておいた。
一番の懸念はユタカがちゃんと戦えるかどうかだ。
人という種族と戦闘する経験は皆無といっていい。
日本にいた頃であっても、人を殴ったことが無いという男だ。
それは平和主義というわけではなく、ただたんにめんどくさかったからという理由がつくわけだが。
そういうわけで、人との戦闘経験がないユタカには若干の不安が内心に押し寄せてきている。
魔獣とならばそれなりに戦えているので、何とかなるかなと思いたい。
三人は異常なスピードで木と木の間を走り抜けている。
一般人が見たら車かバイクが目の前を通り過ぎたかのように見える速度だろうが、本人たちは自覚していない。
さて、ここでネタをばらしておこう。
ユタカらが卯人族の少女、ウサの妹であるミサの発見に至った理由、それが感知魔法だ。
魔法に関して未だに情報が開示されていないのだが、感知魔法に関してここで開示しておく。
○感知魔法
先述でも語ったが、感覚を広める魔法だ。
ただそれだけの魔法だ。
聴覚を強めたり、視覚を広めたり、気配を感じるといった第六感などもこの魔法によってなせる業だ。
この魔法は魔力の大きさによってその強さを調整でき、極めたものは世界中のどこにいても微細な出来事も感知したらしい。
地球で例えるなら日本にいる人間がブラジルの情報を即座に情報をてに入れることができるということだ。
さて、感知魔法とはいうが、実は若干難しく、底がないとされる魔法だ。
なにせ、たとえば目の前に木があったとして、その向こうを見るためには移動して覗かなくてはいけない。
しかし、この感知魔法を使えば木の存在を透かしてみることもできるのだ。
それを聞いたユタカは『これなら服スケスケの裸見放題じゃね?』などと思ったが、チヨ曰くそれも可能であり不可能なのだそうだ。
チヨの今の服装ならばそれは可能だろう。
なにせ、チヨが着用している服は“ただの布”だからだ。
ここまで考慮に入れていなかったが、チヨが着用する服は迷宮にいたときの布から汚れを取っただけの質素なやつだ。
だから、感知魔法を極めればこの場でチヨを丸裸にできるわけだ。
しかし、少しでも魔力を帯びている布で作られていれば難易度は上がるらしい。
無論、頑張れば覗けるという事実は変わらないが、達人レベルにならない限りはできないらしい。
服を覗くためだけに感知魔法を極めるものはいないだろうというチヨの判断から、回答が先述に変わるのだ。
さて、ここまで来て何を言っているのかわかるだろう。
要するに、チヨが感知魔法をして五人の人間が小さな少女を担いでいるのを発見したのだ。
うかつなやつららしく、今どこかで休憩を取っているとのこと。
まともな人攫いならさっさと逃げて町に行って売り払うものなのだろうが、うかつなやつらはそんなことはしない。
なにせ、無抵抗な卯人族なのだ。
手も動かさず、足も動かせない。
しかも幼い少女だったのもあって軽いのだ。
「ちなみにミサって子は何歳なの?」
「12歳です」
そりゃ軽い……か?
とユタカは疑問に思うが、魔力がある世界なのだから、魔法で解決できるのかもしれない。
本来、12歳となれば身体は成熟を始めるころで、子供の重さとはいえない重量になるはずだ。
人間基準に考えて出した答えなのだから、疑問に思うのは確かなのだ。
しかし、彼女らは獣人族だ。
成長速度は人間とは違うのかもしれないところに考えを至らせたユタカは、改めて質問する。
「ウサは何歳?」
「16歳です」
おぉう、年齢にしては低身長。 とユタカは思う。
ウサの身長は正直12歳でも通用しそうなものだ。
それならミサの身長もそれなりに低いのだろう。
もっとも、身長に見合わず大きな果実を二つ実らせていることに関してには話を向けない。
「ミサもおっぱい、大きいですよ」
「え、なんでそれを今言う?」
「警告です。 欲情して襲ったら殺しますですよってことです」
逸らしていた話題だったのだが、あえてそこを突っ切るウサ。
ユタカはこれをウサクオリティーと名づけた。
そんな話をしていると、前方から小さな小枝やら小石がユタカの顔面に飛来してくる。
勇者補正のおかげで痛くはないが、かゆくはある。
目に入ったら大事だろう。
犯人はチヨ。
彼女はなぜかこちらを見ながら涙を見せていた。
「え? 何、チヨ何怒ってんの?」
返答のできないチヨは、顔を逸らして回答拒否の意思を示す。
「はぁ、チヨさん、やっぱりかわいいですぅ」
「君って結構余裕だよね? 一応妹がさらわれてるのに……」
「だってすぐそこにいるのでしょ? なら助けておしまいです。気は楽になりましたよ」
