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街の巡回

 テトさんから記章を渡された僕とフルミネは、それを胸辺りに付けて前を歩くテトさんについていく。


 ラミアさんとレティは別行動だ。

 通常、この巡回は一人か二人一組で行うものなのだが、僕達はまだ騎士団本部周辺の道すら覚えきれていない。

 だからこうして、テトさんについていくことで巡回と同時に道を覚えることが今日の目的となっている。



「――と、これで最低限の範囲は周ったな。基本は同じルートをぐるぐる周るだけだ。そんでもって、明日からは少しずつ巡回できる範囲を広げていけばいい」

「分かりました」

「団長さん、ありがとうございます」


 僕達が各々答えると、テトさんは僕に複雑な視線を向けてきた。その視線の意味がしばらく分からず、少し考えてから思い出す。


「……あ、まだ言ってませんでした」

「まあ、昨日の今日だったからそれもそうか。いいや、俺が話すよ」

「え? え?」


 話についていけない様子で困惑するフルミネに、テトさんが呼び方の話を始める。


「フルミネ、俺のことはテトでいい。歳も近いんだろ?」

「は、はい……テト、さん」

「……そもそも、フルミネって何歳なんだ?」

「あ、えっと……21です」


 フルミネは、自分のステータスカードを確認しながらテトさんに言う。

 ステータスカードに正しい年齢が自動で記載されるのは便利である反面、未だに謎が尽きない。念じるだけで出現、消失ができたり……本当、どういう仕組みなんだろう。


「えっと、俺は……もう24か。思ってたより歳離れてたな」


 ''もう"――テトさんのその言葉に、僕は違和感を覚えた。まるで自分の年齢が分かっていない……それこそ、フルミネと同じみたいな言い方に。


「あの、"もう"って」

「俺は孤児だからさ。自分の誕生日は知らないんだ」

「……すみません」

「こんなことで謝らなくていいっつの」


 テトさんは、僕の頭を小突いてそう言った。


「騎士団の半分は身寄りのない奴だから、さして珍しいことでもないしな」

「そうなんですか?」

「ああ、遊撃部隊も肉親がいるのはシンシアとグラディスだけだ」


 その話の通りなら、ラミアさんとレティの親はいないということになる。


「レティがこの騎士団にいるのは……」

「あいつの両親は元騎士団員だった」

「……亡くなったんですか?」


 テトさんは、少し迷うような表情を見せる。


 そして、彼は何も答えずに歩き始めた。僕達もその後ろに続く。

 ……否定はしてこなかった。つまり、そういうことなのだろう。


「どこに向かうんですか?」

「お前らに見せておきたいものがあるんだ」


 それ以上何も言わなさそうなので、大人しくテトさんについていく。


 しばらく歩くと、大きな円柱状の塔の前に着いた。

 ガロウナムスに着いてから、あの某電波塔のようにずっと見えていた建物だ。


「ここは?」

「蔵書塔。説明するより入った方が早いな」


 ――中に入って真っ先に視界を埋めたのは、塔の内壁一面の本棚だった。


「わあ……」

「見せたかったものって、これですか?」


 目を輝かせてあちこちに視線を向けているフルミネは可愛らしいと思う。それは見れて良かった。


 でも、僕は別に本が大好きという訳でもない。

 嫌いでもないし、こんなに本が並ぶ図書館なんて見たことがないから凄いとは思うけれど、それだけ。

 

