弱くても
ラミアさんが落ち着いた頃には、あのピリピリした空気もすっかりなくなっていた。
そして、僕達は再び目的地まで歩き始める。
「痛い……伸びた……絶対伸びた……」
「う、うむ。すまぬ、やりすぎた」
フルミネは頬をさすりながら恨みがましく言い、ラミアさんが少し焦りながら平謝りをしている。
「だ、だが、変な質問をしたシンも悪いと思うのだっ」
「責任転嫁はやめましょうか」
確かに原因はそれかもしれないが、何でも答えてくれると言ったのはラミアさんである。
「そういえば、シン、すぐに助けてくれなかった……」
「それに関しては本当にごめん」
フルミネのことを無視して質問した僕も悪いか……あれ? もしかして、僕が一番悪いのでは。
「――着きましたよ。ここがいつも私達がお世話になっている守人用装備専門店です」
そんなことを考えていると、ようやく目的地に着く。
ここに来た理由は服を買うためだ。
僕とフルミネは今、ホムストで買った服しか持っていない。つまり、一種類しか持っていないのである。
「おお、着いたかっ。よし、行くぞフルミネ! 我が選んでやろう!」
「え、待っ――」
着いて早々、ラミアさんはフルミネの腕を引っ張って店内に入っていってしまった。テンション高いな。
「……少し心配なので私も後を追います。なので、団長はシンのことをお願いします」
「おう、分かった」
団長さんが答えると、シンシアさんは二人の後を追っていく。
「俺らも入るか。男物が売ってるのは二階だからな。案内するよ」
「お願いします」
僕も団長さんに先導されながら店に入る。そして、店内を軽く一周、グルっと見て回った。
「どれがいいんだろ……」
防具のような重い服もあれば、僕が今着ているような軽くて薄い服もある。金属繊維、革、布……大きくわけてこの三種類だ。
金属繊維というのは、一見して布のような柔らかい生地であり、触った感覚として金網に触っているかのようなものだった。
金属と言うだけあってそれなりに重量がある。具体的に言えば、ずぶ濡れになったコートのような重量感だ。
次に革製。これで作られていた服は少し固く、伸び縮みもない。デニム生地に近いかもしれない。
それでも、金属繊維の服より断然軽く、布よりは頑丈だろう。
最後に布製だが、これは僕が今着ているホムストの服がこれに該当する。
安価で軽くて動きやすいが、耐久性はないに等しい。現に【煉獄】との戦いで一着、戦王との一戦で一着、フルミネのフライングリバースで一着と、合計三着廃棄になってしまっている。
「まず、シンの戦い方ってどんなものなんだ?」
「素手ですね」
「……素手はやめとけ」
団長さんの反応があまり芳しくない。素手って変なの?
「理由を聞いても?」
「直接触れられる魔物なんて【響獄】の魔物しかいないから」
……はい?
まさかそんな筈は……いや、確かに【煉獄】の時の魔物は全身が燃え盛っていたりして、まともに触れられるような魔物はいなかった。
フルミネの話を聞く限り【溶獄】は酸系の魔人だろうから、【煉獄】の時同様に魔人と同じ系統……つまり、酸系の魔物であることが推測できる。
「どうしましょう」
「グラディスに剣でも教われ。俺から頼んでおくよ」
「グラディス?」
「もう一人、お前がまだ会ってない団員だ。口が悪いところはあるけど、良い奴だから安心しろ」
そういえば、遊撃部隊は五人で、まだ一人会っていない人がいた。でも、団長さんがそう言うなら安心できそうだ。
「団長さんのオススメってあります?」
「接近戦ならやっぱり金属繊維だな。俺とシンシアとグラディスがこれだ」
「ラミアさんとレティは違うんですか?」
「レティは後方支援だし、ラミアは超動き回るから布と革の二つを混ぜたやつだったと思う。騎士団員で布だけはあまり聞かないな」
そっか。動き回る場合は軽い服の方が機転が利くのか。
「なら、僕もそれにします」
「……ん? 接近戦じゃないのか?」
「その方がいざという時に動けそうなので」
僕が答えると、団長さんから笑みが消える。そして、真剣な表情で問いかけてきた。
「シンの言う"いざという時"っていつだ?」
「誰かが危ない時……ですかね」
「その時、お前はどう動く?」
「庇うと思います」
自分の体一つで助けられる人がいるなら、それが仲間なら尚更、庇うに決まってる。
「じゃあ、金属繊維な」
「えっ」
「俺が入団祝いで買ってやる。好きなの選べ」
