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僕が選びます

 フルミネは、黒を基調としたスーツのようなものの上に赤いマントを羽織っている。


「やっぱりな……」

「ん? おおっ、テトか。どうだ、この我の選んだ服は!」

「明らかに変だろ」

「なっ……!?」


 テトさんの容赦ないその言葉に、ラミアさんは膝から崩れ落ちる。


「今、私達がフルミネの服を選んでいたところなんですよ。でも、やっぱりこの服は変ですよね?」

「ああ、シンシアの持ってる服もどうかと思うけどな」

「がふっ」


 シンシアさんもラミアさんと同じように崩れ落ちかけるが、手に服を持っていたのでそれを汚さないためになのか、なんとか持ち堪える。

 因みに、シンシアさんが持っていたのはピンクのフリルがあしらわれた白のワンピースである。


「……いや、まだだっ。シンにまだ聞いていないっ」


 そして、矛先が僕に変わった。巻き込まれてはいけないものに巻き込まれてしまった感が否めない。


「そ、そうですねっ。センスの無いテトに聞いても無駄でした」

「酷くね?」

「シンはどちらが良いと思う!?」

「え、えっと……」


 テトさんを無視して、二人が僕に詰め寄る。


 どうしよう。女の子の服を選ぶなんて、孤児院の皆に選んであげたことぐらいしか記憶にない。

 子供服なら自信はあるけど、流石にそれは色々な意味で不味い。

 

