表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/114

変わらない意志

「参ったな……」


 いくら引っ張っても、フルミネは僕の服の裾を離さない。皺になるのは避けられないだろう。

 しかも、これで眠ったままだというのだから、ある意味才能だと思う。


 僕が困っていると、レティが僕の服の裾とフルミネの腕を掴んで引き離そうと試みる。


「固い」


 しかし、早々に諦めてしまった。

 それも当然だ。僕が『S極』で外せるか外せないかの握力なのだから。

 ……寝てる時の方が握力が強いのは、やはり無意識下だからなのか。


 僕も諦めて、フルミネが寝ているベッドに浅く腰掛ける。そして、レティに頼むことにした。


「レティ、代わりに鍵持ってきてもらっていい?」

(あさ)らない?」


 そう言って、レティはジト目で見つめてくる。

 恐らくこの部屋のことだろう。気になるものは多いけど、流石の僕もその辺りの常識は(わきま)えている。


「漁らないよ」

「怪しい」


 まだ会って半日だから当たり前なのだけど、全くと言っていいほど信用されていなかった。


「魔道具、多い」


 多分、レティは"この部屋には魔道具が多い"ということを言いたいのだと思う。

 ……もしかして、この床を埋めている変な機械やパーツらしきものは、全部魔道具に関連するものなのか。


「つまり、この部屋には魔道具がいっぱいあって、好奇心で触られたくないってこと?」

「ん」

「まあ気になると言えば気になるけどさ……」

「本当?」


 レティのあまり開いていなかった瞼が、ほんの少し大きく見開く。意外な反応だった。


「見る?」

「いいの?」


 レティは頷くと、床に散乱する魔道具?の一つを何かを引っ張り出す。

 それは銅色で三角錐の物体。大きさは通信用の魔道具と同じぐらいだが、一体どんな用途で使うものなのだろうか。


「『起動』」


 レティの声に呼応するように、その物体の表面に幾筋の白い線が入る。そして、ふわりと宙に浮き始めた。


「それは?」

「遠隔操作式小型魔銃。『照準固定』」

「へー……」


 フルミネの腕の魔道具の機能にも『魔銃』があった。それと似たようなものだろうか。


「『発射』」

「うわっ」


 三角錐の先から放たれたBB弾のようなものは、僕の額にぶつかり霧散する。

 どうやら、三角錐の先が銃口になっているようだ。


「――って、何で撃った!?」

「……? 痛くない?」

「痛くはなかったけど!」


 むしろ、痛みを与えようとしていたということに驚きである。

 レティは僕の質問に答えることなく、別の魔道具を引っ張り出してきた。見た目はマジックハンドのようだ。

 

