元ガロウナムス守護騎士団副団長
目の前には、過去に幾度も奢ってきた竜の魔獣。だが、それは地上での話であり、今の状況は訳が違う。
「全員耳塞げっ、『風壁』!」
「グギャガアアアアアアア!!!」
耳を劈くような咆哮が窓が割る。その割れた窓から突風が船内に入り込む。
「『炎縄』、オラァ!!」
「グギャガアアアアア!?」
柄に魔法の縄を巻きつけた剣を竜の鼻先に突き刺し、すぐに引き抜くと血が吹き出る。竜は悲鳴をあげて飛行船から距離を取った。
こいつが次に取る行動を俺は知っている。
地上ならいい。だが、こんな場所でやられてしまえばこの飛行船の墜落は免れない。
「おい! 乗客全員、早くここから避難させろ!」
「は? ここが一番安全じゃねえの?」
「たった今っ、ここが一番危険になった! こいつは俺がどうにかする! だから早く移動しろ!」
「いや、どこにだよ!?」
「それに、俺達はおっさんみたいに強くないから守りきれないって!」
頭が回らねえ。どこが一番安全だ。そもそも、安全な場所なんてあるのか。
そんなことを考えている間に、竜は一回転、二回転、三回転とその場で回り始める。
駄目だ、避難なんて間に合わねえ。俺が止めねえと……!
「『全纏』っ」
大剣に俺の残りの全魔力を注いで[炎魔法]、[水魔法]、[風魔法]を纏わせる。こうなりゃ一か八かだ。
――竜がこちらに向かって勢いよく突っ込んでくる。
「……元ガロウナムス守護騎士団副団長、エンス・コンビニを舐めんじゃねえぞ!」
狙うのは竜の口内――その奥の喉。
竜と言えど、首を切るか心臓を切るかすれば殺せる。
「喰らいやがれぇぇぇえええ!!」
俺は剣を振り下ろす。
すると、こちらを噛みつかんばかりに開けた竜の大口に、炎と水が纏われた風の斬撃が飛んでいく。
「グギャ――」
その斬撃は吸い込まれるように竜の口内に侵入すると、大爆発を起こして竜の頭ごと消し飛ばした。
……久々に使うから鈍ってるかと思って全力で放っちまったが、意外にいけるもんだな。
まあ、何はともあれ、墜落なんてことにならなくて本当に良かった。
「お、お、おおおおおお!?!!」
「おじさん、すごーい!」
そんな声が後ろから聞こえて振り向くと、拍手やら賞賛の声やらが俺に飛んできた。
あまり注目を浴びるのは苦手なんだが……まあ、仕方ねえか。
「――うぐぉ!?」
ガクンと大きな揺れが船内を再び襲う。
「グギャガアアアアアア!!!」
「……冗談だろ?」
割れた窓から覗くのは、さっきの奴と同じぐらいの巨体を持った二体目の竜の魔獣。今日は厄日か何かか?
魔力も使い果たした。だから、今の俺の武器はこの大剣だけだ。
……これ一本で戦えってか。
「お、おっさん! さっきの奴っ、もう一回やってくれよ!」
「魔力ねえから無理」
「はあ!? じゃあどうするんだよ!?」
どうにもならない。できることと言えば、墜落する前にこの船から脱出するぐらいだ。
……そのためには、それまでの時間稼ぎを誰かがしなけりゃならねえ。
「諦めなきゃ、全員助けられる筈だ。お前達は乗客を緊急脱出艇に誘導して一緒に逃げろ」
「おっさんはどうするんだよ」
「これでも元騎士団員なんでな。こいつをここに釘付けにするぐらいならできる」
それに、まだこの飛行船が墜ちると決まったわけでもない。希望はまだある。
「なら、俺達も残る。な、アッシュ」
「ああ、当然だ。これでも守人の端くれだしな」
「……お前達がいなくて、誰が乗客を誘導するんだ?」
「――それは私達でやっておきまーす!」
声がする方を見ると、そこには乗客の救助に行っていた女の守人が二人。戻ってきてたのか。
「乗客の誘導が終わったら戻ってきますから!」
「いや、逃げ「グギャガアアアア!!」……もう少し待ってくれてもいいんだぞ?」
当然、俺の願望が竜に届くことはない。既に回転運動を始めている竜に身構えながら、割れた窓にゆっくり近づく。
「おっさん、俺達は何すりゃいい?」
竜が回転運動の勢いのまま、こちらに向かって突っ込んできた。
「俺が剣を振るのに合わせて、さっき援護に使ってた魔法をぶっ放せ」
「「分かった!」」
竜が船にぶち当たる数秒前、俺は剣を振り上げてその窓から跳ぶために助走をつける。
そして、竜に一撃を喰らわせるために跳ぼうと膝を曲げた時だった――。
「『運搬』」「『氷葬』」
俺の体は後ろに引っ張られ、目の前の竜の頭が白く染まる。
「引退したのに無茶すんな」
そう言って、白衣の女――【氷聖】が俺の横を通り過ぎて前に出ると、こちらを振り返った。
「……お久しぶりです」
「元気そうでなによりだ」
白く染まった竜の頭が砕け散り、細氷が彼女を包むように舞っていた。
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今、結構驚いていることがある。
「二人って知り合いだったんですか?」
王都で親切にしてくれたあのモヒカンの男性――コンビニさんは、僕の方に振り返ると目を見開いて声をあげた。
「坊主!? 何でここにいるんだよ!?」
「シンはあたしの連れだ。お前ら面識あったのか?」
「はい、守人登録する時に」
「ええ、はい……グラスさんの連れ……つ、つまりどういうことです?」
コンビニさんはかなり混乱している様子だ。
どこから説明すればいいんだろう。事情が複雑だから説明するのが難しい。
「……その話は後だ。コンビニ、乗客達はどこにいる?」
「それなら他の守人が緊急脱出艇に誘導して……あっ」
"緊急脱出"という単語が聞こえた。恐らく、非常用の安全装置みたいなものだと思う。
けれど、竜の子供は粗方倒されているし、親の竜もたった今グラスさんに倒されている。
……つまり、だ。
「止めないと不味くないですか?」
「……止めに行くぞっ」
「「はいっ」」
――その後、僕達は船内を駆け回ることになったのだった。




