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片言少女と消えた団長

『俺も他の団員に挨拶回りしてくるから、ここまでだな』


 グラスさんと別れた後、ラミアさんにそう告げたコンビニさんとも別れた。


 ――そして、僕とフルミネは騎士団本部の中にある"寮区画"へと案内されたのだった。


「こちらが私達の部隊が使用している区画になります」

「空き部屋が多いから、好きな部屋を選んでいいぜ」


 好きな部屋か……。

 直線廊下で左右に扉が五つずつで、合計十部屋。部屋の使用者の名前と思われるプレートが付いている扉は、右側の手前四つと左側の一番奥が一つ。


「部屋ごとに何か違いはありますか?」

「いえ、全く同じです」


 シンシアさんが答えてくれたけど、じゃあ何を選べと?


「私はシンの隣の部屋がいい、かな」

「……なるほど、そういう選び方もあるか」


 そうなると、必然的に部屋を選ぶのは左側になる。さて、これで四択だ。


「――あんまり変わってないしっ」


 思わず本音を吐き出してしまったところで、左側の一番奥の扉が開く。すると、ひょっこりと、橙色の獣耳を生やした少女が顔だけを扉の外に出してきた。


「レティ、どうした?」

「声、聞こえた。誰?」

「この二人が一昨日に話した新入団員だ」

「その人達?」


 ラミアさんの言葉を聞いてか、少女はこちらに向かって歩いてくる。背中には、大きな長銃を担いでいた。


 身長はフルミネより少し高い。でも、騎士団にいるぐらいだから見た目年齢は当てにならないのだろう。

 そんなことを考えていると、彼女は僕の目の前で立ち止まった。


「――へ?」


 そして、僕の鼻先に銃口を突きつけてきたのだった。


 それは、一見スナイパーライフルのようなもの。大きなそれを()()で突きつけてくる彼女は、こちらを睨みながら微動だにしない。


「何してんのお前!?」

「これからの仲間になんてことを! 銃を下ろしなさい!」

「認めない」


 団長さんとシンシアさんの声を無視して、小さな、それでいてハッキリとした声で彼女は言う。


「出ていけ」


 脅し、なのだろう。

 ラミアさんは一昨日、僕達のことを話したと言っていた。今分かることは、彼女がそれに納得していないということ。


「し、シン……」

「大丈夫」


 銃を突きつけられたのは初めてじゃない。それに、一つ分かっていることもあったので、心にはある程度余裕があった。


「撃ってみなよ」

「――っ」


 銃口を掴んでそう言うと、彼女は驚いたように目を見開く。


 彼女は撃たないという確信があったのだ。

 この距離で、狙っている場所が顔であるということ。そして、僕の予想するものが撃ち出されるならば、即死は免れない。


 そうなると、彼女は従わなかったら僕を殺す気なのか、という話になる。

 ……そんな人格破綻者が、人を守るための騎士団にいるなんて考えにくかった。つまり、これはただの威嚇。


「こ、ころ――っ!」


 震えた声で何かを言いかけた彼女は、いつの間にか背後に回り込んでいたラミアさんによって羽交い締めにされる。


「痛い」

「シン、すまぬっ。我に免じてレティを許してやってくれっ。この子は優しい子なのだっ」

「痛い」

「僕は大丈夫ですけど……痛がってますよ?」


 無表情で半開きの目をこちらに向けながら、ずっと"痛い"を連呼している。棒読みなのか元々そういう話し方なのか、僕には判別できない。


「腕を()めてるからな」

「何故!?」

「痛い」


 ただ羽交い締めにしてるだけだと思っていた。何してるのこの人。


「痛い、痛い」

「こうでもしないと、レティのスキルがな……レティも反省したら謝るのだぞ」

「…………」


 彼女はラミアさんの言葉を無視。さらには、まるで意地でも謝るものかとでも言うかのように見つめてくる。


「仕置きが足りないようだな」

「――いたっ、痛い、痛いっ」


 沈黙する彼女に対し、ラミアさんは極める力を強めたのだろう。

