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新たな出会いと暫しの別れ

 建物の中に入り、僕達はとある場所に案内された。


「ここが鍛錬場……まあ、名前どおりの場所だな」


 僕とフルミネに、コンビニさんはざっくりとした説明をする。

 鍛錬場の中央を見ると、三人の男女が戦っている模様だった。


「なんだなんだ! 守ってばかりじゃ我は倒せんぞ!」

「言われなくともっ、分かってますっ」

「わっ、ちょっ」


 ……戦い、なのか?

 蝙蝠のような黒い翼を生やした赤髪の女性が、赤い液体を操って空から二人の男女を一方的に攻撃していた。


 紫髪の三つ編みの眼鏡を掛けた女性は一本の剣で、藍の短髪の男性は大きな盾でその攻撃を防いでいる。


「……血?」


 そのフルミネの呟きで僕も気づいた。女性が操っている赤い液体が、血液であることに。


「あれが七聖の一人、【双聖】のラミア・シャンスだ」

「【双聖】……」


 ――【双聖】は二つの神器に選ばれた、七聖の中でも特異な存在であると予め聞いている。

 見れば、確かに腕と足にリングのようなものを身に付けている。きっと、あの二つが神器なのだろう。


 すると、シャンスさんがこちらに気づいた素振りを見せる。

 ……あ、手も振ってきた。二人を相手にしているのにも関わらず、余裕が見える。


「団長! あれをやります!」

「待って待って待って!?」


 しかし、二人は彼女の攻撃を捌くのに必死で全く気がついていないようだった。

 眼鏡の女性がもう一人の男性に声をかけると地面に手を付く。


「アイギスっ、拡大と湾曲!」

「『錬成』!」


 男性の持つ大盾は彼を囲うように筒状に変形する。

 女性の周囲の地面からは無数の不恰好な剣が飛び出し、宙に浮かぶと、全方位に一斉に放たれた。


 ……全方位に、だ。つまり、当然こちらにも飛んでくる。


「あいつらっ……『風へ「しなくていい」え?」

「――人使いが荒ーいっ!」


 グラスさんがコンビニさんを静止すると、僕達の前にシャンスさんが飛んできた。そして、一瞬で血液を固めたような壁を作り出す。


「グラスなら、同じようなことできるだろう?」

「こっちは飛行船で魔力使ってるんだよ。それに、お前は簡単に魔力が補給できるだろ。少し節約させろ」

「……後で徴収してもいい?」

「それはこの節約の意味がないんだが」


 壁の向こう側から聞こえる破砕音が聞こえている筈なのに、二人は少し気の抜けた会話をし始める。


「テト、シンシア、中断だ!」

「え?」「へ……?」


 シャンスさんが二人に呼びかけると、今まで鳴り響いていた破砕音も収まった。


「……ああああああ!?」


 次に聞こえたのは女性の絶叫。

 こちらに向かって全速力で駆けてきた上で、地面に叩きつける勢いで頭を下げた。


「すすすすみませんでしたっ! お怪我はありませんでしたかっ……!?」

「ない。だから落ち着け」


 顔だけ上げてこちらを伺う彼女に、グラスさんは困り顔で言葉を返す。


「相変わらずだな」

「コンビニさん!? お、お久しぶりです!」

「おう、久しぶり。ラミアも久しぶりだな」

「……久しぶり、だな」


 当たり障りなく言葉を返したシャンスさんは、どこかコンビニさんの様子を伺うようにおずおずと訊ねる。


「騎士団に戻ってきたのでは、ないのだな?」

「ああ、今日は様子を見に来ただけだ」

「……うむ、そうか。我はまた会えただけでも嬉しい」


 そう言ってシャンスさんははにかむが、それはどこか寂しそうにも見えた。


「それで、その二人が戦王から聞いてた新規の団員か?」

「ああ、そうだ。二人とも、自己紹介しとけ」

「……あの、団長は待たなくていいんですか?」


 シンシアさんの後方に、重そうな盾を引きずりながらこちらに向かってくる男性が見える。

 聞き間違いでなければ、"シンシア"と呼ばれた女性があの人を"団長"と呼んでいた。団長抜きに話進めるのはどうなのだろう。


「気にしなくても構いませんよ」


 女性――シンシアさんは良い笑顔でそう言った。

 ……団長の扱いが悲しいことになっているのがよく伝わってくる。


「シンシアはいつもテトに厳しすぎるぞ」

「団長にはこれぐらいが丁度良いです」

「全く……それじゃあ私……ごほん、我からやろう。我はラミア・シャンス! 最強の七聖である【双聖】であり、吸血鬼である! 気さくにラミアと呼ぶがいい!」


 ――静寂が訪れる。


 意気揚々と言い放った彼女の言葉は、見た目に似合わない幼さを感じる。

 あと、明らかなキャラ付け感がある。これはスルーした方がいいのだろうか。


「……し、シンシアっ、次っ」

「もういいんですか?」

「い、いいっ。気まずくなりそうで嫌だしっ」


 こそこそとラミアさんはシンシアさんに耳打ちしているが、人狼の僕の耳には丸聞こえだった。


「では、今度は私ですね。初めまして、ガロウナムス守護騎士団副団長、シンシア・ホーネットです。遊撃部隊に所属しています。シンシアで構いません」


 礼儀正しくお辞儀をしながら、シンシアさんは丁寧に自己紹介してくる。


「――だーっ! はっ、はあっ、はあ……シンシア、速すぎ……」


 そして、タイミング良く?男性が、盾と共に倒れ込みながらこちらに到着した。


「この頭が弱そうなのがガロウナムス騎士団団長であり、【盾聖】のテト・クラージュです」

「紹介酷くない!?」

「なら、わざわざ盾を出したまま走って来た意味を答えてください」

「…………」