それに、あなたのおかげで…………。
という言葉がつむがれたが、しだいに声量が低くなっていくので、ユタカの耳に全ての言葉が届いていなかった。
感知魔法をしっかりと発動していれば聞こえていたのかもしれないが、ユタカにとって感知魔法はまだ発展途上の代物だ。
だから常時発動させておくことは可能かもしれないが、そこに神経を持っていかれて背後を狙われては元も子もない。
しかし、感知魔法でしっかりとその言葉を聞いていた人物が一人いた。
それがチヨだ。
再びチヨは涙目に成りながら小枝やら小石をユタカにぶつける。
「いたっ! 痛いって!! チヨ!! ちょっ、やめっ」
今度投げてきた小枝や小石に当たると、ちゃんとユタカの痛覚を刺激していた。
理由として、そこに魔力を帯びた状態で投げていたからだ。
結果として、ユタカの勇者補正を若干上回ることになったのだ。
「チヨさん、ものすごいですね。 魔力をこんな小さなものにこめるなんて……」
「え、すごいの? すごっ、ってだから痛いって!! 何怒ってんの!?」
チヨはほほに空気を膨らませていたが、その真意はやはりユタカにはわからない。
しかしウサにはその理由がわかってしまったため、ほほえましいものを見たと笑顔を見せる。
「ここにミサが加わったらどうなるんでしょうね」
そんな言葉を呟かずにはいられなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
何も感じなかった。
左耳から聞こえてくる雑多な男の声と、風に当てられる感覚。
なんとなく自分が担がれて移動させられていることがわかる。
そこには大好きな姉の声はない。
全てが男性だ。
「いやぁ、いい収穫だったぜ」
「だな、卯人族の村を襲ったらあいつら、仲間を売りやがったんだよなぁ!」
「そうそう、オレらからみても最低なやつらだったぜ。 ま、おかげでご馳走にありつけたわけだしよ」
「ロリコンだな、お前」
「なんだよ、ならお前、これに欲情しないっていうのか?」
「……する」
「「「ぶっは」」」
ずいぶんと品の無い会話が彼女の耳を刺激する。
どうやら彼らは自分を性欲の対象として見ているらしい。
こんな子供のどこがいいのだろうと思ったが、口にはしない。
本当の子供なら泣き叫ぶのだろうか。
本当の卯人族なら絶望したのだろうか。
彼らの口から、自分が同族に売られたことがわかった。
悲しくなるのだろうか。
否。
彼女はそれらの事柄を何一つ感じなかった。
唯一思うことはただ一つ。
『お姉ちゃんじゃなくてよかった』
さらわれたのが姉であったなら、彼女はもう絶望しか感じなかっただろう。
自分らを売った卯人族を恨んでいただろう。
何もできないで寝ることしかできない自分を憎んだだろう。
そのどれもする必要がなかった。
自分が犠牲になればそれでいいのだ。
そうすれば、姉もこの呪いから解放される。
そう信じて、彼女は出来もしない抵抗をしない。
口で説得やら命乞いやらをする気にすらならない。
だって、さらわれたのが自分だったから。
彼女は姉に幸せになってほしかった。
だからこそ、自分という存在を一番邪魔に思っていたのだ。
自分が姉を不幸にする存在なのだ。
『私のことは忘れて幸せになってくれればいいなぁ、お姉ちゃん』
そう思い、彼女は暗闇に自分の存在を押し込めた。
何をされても泣き叫ぶことのないように。
「ミサぁぁぁぁぁぁ!!!」
そんな彼女の考えなどかまうことなく、少女の名を呼ぶ声がその場を響かせる。
「な、なんだ!?」
「女の声だ。 きっとこいつの姉貴だ!!」
「なんだと!! じゃあこいつもさらえば……ぐっへっへ」
「おいおい、なに勃ってんだよ」
「だって燃えるじゃねぇか!! 姉妹丼なんて!!」
「姉貴は大人だろうな? じゃねぇと燃えねえよ」
彼らの興味が自分から声の主に代わった。
彼らの予想通り、この声の正体は自分の姉のものだ。
卯人族の中で拳の強さは随一を誇る姉だったが、五人ほどの男性を相手に戦えるわけがない。
姉が強いのは拳の強さだけであって、それ以外の戦闘能力は皆無なのだ。
だから、姉がここに飛び込んだところで無謀なのだ。
「来ちゃ……ダメ……」
細く小さな声でそんなことしか呟けない。
彼女の頬には、流れるはずのない涙が流れていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
ここまで来れば感知魔法を使うまでもなく男らの不快な声は聞こえてきた。
もうすぐウサの妹であるミサに手を掛け兼ねない状態だった。
