事情説明
――目を覚ますと、まず視界に映ったのは見知らぬ天井だった。
「また、誰かに助けられたのか……」
死にかけるのも二回目ということもあり、僕の頭は自分でも驚くほど冷静だった。
ゆっくりと起き上がって自分の状態を確認すると、両腕には包帯が巻かれていた。
そして、何故かパンツ一丁だった。パンツがまだ湿っていることから、助けられてからそんなに時間が経っていないことが分かる。
次に部屋を見回す。
用途の分からない道具のような物が、部屋の至るところに散乱していた。
窓はドアのある壁の反対側に一つだけあり、そこから見える赤い空が夕方であることを示している。
ここで、自分の動きに違和感を感じた。体が重い、というより動きが遅いようなそんな感覚。
……そういえば、『D極』にしたままだったっけ。
「『通常』」
――ちょうどそのタイミングで、カチャリとドアが開いた音が耳に入る。
ドアの方向を見ると、そこには元の世界ではまず見慣れない、一風変わった容姿の少女が立っていた。
小柄な体躯。
肩まで伸びる、透き通るような翡翠色の髪。
灰色の右目と、左目は焦点の合っていないような黄金色の瞳。
両手両足は銀色で、金属特有の光沢が見られる。
……しかし、僕はその一風変わった容姿にではなく、違う部分に目が吸い寄せられる。
そんな僕の視線を気にしていないかのように、少女は話しかけてきた。
「目、覚めるの早いね」
その少女の頬は赤みを帯びていた。
「……お陰様で。僕を助けてくれた人って、今どこにいるの?」
僕は少女がそのまま普通に話しかけてきたことに内心で驚きつつ、あえて指摘はしないでそのまま少女に質問する。
「助けたのは私、ここには私一人で住んでるの」
「……助けてくれてありがとう」
「う、うん……」
目の前の少女が自分を助けてくれたことを知り、ひとまずお礼を言う。
少女はぎこちなく笑った。しかし、その表情は固く、お礼を言われて照れ臭そうにしているようには見えない。
そして、少女はついに、僕の視線に突っ込むように口を開いた。
「……は、恥ずかしいから……あんまり、見ないで……」
消え入るような声でそう言った少女は前屈みになり、腕で自分の体を抱えるようにして体を隠す。
――彼女は、下着姿だった。
「ごめん……」
今さらになって顔を背ける。本当はもっと早く目を背けるべきだったのに、ガッツリ見てしまった。起伏のあまりない体のラインと、ベージュ色の無地の下着を。
……僕も男子高校生なんだから、これは仕方ないと思うんだ。
「――もういいよ」
少女の方に再び顔を向けると、彼女は灰色のローブを纏っていた。
「風邪引くといけないから、君も着て」
「あ、ありがとう」
僕はそれを上から被るようにして着ると、それは調度良いサイズだった。
……どうして僕のサイズまであるんだろう。僕も背は低い方だけど、かなり身長違うよな。
そんな疑問を抱いていると、フルミネがおずおずといった様子で口を開く。
「君に聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「大丈夫だよ。えっと……」
「あ、ごめんね、自己紹介が先だよね。私の名前はフルミネ・ネフリティス。フルミネでいいよ」
「よろしく、フルミネ。僕の名前はシン」
少女――フルミネは、僕の名前の名乗り方に疑問を覚えたようだった。でも、それも当たり前だ。
「"シン"は名前だよね? 名字は?」
フルミネは純粋に疑問なのだろう。それにしても、こんなこと久々に聞かれたな……。
「……答えづらかったらいいよ?」
僕の様子がおかしいことに気づいたのか、フルミネは遠慮するように言う。
……彼女は恩人だ。恩には誠意で返さないと。それに、別に答えづらい訳ではないから、答えない理由なんて元々ない。
「僕は名字が無いんだ。母親にも名字が無かったらしいよ」
「今時、そんな人もいるんだ……って、"らしい"?」
「僕を産んで死んじゃったんだ。言伝だから"らしい"ってこと。それに、父親は見たことないから分からないし」
「……ごめんなさい」
謝られるようなことじゃないんだけどな。
とりあえず、フルミネは悪くないという主旨の言葉を伝えようと試みる。
「僕が勝手に話したことだから謝らないでいいよ。今までも色々な人に散々説明してきたしね」
「でも」
「さっきの事故もあるし、むしろ謝りたいのは僕の方で……」
「あ……~~~~っ!?」
……完全に今のは失言だった。フルミネは顔を真っ赤にして蹲ってしまう。
「そ、それより、聞きたいことって?」
気まずい空気にさせないために、僕は誤魔化すように話を変える。
フルミネは蹲ったまま、顔だけをあげて問いかけてきた。
「じゃあ聞くけど、何で君はこの森にいるの?」
それは、あの巨大亀にも聞かれた質問。
「道に迷ったから……かな?」
神様の話を正直にしても信じてもらえるとは思えなかった僕は、ぼんやりとした答え方をする。嘘は吐いていないし、これは本当のことだ。
「この森には入ってこれない筈なんだけど……?」
しかし、僕の言葉はすぐに否定されてしまう。
「どういうこと?」
「本当に何も知らないんだ……ゲンさんがね、自分だけが通れる結界をこの森に張ってるの。この森に人が入ってこれないように。私も壊せなかった」
"壊せなかった"という少々野蛮な単語を軽く聞き流す。そして、フルミネに新たな疑問を投げかけた。
「ゲンさん? 他にも人がいるの?」
「人じゃないけどね。私の唯一の話し相手で、この森を守ってくれてるんだけど……【水帝】って言えば伝わるよね?」
すいてい、ね。
「何それ」
「……えっ」
聞き慣れない単語だったので聞き返してみると、フルミネは石のように固まってしまう。
「……フルミネ? フルミネさん? フルミネさーん?」
固まったフルミネに、僕は何回か声をかけてみる。
「嘘だよね?」
なんとか我に帰ったフルミネはシンに聞き返した。
ここで嘘を吐いても仕方ないので、僕は首を横に振る。
「あとで聞こうと思ってたんだけど、今聞いてもいい? シンって、どこから来たの?」
「……信じるかどうかは任せるよ?」
そして、僕はここまでに至る経緯をフルミネに話し始めた――。
* * * *
「――えっと、シンは違う世界から来て、元人間で、召喚して、それから、それから」
フルミネはしどろもどろになりながらも、声に出すことでシンの話を頑張って理解しようとする。
でも、訂正するならば、僕は"召喚した"のではなく"された"のである。
フルミネの脳みそがパンクしそうだったので、僕はフルミネに声をかける。
「落ち着いてー、フルミネさーん、深呼吸、深呼吸ー」
「すーー、はーー、すーー、はーー……」
フルミネは大きく深呼吸をする。
そして、多少落ち着きを取り戻したフルミネは、僕にあるお願いをしてきた。
「もう一回説明して。最初から」
最初から?
「最初から……」
「ご、ごめん……一回じゃ理解できなかったから……」
――結局、彼女への説明が二回で済むことはなく、フルミネが僕の話を理解する頃には日もすっかり暮れてしまっていた。