 とりあえず、今のフルミネを見る。これはカッコいい系でまとめたコーディネートだろう。

 ……服に着られている感が拭えない。異質さを放つ赤いマントを取っ払ったとしても、子供が背伸びしてる印象だ。

 しかし、そこにギャップを感じて好ましい。


 対して、シンシアさんの持つ服。これは可愛い系でまとめたコーディネートだと思う。

 確かに、体型等も考慮すればフルミネに合っている。

 フルミネが自分から選びそうにない服だが、ある意味王道とも呼べる服だろう。

 つまり、好ましい。


 ――総評、フルミネなら何を着ても可愛い。


「し、シン……?」


 不安げなフルミネの声で僕は我に帰った。そうだ、選ばないと。


「僕が選びます」

「「「え?」」」


 ……チガウ。ソノエラブ、チガウ。

 一番最悪な回答ををした自覚はある。どうする自分……こういう時は一旦落ち着こう。落ち着いて対処するんだ。


「あ、あの、すみません、今のは聞かなかったことに「私もっ」……フルミネ?」

「私もっ、シンに選んでほしいっ……です」


 フルミネから思わぬ指名が入り、僕は固まる。とても嬉しい……ではない。フルミネさん、何故話を拗らせたんですかね。


 僕がどう弁解しようか考えていると、ラミアさんが呆れた様子で言った。


「まさか流れるように見せつけてくるとは思わなかったぞ……」

「でも、フルミネがそう言うなら。少し残念ですが、邪魔者は外で待ちましょう」

「どういうことだよ?」

「……流石はテト(空気読めない朴念仁)。理由は自分で考えるのだ。我らは外で待つぞ」

「え――痛い痛い力強い首痛い!」


 テトさんはラミアさんに首を引っ張られて入り口方向に引き摺られていく。


「私達は外で待ちますので、お二人は気にせずごゆっくり選んでください。あと、これは服代です」

「あ、ありがとうございます」


 僕にお金が入っているであろう小袋を渡すと、シンシアさんは二人の後を追って入口に歩いて行ってしまう。


 ――そして、残された僕達はその場でお互いの顔を見合わせた。


「行っちゃったね……」

「うん……」


 あまりの急展開に僕達は少し戸惑ってしまう。選ばなくて怒られるどころか、変に気を遣わせてしまったらしい。

 しかし、せっかくの厚意だ。ここは素直に甘えさせてもらおう。


「……それじゃあ、服見ようか」

「お、お願いします」


 かくして、僕達はぎこちない挨拶を挟んで服選びを始めた。


「フルミネは金属繊維とかの話は聞いた?」

「うん。私は金属繊維の服がいい。この体、重さは無視して動けるから」


 店内を歩き回りながら軽く確認を取る。

 フルミネの魔道具は、魔力を込めれば込めるほど出力が増す。

 そのため、普段は重さを感じることも少ないと聞いている。その分、体は凝りやすいらしいが。


「あと、動きやすい服がいいかも」

「袖と丈、短い方が良い?」

「……この手足って隠せない、かな……?」


 そう言って、フルミネは自分の体を隠すように抱く。ここまでの道中の視線のことを気にしているらしい。

 今出た条件をまとめると、金属繊維で動きやすくて手足が隠れる服か。探してみよう。


「ご、ごめんねっ、さっきから我儘ばっかりで……」

「別に我儘じゃないと思うけど……あ、これは?」


 黒のホットパンツを発見したので、手に取ってフルミネに聞いてみる。

 すると、フルミネは顔を赤くして僕にジト目を向けてきた。何故だ。


「シンはこういうのが好きなの……?」

「動きやすそうだし、フルミネに似合うかなーって思ったんだけど……」


 そう言うと、フルミネは迷うように唸り声をあげる。

 フルミネが迷う理由も分かる。義足の魔道具が全く隠せないことだろう。けれど、オシャレは服の上下二枚だけで決まるものではない。


「タイツ履くとか」

「この足じゃ履けないよ!」

「あ、そっか」


 義足用のタイツも特注ならありそうに思えるが、ザッと見た感じそれらしきものはない。


「外套羽織る?」

「前からほとんど見えちゃうじゃんっ」

「……やっぱりローブがいい?」


 この店には、あの最初の森で着ていたものによく似たローブも陳列されている。長年着慣れたタイプの服の方が動きやすいというのもあるだろう。


「……し、シンっ」

「ん? 何?」

「お任せっ、しますっ。だ、だからっ……上も選んでっ」


 まるで意を決したかのようにフルミネはこちらを見つめて言った。

 でも、ただの服選びにそこまでの覚悟はいらないと思うんだ。


「無理してない?」

「し、しし、してないっ」


 声、震えてるし。


 頑なにお願いしてくるということは、どうしても僕に選んでほしいのだろう。それに関しては、僕としても嬉しい。

 ……だけど、深呼吸まで始めるのはどうなんだろう。変な服を選ぶつもりはないのだけれど。


「うん……とりあえず、選んでみるよ」

「お願いしますっ」


 一抹の不安を抱きながら、僕はフルミネの服選びを再開した。




 * * * *




 服を購入して店から出ると、入口の近くでラミアさんとシンシアさんを見つける。


「お待たせしました」

「す、すみませんっ、待ってもらっちゃって……」

「よい。時間に縛られていては買い物も楽しめんだろう?」

「ありがとうございます……あの、テトさんは?」


 そんな僕の疑問にシンシアさんが答えてくれた。


「もうすぐ戻ってくるのでここで少し待ちましょう。シンが選んだ服はそれですか?」

「ふむ」

「うぅ……」


 フルミネは恥ずかしそうにしながらも、体を隠さないように後ろで手を組む。

 彼女は袖のないグレーのシャツに黒のホットパンツ、その上に彼女にしては少し大きめの外套を羽織っている。


「うむ、よく似合っておる」

「ええ、良いと思います」

「あ、ありがとうございます……」


 二人の言葉に、フルミネは顔を赤くしながら答えた。酷評されたらどうしようかと思っていたが、僕のセンスはゼロではなかったようでホッとした。


「買ってきたぞー」


 そこで、テトさんが茶色い紙袋を持って戻ってくる。


「おお、フルミネ、似合ってるじゃんか。良かったな」

「わわっ」


 急に撫でられたフルミネは驚いたように声をあげると、テトさんは「あっ」と声を漏らしてサッと手を引く。


「……悪い、子供扱いしちまった」

「団長、最低ですね」

「十割俺が悪かったけどそこまで言う!?」

「事実じゃないですか」


 シンシアさんに言葉のナイフで滅多刺しにされているテトさんに、フルミネが訊ねる。


「あの、その紙袋って何ですか?」

「ん、ああ、これか」


 テトさんは誤魔化すように茶色い紙袋の中に手を突っ込み、取り出したものに僕は驚いた。


「ベビーカステラ……!?」


 それは、元の世界で親しみのあった甘味だった。


「べびーかすてら?」


 シンシアさんが慣れない言葉のように復唱する。どうやら、そのベビーカステラに酷似した何かはベビーカステラではないらしい。


「すみません、僕の知っているものによく似ていたので」

「ああ、グラスから話は聞いている。シンはこの世界の人ではないのだったな。となると、それはシンの世界の食べ物か?」

「はい」


 僕はラミアさんの言葉に短く答える。


「これは"カスティラ"って言うんだけど、名前は少し似てるな。食べてみるか?」

「是非っ」

「お、おお。食いつき凄いな……?」


 テトさんからベビーカステラもどき――もとい、カスティラを一つ渡され、そのまま口に含む。


「どうだ?」

「……そのまんまでした。美味しいです」


 見た目通り、ベビーカステラだった。

 まさかこの世界でお目にかかることができるとは思ってもみなかったため、少し感激している。


「テト、フルミネが物欲しそうな目をしているぞ?」

「へっ!? ち、ちがっ」


 ラミアさんの言葉をフルミネは否定しながらも、視線はカスティラの入った紙袋から離れない。


「ああ、ごめんな。ほら、フルミネも食え」

「は、はいっ。いただきます……」


 フルミネはテトさんに差し出された紙袋におずおずと手を入れると、カスティラを一つ、そっと取り出す。

 そして、一口でそれを頬張った。


「おいひい……」


 頰を緩ませて呟く彼女を見ていると、こちらも自然と頰が緩んでしまう。


「本当に美味そうに食べますね……」

「テトに頼んだのは正解だったな!」

「俺もひとっ走りして買ってきた甲斐あったな」


 どうやらそれは僕だけではなかったようで、三人もフルミネを見て微笑んでいる。


「――っ!」


 そんな僕達にフルミネはようやく我に帰ったらしい。慌てた様子でカスティラを飲み込み、恥ずかしそうに口元を押さえた。


「ほら、まだまだあるから食え」

「あ、ありがとうございます……」


 しかし、テトさんが再び紙袋を差し出す。フルミネもまた、カスティラを一つ取り出して口に含んだ。


「おいひい……」


 そして、咀嚼しながら先程と同じように呟いたのだった。とても幸せそうな表情で。

 恥ずかしがっていたのに、直そうとはしないらしい。直らないだけかもしれないけれど。


「団長、なんで子供に餌付けしてんだよ?」


 声が聞こえて振り向く。そして、その人物の顔を見た僕は、驚きで言葉を失った――。

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