「行くのはこの塔の屋上なんだが……フルミネ、本が好きなのか?」

「あ、その、そういう訳じゃないんですけど……ごめんなさい」

「いや、俺も本は苦手だし。一々謝らないでほしいんだけどな……」

「ごめんなさいっ……」


 テトさんは僕に助けを求めるように視線を向けてきたが、僕はどうすることもできない。できることと言えば、話題を変えることぐらい。


「屋上、でしたっけ? どこから行くんですか?」

「あ、ああ、こっちだ」


 テトさんは足早に歩き始め、僕達もそれに続く。

 すると、塔の一画には長い長い螺旋階段。それをひたすら上った先に、両開きの大きな扉があった。


「よし、開けるぞー」


 テトさんは気の抜けた声でそう言って、扉を両手で勢いよく開け放つ。


「わあ……!」

「……凄いですね、ここ」


 ――空を赤く染める夕焼け。

 ガロウナムスの周りを囲む壁がまるで地平線のように、夕日を隠し始めている。

 街に流れる水路の水がキラキラと輝いていた。それはまるで、夕方版イルミネーションを見ているかのように。


「ガロウナムスの隠れ名物はどうだ?」

「凄い……」

「綺麗です」

「それなら良かった」


 テトさんは満足げに頷くと、僕達にある事を問いかける。


「ここは、どうだ?」

「え?」

「綺麗ですよ?」

「……言い方が悪かった。昨日含めて、一日過ごしてみてどうだった?」


 テトさんの問いに対し、僕は少し考えてから答える。


「レティはいきなり銃を突きつけてきました」

「……レティがごめんな」

「グラディスさんが教えてくれた刀は、僕の世界と基本から違いました」

「が、頑張れ?」

「テトさん、団長ですけど情けなさが滲み出てますよね」

「……悪い。嫌になったか?」


 テトさんが不安そうに訊ねてきたので、僕は首を横に振る。


「レティは昨日、フルミネのために少しの間ベッドを貸してくれました」

「えっ」


 驚くように声をあげるフルミネをスルーして、僕は言葉を続ける。


「グラディスさんは、分からないところを質問したらしっかり全部答えてくれました」

「口の悪さも直ればいいんだけどなぁ」

「ラミアさんもシンシアさんも、テトさんも……なんだかんだで優しいですよね」

「……つまり?」

「僕は皆さんのことが好きですし、良いところだなって思います」


 月並みな表現しかできないけれど、これは僕が一日半を過ごして思った本心だ。

 環境が変わって慣れなければいけないところもあるけれど、そんなのは些末なこと。良いところであることに変わりない。

 