 団長さんの持つ盾が小さなバッジに形を変えていく。七聖だったのかこの人……。


「テトも来たことだし、二人も挨拶しとけ」

「あ、はい……えっと、僕の名前はシンです」

「私はフルミネ・ネフリティス、です……」

「うむ。二人とも、これからよろしく頼むぞ」


 ラミアさんは微笑みながら頷き、手を差し出してくる。()()はその手を取って握手を返した。


「一ついいか?」


 ラミアさんは困ったように苦笑しながら訊ねてくる。何か変だっただろうか。


「握手は一人ずつやるものだと思うのだが」

「「……あっ」」




 * * * *




 ――遊撃部隊。

 騎士団の中で最も少ない人数で構成された特殊な部隊であり、現在は五人で構成されている。

 魔人の襲撃時におけるこの部隊の役割は先陣、陽動、他部隊の援護、七聖の補助と多岐に渡る。

 なお、七聖はこの部隊に入る決まりになっているため、実質、騎士団最強の部隊である。




 これから僕達が入る部隊の簡単な説明を受けた後、僕はラミアさんに訊ねる。


「そんなところに、僕が入って大丈夫なんですか?」

「何か問題か?」

「いや、最強の部隊って……」


 フルミネは七聖だから分かる。でも、僕がそこに入るのはどうしても場違いな気がするのだ。


「心配されなくても大丈夫ですよ。ラミアの影響でそうなってしまっただけであって、七聖ではない私達は援護が主な仕事ですから」

「援護、ですか……」


 シンシアさんの言葉を聞いても、何をどう安心していいのか分からなかった。

 僕のスキルは支援にも向かなければ、魔物を一掃できるような力もない。


「別の部隊に入って、フルミネを守れるのか?」


 グラスさんの言葉を聞いてハッとする。

 そうだ、僕は彼女を守るとグラスさん達に宣言した。そして、彼女自身とも約束した。


 ――彼女とは別の部隊に入ってしまったら、きっとそれも叶わない。


「団長さん」

「お、おう!?」


 だから、元よりこうする他にないのだ。


「僕をその部隊に……フルミネと一緒の部隊に入れてください。彼女を守りたいんです」


 宣言し、僕は頭を下げて団長の言葉を待つ。


「……俺、どうすりゃいい?」

「流石団長(空気読めない馬鹿)ですね」

「テト、今のは流石の我もどうかと思った」

「酷くない!?」

「……締まらないので私が代わりに言いますね。シン、顔を上げてください」


 言われた通りに顔を上げると、シンシアさんがこちらを真っ直ぐに見据えながら口を開く。


「お二人の入団及び遊撃部隊への配属を認めます」

「……! ありがとうございますっ」

「そもそも、始めから貴方の配属に拒否権なんてありませんでしたので。では改めて、シン、これからよろしくお願いします」

「はいっ」


 シンシアさんに手を差し伸べられ、僕は握手を返した。


「――わ、私だって、シンを守りたいっ」


 その声に驚き、声をあげた張本人――フルミネを見る。

 ……突然すぎる言葉で多少混乱はした。それでも、今の話の流れからフルミネの言いたいことは理解できる。


「フルミネ、ありがとう」


 ――だから僕は、感謝を伝えた。

 僕が彼女のことを守ると約束したように、彼女も僕のことを守ると約束してくれたあの時のことを思い出しながら。


「守られるだけは、嫌だから」

「うん、分かってる」


 フルミネは優しい。

 戦うのは怖い筈なのに、自分だけ何もしないのはそれ以上に嫌だと言う彼女。本当に難儀な性格をしてると思う。


 僕も怖くない訳ではないが、大切な人を失うことに比べてしまえば怖くない。その辺り、僕と彼女は明確に違う。


「さて、二人の空間を作っているところ悪いが、次の話に進むぞ」


 ――グラスさんに言われて自覚した。加えて、顔が熱くなる。

 目線にも困ってフルミネの方を見ると、彼女と目が合ってしまう。そして、ただでさえ赤くなった顔をさらに赤くして俯いた。


「シンシア、この後はどうするのだ?」

「そうですね……」


 ラミアさんがシンシアさんに訊ねると、彼女は顎に手を当てて考え始める。そこで、グラスさんが再び口を開いた。


「他の団員はどうした?」

「半数は北の山岳地域の調査に行っており、残りはガロウナムスの巡回等をしています。遊撃部隊は休隊日です」

「つまり、遊撃部隊の正式な入隊は明日の予定だ!」


 なるほど、本部なのに人をあまり見かけないのはそれが理由か。


「なら、二人にガロウナムスの案内を頼んでいいか?」

「はい、構いませんよ」

「――師匠は?」


 フルミネはグラスさんに訊ねる。

 僕もそれは気になった。まるで、これから別行動を取るかのような言い方だったから。




 ▼ ▼ ▼ ▼




「あたしは少し調べ物があってな。それと、これからはあまり一緒には居られなくなる」


 本当は分かってた。師匠とずっと一緒に居られないなんてことは。騎士団に入る話も、半分はそれが理由なのだろう。


 私は心のどこかでそんな未来が来ることに気づいていた。そして、気づかないフリをした心の弱さにも。


「そっか」


 私は相槌のようにできる限り軽い言葉で返す。できるだけ、師匠が私のことを気にしなくて済むように。


 それでも、これだけは聞きたかった。


「今度は、すぐに会えるよね……?」


 また、あの時のように会えなくなるのが怖い。


「ああ、今度は会える。それこそ、明日にだってな」


 だから、師匠が私の不安を吹き飛ばすように、笑ってそう言い切ってくれたことが嬉しかった。

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