少しでも到着が遅れていたら、ミサは五人の男に蹂躙されていたのだろうかと思うとぞっとしない話になっていたはずだ。
「ていうか考えなしに来たけど、どうするよ!? どうやって助ける!?」
「ぶん殴ります!!」
「単純明快な回答ありがとう!! チヨ、なんかやって!!」
ウサのウサらしい解決方法を提示された後だったが、ユタカは判断をチヨにゆだねることにした。
本来なら勇者である自分が判断して戦うべきなのだろうが、今の彼にそんな技術はない。
だからこそ、便りにしている相棒のチヨの知恵を借りることにしたのだ。
一方のチヨは小さくうなずいき、右手を前にかざした。
そして何も言わずに魔力を強め、魔法を放つ。
すると一気に視界は白け始め、辺りを真っ白の世界にしたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
男らは突然の白銀の世界に戸惑うことしかできなかった。
「おい、お前ら!! 無事か!?」
「おう!! 無事だ!!」
「三人いたぞ!! しかも一人は人族の女だったぜ」
「一人は魔法使いらしいな。 だがただの霧だ。 見えないだけで問題ねぇよ!!」
そう、これはただの霧だ。
大気に毒がばら撒かれたわけでもなければ、幻覚を見せるような類のものでもない。
だから何の問題もないのだ。
突然、霧を切り裂くような玉が男らに向かって飛ばされていく。
一人に当たったが、ただ火傷を負っただけで、大した被害ではない。
火弾。
火をボール状に丸めたものを魔力から作りだし、投げつける魔法だ。
先述したとおり、火傷を負うだけの小規模な火でしかない。
軽く棒を仰ぐ程度で起こる風で消せる小さな火だ。
そんな大した威力ではないはずだった。
「そんなもので……っ」
しかし、その数が問題だった。
火弾が一発、また一発と来るので、一人が剣を振り回して火弾を消しまわっていた。
その規模は一人では処理しきれないほど多くの火弾で囲まれるようになり、何とか凌いでいたが、幾度と無く火が飛んでくるのでだんだん疲労が溜まっていく。
息を切らしていって、だんだん火弾が被弾する回数が増えていく。
「マジでなんなんだよっ、くそっ」
剣を振るのを休めたいが、休めたらこの多さの火弾を受けたらさすがに火傷程度ではすまない。
さらにイラついてくるため、だんだんぞんざいになっていく。
「隠れてないで堂々と出てこいやぁ!! コラァァァ!!」
あの三人の中に火弾を撃っているものがいるはずだ。
卯人族が魔法を使えるとは思えないため、人族の男女の二人が協力しているはずだ。
そうして挑発してみた途端、人影が男の前に現れた。
ついに直接術士を倒せる機会が出たと思い、大きく剣を振りかぶった。
そのまま剣を薙いで人影を横断した。
しかし、手ごたえがない。
暑さのあまり見てしまった幻影だった。
「くそっ」
自分が見たいものを幻影を作り出していたのだ。
次第に頭が痛くなり、身体中に痛みが走る。
水蒸気により一気に気温が下がったのに、火弾が多く飛び交うことで気温が上がってしまい、気圧が上がってしまったことによる現象だ。
暑い日に頭が痛くなったり、肩がこったりするのは気圧が高くなったことが原因なのだ。
「ぐぅっ、」
あまりの痛みに、思わずひざを突いてしまう。
すると、ある変化に気づく。
靴のせいで気づかなかったが、地面が異様に熱くなっていたのだ。
火があらゆる方向に飛ばしていたため、異様に温度と湿度が高くなっていた。
「なんだっ、これ、あちっ」
今までよく気づかなかったものだと思うほどに熱かった。
途端に、空から大きな氷が降ってきた。
拳大の氷だ。
パラっ、パラッと
高くなった気温により、その氷は溶け出して水に変わる。
湿度の高くなった地面に水が触れることで起こる現象。
それは…………。
ドカーーーーンッッッッッッ
派手な音を立てて爆発した。
その渦中にいた男は絶命。
(どう、ユタカ。 これが、術士の戦い方)
これまでの現象、全てがチヨ一人の少女によって起こされた魔法だった。
(名づけて、チヨ爆発……なんてね)
本当はただの水蒸気爆発だった。
勝者、チヨ。
水蒸気爆発とか言ってますが、たぶんいっていることは飛んでも理論的な何かだと思っています。
ワタクシ、理系には詳しくないんですのよ。(頭が悪いだけ
というわけで、専門的に知っている人が見たらツッコミどころ満載な展開かもしれませんが、とりあえず『爆発落ちに持っていったんだな』とか思っていただければ幸いです。
さて、次回はウサの戦闘回です。
では、