「私も……」


 僕が話し終わると、今度はフルミネが控えめに声を出す。


「……良いところだと、思います」

「フルミネ、あんまり無理しなくていいからな? 言いたいことははっきり言えよ?」


 フルミネの簡潔な一言に、テトさんは苦笑しながらそう言った。

 しかし、そんな彼の言葉に対して、フルミネは慌てた様子で弁解する。


「ち、違くてっ、だって、シンが全部言っちゃったから! それにまだ一日しか経ってないからやっぱりよく分からないしっ」

「……ごめん」

「あ、いや、シンは悪くないのっ!」


 どうやら、僕は少し喋りすぎたらしい。

 フルミネの話すことをなくしてしまったのは盲点だった。反省しないと……。


「本当に、シンは悪くないからっ」

「うん……」

「絶対分かってないよね!?」

「お前ら、本当に仲良いよなぁ」


 フルミネには詰め寄られ、テトさんには微笑ましいものを見るような目で見られる。


「でも、フルミネはシンみたいに不満とかないのか? 一つぐらいあるだろ?」

「うっ」


 テトさんが訊ねると、フルミネは言葉に詰まった。この反応からして、フルミネも何か言いたいことがあるようだ。

 彼女が陰口を言うとも思えないけど、僕も少し気になる。


 僕とテトさんがフルミネの言葉を待っていると、沈黙にたえられなくなった彼女はぽつりと呟いた。


「不満と言えるほどのことじゃないですけど……」

「それでもいいぞ。言いづらいなら無理にとは言わないけど」

「……シンシアさんが、怖かったです」

「それって、やっぱり昨日のか?」


 フルミネはブンブンと否定を込めるように首を振る。

 昨日の一件以外で、シンシアさんの怖いところってあっただろうか。


 フルミネは視線を横に逸らして迷うような素振りを見せる。そして、言葉を続けた。


「今日……目が、怖かったです」

「もしかして、組手の時か?」


 フルミネが伏し目がちに頷くと、テトさんは困ったように笑って言った。


「あいつの目が青くなるのはスキルのせいなんだ。だから、それは慣れてくれ」

「スキルですか?」

「[念力]っていうスキルなんだけどな、物を浮かせたり、飛ばせたり……そんなスキルだ」


 超能力のようなものか。

 凄く便利そうなスキルだが、僕は初めて会った時のことを思い出した。

 ――あの時、目が青く光って、不恰好な土色の刃物を四方八方に飛ばしていたこと。

 そして、あの後に謝り倒してきたこと。それらのことから、制御が難しいスキルであることが分かる。


「違うんですっ」


 フルミネはテトさんの言葉を否定すると、言いづらそうに、それでも言葉を続けた。


「あの、その、めっ……」

「め?」

「目つきが……」

「……なんとなく分かった」


 テトさんはフルミネの言葉を理解した様子で、頭を掻く。どうやら、スキルは関係なかったらしい。


「シンシアは必死なんだよ。神器もなしに七聖に追いつこうなんて考えてる辺り、真面目なのか馬鹿なのか……」

「じゃあ、フルミネが言ったシンシアさんの目つきって」

「フルミネが思わず神器を使ってしまうような状況を、本気で作ろうとしてたんじゃないか? あいつ、手加減されんの嫌いだから」

「あっ……」


 フルミネは心当たりがあるかのように声を漏らした。


「フルミネ、手加減してたんだ……」

「私が思いっきりやったら怪我させちゃいそうで……」


 僕との初めての戦闘訓練も、フルミネは手を抜いてくれていたっけ。

 一度だけフルミネに勝ったことはあれど、あれは半分不意打ちだった。今、正面から普通に組手をしても僕は勝てないだろう。


「流石、先代【雷聖】の娘だな……戦闘能力って遺伝するのか?」

「「え」」


 テトさんの言葉に、僕達は固まった。

 ――何故、テトさんがその話を知っているのか。これは、僕がグラスさんから"フルミネにまだ言わないでほしい"と口止めされていた内容だ。


「あれ、"ネフリティス"って、フルミネの名字で合ってるよな?」

「どうしてその話を……」

「先代【雷聖】エクレール・ネフリティス。騎士団の中じゃ有名だぞ。"雷神の生まれ変わり"とか、"常勝無敗の戦乙女"とか、"翡翠の悪魔天使"とか色々。ラミアが好きそうな二つ名ばかりだけどな」


 呼び名に関して色々突っ込ませてほしかったが、話が進まなくなりそうなのでその気持ちは飲み込む。


「フォース団長経由でフルミネの事情も説明されてるし、今まで表に出なかった理由も皆分かってるさ。誰も責めたりできないよ」

「……もしかしなくても、フルミネって有名人だったりします?」

「姿はともかく、騎士団員なら名前を知らない奴はいないんじゃないか?」


 テトさんは呆気からんと言った。僕は反応に困り、自然と視線も隣に向いてしまう。

 すると、なんとも言えない表情の彼女と目が合った。多分、僕も同じような表情になっている気がする。


「どうした?」

「……事情が立て込んでまして」


 まさかグラスさん自身が打ち明ける前に、こんな形でフルミネのお母さんの話を聞くことになるとは思わなかった。


 この状況は、控えめに言ってもかなりややこしい。

 しかし、フルミネがあの時聞いてくれていなかったらさらに拗れていただろう。そう考えれば状況はまだマシか。


「まあ、話しづらいなら別にいいよ」


 テトさんは遠慮するように、深くは聞いてこなかった。

 こちらも、話すとなれば一から状況を話さなければならなかったのでありがたい。


 心の中で感謝しながら、僕はテトさんに一つ確認を取る。


「今、フルミネのことを知ってる人は……」

「フルミネが騎士団に入るのは急な話だったから、名前以外はあんまり認知されてないと思う。まあ、それも時間の問題だけどな」

「ど、どうにかなりませんか……?」


 フルミネ自身も目立ちたくないからか、テトさんに訊ねる。

 しかし、彼は首を横に振る。言外に"諦めろ"ということだろう。フルミネは肩を落とした。


「そう落ち込まれてもな……遊撃部隊は元々目立ってるからどうしようもないんだよ。多少は街で視線浴びるだろうけど、慣れてくれ」

「それって、どのくらいですか?」

「日常生活に支障はないから安心しろ。俺達はあくまで騎士団員であって、見世物じゃないんだ」


 それなら安心……か? フルミネ以前、憂鬱そうにしているが、こればかりはどうにもできそうにない。


「……っと、日も沈んじまったな。そろそろ帰らないとな」


 気がつけば、見えていた夕日もガロウナムスの壁によって隠れてしまっている。

 空は未だ綺麗な橙色だが、先程よりは薄暗い。


 テトさんの後に続いて、僕達は螺旋階段を下った。そして、蔵書塔を出て、そのまま騎士団本部に戻ったのだった。










 ――魔人が襲来したのは、それからたった三日後のことだった。

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