歪み、廻り始める
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「あと少し、ね……」
黒髪の女は呟く。
「お母さん! 私、頑張るね!」
桃色髪の幼さを残した少女は、黒髪の女に元気よく宣言する。
「ええ、お願いするわね。私の可愛い子」
黒髪の女は、少女の髪を優しく撫でた。
――すると、少女の頭は水風船のように弾け飛ぶ。
「やっぱり前のアレは納得いかねエ。次こそは最後までやらせろヨ」
赤髪の男はそんな異常な光景を横目に、フードを目深に被る人物に向けて言った。
「命有ルモノに死ハ訪レル。ソレハ理。時ヲ待テ」
「……相変わらズ、意味分かんねーナ。次もお預けってカ?」
「然リ」
そんな二人の会話を聞いていた、黒が混ざった金髪の男が口を開く。
「【煉獄】は野蛮だな。もう少し落ち着いたらどうだ?」
「盲信野郎に言われたかねーヨ」
「盲信ではない。忠誠だ。それに、貴様のような狂った奴に言われる筋合いはない」
赤髪の男――【煉獄】の嘲るような物言いに黒金髪の男は動じる様子を見せず、さらに棘のある言葉で返す。
しかし、【煉獄】はその言葉を鼻で笑い、さらに返した。
「お前はあいつの命令に従うだけで思考放棄してるだけじゃねーカ。それより俺の方がマシだロ」
「……貴様、あのお方を"あいつ"呼ばわりするのはそれなりの覚悟があるということか」
黒金髪の男の頭に付いていたヘアピンは光り、外れ、一刀に形を変える。そして、その切っ先――刃の無い刀を【煉獄】に突きつける。
「オ? やんのカ?」
【煉獄】は不敵に笑い、イヤリングを紅蓮の槍に変えて構えた。
「今日こそ貴様の不敬、あのお方に代わって私が裁く」
「おウ、準備運動には持ってこいだナ。こいヨ、【響獄】」
「死ね」
その言葉と共に【響獄】は手にした一刀で薙ぐように横に振り払――。
「そこまでだ」
――おうと振りかぶった腕を、背後から掴まれる。
「こんな所でそれを振るな」
「……貴様には関係ないだろう。止めるな」
「僕がお願いしても?」
「――っ!」
勢いよく腕を振り払った【響獄】は後ろを振り向くと、驚愕に目を見開いた。
そこにいたのは自分の腕を掴んでいた黒い獣人と黒髪黒肌の少年。
【響獄】は少年の下で素早く片膝を着き、頭を垂れる。
「見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありませんっ……」
「落ち着きなよ。別に怒ってないからさ」
軽い調子でニコニコと笑う少年は今この場にいる全員を一瞥する。
「皆いるね……それで【煉獄】、君が彼を煽ったの?」
「あア? そうだ――ガッ」
何の前触れもなく、【煉獄】の体は見えない何かに突き飛ばされたかのように吹き飛んだ。
「一応、罰は罰だよ。敵味方の判別はしっかりしなきゃ」
そう言って、少年は【煉獄】に笑いかける。
そして、吹き飛んだ【煉獄】はというと、何事もなかったかのように立ち上がった。
さらに、彼は少年に怖じける様子もなく、挙げ句、不満を言ったのだった。
「なア、次も俺が行っちゃいけねーのカ? 正直言っテ、あれじゃあ消化不良なんだガ」
「貴様、不敬だぞ」
「【響獄】、別にいいから」
「はっ」
少年が命じると、【響獄】は従順な僕の如く口を閉ざす。
「何度も君だと飽きちゃうから駄目。そんなに戦いたいならそいつと戦いなよ?」
そう言って、少年は【煉獄】の後ろに立つフードの人物を指差す。
「……ケッ、分・かっ・た・ヨッ!」
【煉獄】は不貞腐れたように壁を蹴飛ばすと、壁は轟音を響かせる。それによって、壁は多少振動はしたものの、崩れるまでには至らなかった。
「ノイル」
少年は先程、少女の頭を弾け飛ばした黒髪の女の名を呼ぶと、その女――ノイルは微笑みながら頷く。
「レイン」
「なーにー?」
ノイルの声に反応した頭のない少女――レインに、桃色の粘性の液体が集まり、弾けた筈の頭を再形成していく。
「また、お母さんのために行ってきてくれる?」
「分かった! いっぱい壊してくるね!」
レインのその言葉に悪意はない。あるのは、それが正しいと信じ切っている真っ直ぐに歪んだ何か。
「それで、今回はどうするの?」
「うーん、あの【雷聖】も復帰しちゃったみたいだよね。後で全員相手取るのも楽しそうだけど、一人ぐらい減らしちゃっても大丈夫だよ」
「分かったわ。レイン、好きにしていいそうよ」
「わーい!」
レインは花のような笑顔を咲かせ、その場でくるくる回り始める。
その姿はまるで、オモチャを与えられて喜ぶ無邪気で可愛らしい子供のようだった。
……黒い肌と白い角に加えて、体から度々飛び散る桃色の液体が、地面を焼くような音を鳴らさなければ。
「この世界をやり直すその日まで、最後まで愉しませてもらうよ」
少女を横目に少年は嗤う。宙に浮かぶ黒い箱に語りかけるように――。
第四章、終幕。