「そ、それならぬ「金属繊維の服だけだからな」ええ……?」
団長さんは何が何でも僕に金属繊維の服を買わせたいらしい。"庇う"と言ってしまったのは失敗だったかもしれない。
「あのな、庇うのが悪いとは言わない。ただ、庇われた方のことも考えろ」
「…………」
団長さんのその言葉に、僕は答えることができなかった。それ以外の答えが分からなかったから。
「あと、俺のことは"テト"でいい。団長って呼ぶな」
「どうしてですか?」
「グラスさんかコンビニさんから聞かなかったのか?」
何の話だろう。騎士団の話も七聖がいることぐらいしか聞いていない。
「……同じ部隊だし、先に話しておく。俺は団長に……ましてや、七聖の資格なんてないんだよ」
団長……テトさんは、自嘲するように言う。
「俺は弱い。多分、この騎士団の誰よりも」
「それは、どういう――」
「言葉通りだよ。戦場でも碌に戦えない足手まとい……それが俺だ」
テトさんは僕の肩に手を置いて言った。
「さっきの話に戻るが、俺のことは絶対に庇ったりすんな」
「嫌です」
「頭おかしいのか?」
「酷くないですか?」
いくら僕が身体の頑丈さに自信があっても、心は普通ですからね。普通に傷つきますからね。
ガラスまではいかなくても、蒟蒻ハートですからね。
「いや、だって、まさか、シンはこんな俺も助けるつもりなのか?」
「弱いからって庇わない理由になると思います?」
僕がそう言うと、テトさんは口を半開きにしてポカンとしている。
「テトさん?」
「すげえな、お前は」
テトさんにいきなり褒められ、僕は返答に困った。
こう言う時は"ありがとうございます"と言うべきなのだろうか。褒められた理由がいまいち分からないが。
僕が迷っていると、テトさんは言った。
「まっ、どっちにしても俺は庇わなくていい」
「いや、だからそれは」
「――俺が【盾聖】だからだよ。神器の力があるんだ。そう簡単に死なないっつーの」
「……神器の力?」
「シンって結構無知だよな」
失礼な……と言いたいところだけど、事実だったので否定できない。
「説明お願いします……」
「おう」
僕が頼みにテトさんは快く受け入れ、説明を始める。
「神器にはそれぞれ、人の力を超えた特別な能力を持ってるんだけど……その反応は初耳か?」
「漠然と、凄い力があるっていうことしか知らなかったです」
「ああ、それが普通の認識で間違いない」
それを聞いて、僕はホッと胸を撫で下ろす。僕が非常識という訳ではなかったようだ。
「例えば、ラミアの神器はそれぞれ『増幅』と『吸収』って力がある。俺の神器の力は『守護』だ。これは騎士団の皆が知ってることだな」
「……フルミネの神器は?」
僕はフルミネとあまり神器の話をしたことがない。
それ以前に、話そうとも思ったことがない。だから、少し気になってしまった。
「分からん」
「え?」
「【雷聖】の神器だけは謎が多いらしい。現状だと『複製』なんじゃないかって話もあるみたいだけどな」
「そうですか……」
知ってどうするという話でもあるが、フルミネのことを知ることができなかったと考えると少し残念だった。
「あ、そうだ。さっきの話、フルミネにも話しておいてくれ」
さっきの話というのは、"団長と呼ばない"云々の話だろう。
「テトさんから直接言わなくていいんですか?」
「後輩の女の子に"俺は弱い"って言えと?」
「……すみません」
想像するだけでキツい。精神的に。
「それで、服は決まったか? 最低でも二、三着は選べよ」
「あ、はい――」
話に区切りが着いた辺りで、僕は服選びを再開した。
* * * *
服を三着ほど買ってもらった後、僕達は階段を下る。
「本当にありがとうございます」
「いや、いいって。どうせ金なんて普段あまり使ってないからな。それより、フルミネが少し心配だ」
「フルミネが、ですか?」
テトさんは頰を掻き、苦笑いを浮かべながら言う。
「あいつら、自分のことは無頓着な癖に他人を着飾るのは好きだからな」
「……なるほど」
――そうして、階段を下りた所で聞き覚えのある声が聞こえた。
「やはり我はこれを推す! カッコいいぞ!」
「いえ、フルミネは可愛らしいものが似合いやすいんです。なので、そんな個性を上書きするような服は認められません」
「あ、あの、あと何着着れば……」
声の聞こえる方向――試着室の方へ向かうと、テトさんの予想通り、フルミネは二人に着せ替え人形にされていた。