 耳がピンと伸び、毛が逆立っている。手足をジタバタさせている彼女の瞳は心なしか潤んでいるようにも見えた。


「あの、僕は大丈夫なのでその辺りに……」


 流石に見ていて可哀想になってくる。

 それに、本人がここまで拒絶しているなら無理に謝ってもらわなくてもいい。実害もなかったし。


「……シンが優しくてよかったな。ちゃんと挨拶はするのだぞ」


 そう言って、ラミアさんは腕を離すと、僕をキッと睨みながら言った。


「レティサスティアン・セントクワイエッタ」

「ごめん、何て?」


 何を言ってるのか全く分からなかった。僕が軽く思考停止をしていると、フルミネが口を開く。


「た、多分、名前だと思う」

「……そうなんですか?」

「はい、私達は"レティ"と呼んでいます」


 一気に短くなったな。

 ……気を取り直して、僕達も返さないと。


「僕はシンです」

「私はフルミネ・ネフリティスです」

「シン、名前? 名字?」


 きっと、レティさん自身の名前が長いから、余計に僕の名前の短さが気になったのだろう。


「名前です。僕は両親を知らないので、名字は分からないんです」

「知らなくても、分かる。敬語いらない。私、十四。多分年下」

「あ、はい」


 見た目年齢、本当にそのままだった。

 そんな歳で騎士団に入っているのは何か理由があるのか。気にはなったが、今はそれよりも気になる言葉があった。


「知らなくても分かる……とは?」


 僕が首を傾げていると、団長さんとシンシアさんに訊ねられた。


「そういえば、俺もちょっと気になってたんだよな」

「実は私も少し……シンは名字がないのですか?」

「あるとは思うんですけど、知らないんですよ」

「知らなくても、ステータスカードで名字は分かりますよね?」

「え?」


 ステータスカードで、分かる?


 僕は自分のステータスカードを出して名前の欄を見るが、名前の欄には「シン」としか書かれていない。

 ……あと、王都でカード直してもらうの忘れてた。今のところ不便はないからいいけど。


「これはまた、派手に壊したな」

「それもだけど、突っ込みどころ多すぎないか……?」

「本当に名前だけなんですね……」

「変」


 皆が僕のステータスカードを覗き込み、言いたい放題言ってくる。


「これ、何?」


 レティは[■■](例の読めないスキル)を指差した。


「ずっと文字化け起こしてて分からないんだよね……だから王都でステータスカードを直してもらおうとしてたんだけど」

「――そういえば、すっかり忘れてた……! シン、ごめんっ」

「いや、別に不便もないから大丈夫」


 フルミネに謝られてしまうと申し訳なくなる。

 そもそも、僕もこのスキルの存在自体を今まで忘れていたのだ。だから彼女は一切悪くない。


「……もういい」


 レティは興味を失ったのか、踵を返して自室に向かって歩いていく。


「部屋、使うならその二つ」


 レティは自室に入る前に、左側の一番手前とその隣の部屋を指差した。


「レティ……」

「……ああ、そういうことか」


 シンシアさんと団長さんは何かを察したのか、悲痛な表情を見せる。


「すまぬが二人とも、レティの指定通りでよいか?」

「はい」

「私も大丈夫です」


 話があまり見えてこないまま、僕達はその指定を了承した。元々どの部屋でも構わなかったから。


「戻る」


 レティはそう言って、再び自室に戻ってしまう。


「……よし、気を取り直して、ガロウナムス観光だ。ほら、二人は早く部屋に荷物置いてこいっ」

「「は、はいっ」」

「これがその部屋の鍵です」


 団長さんに促され、シンシアさんに鍵を渡される。そして、指定された部屋に自分の荷物を置きに行った――。




 ▼ ▼ ▼ ▼




 人狼の少年の後ろ姿を見ながら、私は思い返していた。レティに銃を突きつけられた時の、あの少年の表情を。


 ……いくらレティが撃たないと分かっていたとしても、あれは確かに実銃だったのだ。

 一体、どんな環境で育ったらあの状況で笑うことができる――?