 そして、それを僕に向けると――。


「『発射』」

「ふんっ」


 射出されたマジックハンドの先端を、咄嗟に頭ではたき落とす。


「だから何で!?」


 思わず叫んだ僕は悪くない筈。理不尽すぎる。

 レティはというと、心なしか目が輝いているように見える。謎だ。

 そして、再び別の魔道具を引っ張り出してくる。もちろん、僕の質問は無視して。


「『起動』」

「あ、カッコいい……待って、駄目。それはいけない」


 レティが持っているのは驚くことに、あの某機動戦士が持っていたようなビームサーベル。彼女はそれを両手で構え、にじり寄ってくる。


「それ、絶対危ないよね」

「試し斬り」

「やめて!?」

「出力、弱い、安心」


 ああ、それなら安心……なんて流されるほど僕は馬鹿じゃない。


「天誅」


 問答無用で振り下ろしてきたレティに対し、僕は両手で受け止める。


「熱っ……!」

「あっ」


 想像以上の熱さに驚いた僕は、ビームサーベルの刀身を気合いで掴んで力任せにレティから奪い取る。

 すぐに(つか)の方に持ち代えると、ビームサーベルの刀身が消えた。


「返して」


 レティは無表情で分かりづらいが、慌てるように僕から魔道具を取り返そうと詰め寄ってくる。


「――っ!?」

「危なっ!?」


 何かに(つまず)き目を見開いたかと思えば、こちらに頭突く勢いで倒れてきた。

 僕はなんとかそれを受け止めたが、レティは僕の腹部に顔を埋めて動こうとしない。


「……えっと、大丈夫?」


 声をかけると、レティは顔を埋めながら首を横に振る……待って。その位置で顔動かさないでレティさん。


「足、小指」

「分かった。足の小指ぶつけて痛いのは分かったから、顔上げて。お願いだから」


 レティは無表情の顔で僕を見上げるが、そこから一向に動こうとしない。仕方がないので、僕はそのまま問いかける。


「それで、何でさっきから僕を攻撃するのさ」

「嫌がらせ」


 面と向かって言うかそれ……今更か。最初も酷かったし。


「新参者は気に食わない?」

「……違う」

「え?」

「遊撃部隊、不要」

「遊撃部隊が不要?」

「違う。に」


 "違う"をハッキリ強調され、さらに訂正される。一旦、言葉を整理しよう。

 気に食わない訳ではなく、ただ遊撃部隊に不要……ということだろうか。


「つまり、僕達は遊撃部隊にいらないってこと?」

「ん」


 何が違うのかは分からない。でも、彼女にとっては重要なのだろう。


「返して」

「……ああ、ごめん。はい」


 僕が魔道具を返すと、レティはその魔道具を後ろに放り投げてしまう。扱い雑だな。


「――っ」


 手にピリッとした痛みが走る。両手を広げてみると、どちらも軽く腫れていた。

 ビームサーベルを素手で受け止めたのは不味かったか。明日に支障が出なければいいけど……。


「……ごめんなさい」


 レティは立ち上がり、言った。相変わらず表情が読みづらいけど、悪いことをしている自覚はあったらしい。


「これぐらい、なんともないから」

「やり過ぎた」

「それで反省できるのは良いことだよ」


 僕は俯いているレティの頭を軽く撫でる。

 自分の過ちを反省するというのは、その過ちの大小に関わらず大事なことである。彼女の歳なら、それができれば十分だ。


「ありがとう」

「え? えっと……」


 レティに何故か感謝の言葉を告げられる。しかし、何に対しての感謝なのか分からない僕は、残念ながら情けない反応しか返せなかった。


「話、聞いてくれた」

「話?」

「魔道具」

「ああ、別にいいよ。僕も見てて楽しかったから。手は痛いけど」

「しつこい」

「…………」


 厳しい。僕の両手の原因はレティだというのに、厳しい。僕もわざわざ言う必要なかったけど、厳しい。


「行ってくる」

「あ、待ってっ」


 僕は部屋を出ようとするレティを呼び止める。


「また、見に来てもいい?」


 魔道具の話なら、レティと仲良くなれるきっかけが見出せるのではないか……そんな希望を抱いて、僕は彼女に訊ねる。


「駄目」


 ――が、そんな希望もあっさり打ち砕いて、レティは行ってしまった。




 ▼ ▼ ▼ ▼




 魔道具の話は、もっとしてみたかった。もうちょっとだけ、自慢、したかった。

 これ以上は駄目――そうと分かっていても、つい自分の心を許しそうになってしまう。


 でも、駄目。

 もう、あんな気持ちになりたくなりたくないから。

 怖いから。


 もっと怖い人が来ればよかった。我が儘な人が来ればよかった。

 それなら、私も簡単に切り捨てられたのに。楽だったのに。


 これからは、会話は必要最小限にしないと。

 あの人狼とも、【雷聖】とも。

 仲良くなっては駄目。

 情を持ってはいけない。

 辛いだけだから。

 私は今だけでも手一杯だから。

 増えたら、大変だから。

 家族を失うのは、もう――。




 ▼ ▼ ▼ ▼


 * * * *




 ――ロトン/8カ――




「腰をもっと深く、もう少し体を前傾にしろ。あと、肩の力は抜け」

「は、はい」


 グラディスさんに言われた通り、僕は構える。


「足の力も抜け」

「……無理です」

「抜け」


 この体勢で足の力なんて抜いたら確実に倒れる。顔面から地面に突っ込む。嫌だ。


「真面目にやれ。切るぞ」

「……冗談ですよね?」


 僕の言葉を無視し、グラディスさんは冷たい目で刀を構え始める。どうやら冗談ではないらしい。やるしかない。


「うわっぷ」


 グラディスさんに言われた通りにすると、僕は重力に従って前のめりに転んだ。


「何してんだお前」

「足の力を抜いたんです……」

「最低限は残せよ」


 さっきのが最低限だったなんて言えない。


 ――僕達、遊撃部隊は今、鍛錬場にいる。

 ラミアさんはテトさんとレティの相手、フルミネとシンシアさんは組手をしている。


 僕はグラディスさんに刀の扱い方を教わっていた。

 これは自分でも驚いたが、昨日の手の軽い怪我は既に治っている。人狼の再生力、やっぱり凄い。


「さっさと起きろ。時間は有限だ」


 この鍛錬場の使用時間は部隊ごとに定められている。因みに、遊撃部隊は今日は午前中のみ使えるらしい。


「体は前に倒れていい。だが、倒れ過ぎるな」

「もう少し分かりやすくお願いします」

「……体が倒れきる前に一歩踏み出せ。それと同時に刀を振れ」


 分かったような、分からないような。とにかく、やってみるしかない。

 鞘に魔力を込める。腰を深く沈ませて構え、体を前傾……自然と体が倒れた瞬間、一歩踏み出して――!


「斬る――あだっ!?」


 刀を振り抜く勢いが上乗せされた頭突き(ヘッドバット)を地面にして、鈍い音が響く。スキルで軽減されているとはいえど、普通に痛い


「……まあ、最初はそんなもんだろ。今やってるのは『竜式』の基本中の基本だ。それができなきゃ先になんか進めねえぞ」

「あの、体を前傾にする意味が分からないです」


 腰を深く沈ませるのはなんとなく分かる。足の踏み込みとか、体を安定させるためだったりするのだろう。

 しかし、前に倒れ込むのは体のバランスを崩すだけで、やらない方が刀も振りやすいのだ。


 そんな疑問を持っていた僕に、グラディスさんは呆れたように言う。


「常に最高の環境で振れるとは限らないだろうが」


 言われてみれば、確かに。

 だから、グラディスさんはあえて不安定な姿勢で抜刀するように言ったのか。


「今日だけで仕上げるなんて考えるな。できるまで、ひたすら繰り返せ」

「は、はい」


 そうして、僕は刀の練習を再開した。




 ▼ ▼ ▼ ▼




「やあっ!」


 錬成した剣が砕かれ、後退を余儀なくされる。手が痺れて、少し痛い。

 私はフルミネの追撃に備えて構えるが、彼女はそこで足を止めてしまった。


「だ、大丈夫ですか……!?」

「心配いりません。続けてください」


 私の言葉に、フルミネは戸惑いながらも構え直す。


 組手を始めて、心配されるの( これ )も三回目だ。"心配する余裕がある"ということは、まだ彼女は底を見せていないのだろう。

 魔人や魔物を相手している訳ではないのだから、骨折したって[回復魔法]で治るのに。


 そんな彼女と組手をしていると、少し苛立ちが募る。

 私はそこまで力不足か。私など、取るに足らない存在か。路傍の石なのか。


「……違いますよね」


 みっともない。手加減され、心配された挙げ句、その才能に嫉妬するなんて。醜いにも程がある。


「はっ!」

「――っ」


 接近。そして、フルミネの左肩に掌底。彼女は体勢を崩しながらも右足で蹴りを放ってくる。

 私はそれを左腕でいなそうとしたが、力を流し切れず――。


「ぐっ……!」

「あっ!?」


 頭を襲った強い衝撃が、私の視界を暗転させた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