 * * * *


 ▼ ▼ ▼ ▼




 騎士団本部を後にした僕達は、とある場所に向かって歩いていた。


 甘味が美味しい喫茶店、肉料理が評判の店、守人(ガーダー)集会所、たまに当たるらしい占いの館……三人に説明されながら、僕達はそれらの横を通り過ぎる。


「やはり、視線が気になるな……」

「そうだなぁ」


 ラミアさんの呟きに団長さんが同意する。


「ご、ごめんなさい……」

「フルミネが謝ることではありませんよ」


 フルミネが謝ると、シンシアさんがフォローを入れる。

 彼女が謝った理由は、その原因が他でもない彼女自身だからなのである。


 フルミネの手足は義手と義足であり、それが左右どちらもだ。

 そんな人が、しかも外見は年端もいかない女の子だということもあるのだろう。通行人から物珍しいものを見るような視線を浴びていた。


 王都の時も少なからずそんな視線を浴びていたものの、その時は気にする余裕もなく、視線もここまで多くはなかったと思う。


 そして、残念ながらホムストの服の丈はさして長くない。加えて、大通りを歩けばそうなってしまうのは当たり前の話だった。


「……あの、ずっと気になってたことがあって、一つだけ聞いてもいいですか?」

「何でも聞くがよい!」


 フルミネは遠慮がちに質問すると、ラミアさんは胸を張って答える。


「団長って、クラージュさん……なんですか?」

「ん? 俺の話か?」

「えっと、違くて、前の団長さんって……」


 ――"()()()()"。その言葉が出た瞬間、三人の顔が曇った。


「そうか……フルミネはグラス達の元で育てられたのだったな。面識もあるだろう」

「フォース団長は、三年前に殉死しています」

「……殉死?」

「というより、神器を遺して失踪したのだ。だから、どこかで生きているのかもしれない」

「それはありえないだろ」


 団長さんの可能性を否定する呟きに対し、シンシアさんが胸ぐらを掴んで言い放つ。


団長(貴方)がそんなことを言わないでくださいっ!」

「だって、そうだろ!? 神器が俺を選んじまったんだ! なら、もう――」

「シンシア! テト! 二人の前でみっともない真似はやめろ!」


 ラミアさんが二人を怒鳴りつける。

 すると、シンシアさんは団長さんから手を離し、胸ぐらを掴まれていた団長さんはその場で俯いてしまう。


「シン、フルミネ、気を悪くさせたようならすまぬ」

「こ、こっちこそごめんなさいっ」


 フルミネの謝罪に答えるように、ラミアさんは彼女の頭に手を置いた。


「これは我達が未熟故に起きたことだ。フルミネは謝らんでよい」

「でも……んにゅっ」


 フルミネがさらに否定しようとすると、ラミアさんは彼女の頬を両手で挟んだ。


「きっと、今まで大変だったよね」


 ――そして、普通の口調の、優しい声色で話し始める。

 先程までの明らかなキャラ付け口調と比較すると、どうやらこちらが素の口調のようにも思えた。


「フォース伝いで、フルミネのことはある程度聞いてる。でも、私達が悪いって言ったら悪いんだから、謝らなくていいの。分かった?」


 その言葉使いにフルミネは驚いた様子でありつつも、こくりと頷く。


「……こほん。ほれ、テト、シンシア」

「すまん……」

「私も、すみませんでした……」

「フルミネ、二人を許してくれるか?」


 口調が元(?)に戻ったラミアさんに問われ、フルミネは頷く。


「シンもすまぬな」

「……いえ、僕は何も。でも、一つ聞きたいことが」

「何だ? 何でも答えるぞ」


 ラミアはフルミネの頬を挟んだまま、笑ってそう言った。

 フルミネは助けを求めるようにこちらを見てくるが、今は先にこの疑問から片付けたい。


「どうしてわざと変な口調に変えてるんですか?」


 僕が問いかけるとラミアさん微笑んで、ゆっくりとフルミネに視線を戻す。


「ふ、フルミネの肌はモチモチのピチピチだなー!」

「いひゃっ、いひゃい!」


 そして、誤魔化すようにフルミネの頬を引っ張り始めた。


「ラミアのそれは趣味みたいなものですよ」

「まあ、気にしたら負けってやつだ」


 ラミアさんとフルミネを横目に、シンシアさんと団長さんによって説明を補足される。

 厨二病に近いものとして考えればいいのだろうか。


「ふぃ、ふぃんっ、ひゃふふぇふぇっ」


 ……そろそろ助けよう。

今話の中盤の視点、少し分かりづらいと思うので明言しておきますと、ラミア視点です。

ラミアの素の口調の一人称は「私」になります。

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