命の使い方
「ここでいいかしら」
ウリエーミャに連れてこられた場所は、人気のない
薄暗い通路だった。
奥には"供給室"の文字がある。供給室って何の部屋なんだろうと気にはなったが、今はどうでもいいことなので本題に入る。
「それで、話って?」
「ホワル様のことよ。やっと聞けるわね」
……そういえば、ウリエーミャが聞きたいことがあるって言ってたんだ。今まですっかり忘れていた。
「あんたはホワル様と何を話したの?」
「……僕がいた世界のおとぎ話?」
「真面目に答えて」
「真面目に答えたんだけど」
僕の言葉にウリエーミャは引き攣った笑みを浮かべる。怖いからやめて頂きたい。
それに、何を話したって言われても、本当に大した話はしてないんだよな……。
「じゃあ、ホワル様はどんな場所にいた?」
「えっと……真っ白な空間だった。亀裂が入った変な場所――うわっ、何っ!?」
突然、強い力でウリエーミャに肩を掴まれた僕は、驚きで思わず声をあげてしまった。
「――亀裂!? 他には何かなかった!?」
「ほ、他? 真っ白で、亀裂の入った空間にってこと? なら、何もなかったけど」
「……そう」
僕の肩から手を離したウリエーミャは、あからさまに落ち込んだ。
お願いだから、そんなに落ち込まないでほしい。僕が悪い事しちゃったみたいじゃん。
「そもそも、ウリエーミャは何でホワルのことを?」
「私、ホワル様を探してるの」
余計に話が分からなくなってきた。
「ホワルって、封印されてるんじゃないの?」
「ええ、らしいわね」
「らしい?」
「私が知ったのは、ホワル様がこの世界に召喚した奴に聞いたのが最初。ホワル様が何で封印されてるのか、どこの誰に封印されたのか……私はそれを調べてるの」
ウリエーミャの事情はなんとなく理解した。
でも、その事情が分かったとしても、残念ながら僕が力になれそうなことはない。
「ごめん。あまり役に立たなくて」
「元々そこまで期待してなかったから別にいいわ……」
ウリエーミャはそう言うが、恐らく少しは期待していたのだろう。始めに比べて明らかに声が暗い。
何か声をかけてあげたいが、今の僕にかけられる言葉は……そうだ。そういえば、ホワルはこんなことも言っていた。
「ホワル、もうすぐ出られるって言ってたんだ」
「……それ、本当?」
「うん。ここを出たら、自分の創った世界を見て回りたいって」
「……そっか」
あれ? てっきり喜ぶと思ったのに、ウリエーミャの顔色は変わらない。
「やっと、私の役目が終わるわ」
「……どういうこと?」
「私の役目は、ホワル様がこの世界に帰ってくるまで、この世界を守ること。ホワル様が帰ってくれば、私達七聖はきっと要らなくなる」
「それって、まさか死「違うわよ。そんな訳ないでしょ」――そっか、よかった……」
僕は心底安堵した。ホワルが帰ってきたら皆が死ぬ運命なんて洒落にならない。
「あんた、自分のことじゃないのに大袈裟じゃない?」
「いやいやいや」
ウリエーミャは呆れたような視線を向けてくるが、そんなことはない。
フルミネはもちろん、グラスさんや戦王にも死んでほしくないし、そこにはウリエーミャも入っている。
まだ知り合って一日しか経っていないが、知り合いに死なれるなんてあまりに寝覚めが悪い。
「まあ、私はどうなるか分からないけどね」
「……なんで?」
「私はホワル様に生かされてるの。本来なら、とっくの昔に死んでるのよ」
とてもそうには見えなかった。感情を持って、今、こうして僕と話しているじゃないか。
「ほら」
ウリエーミャが手のひらを僕の額に当てる。確かにひんやりとしていて冷たい。
――人の温もりのようなものを感じなかった。
「私、使徒になる前は普通の人間だったのよ」
「……そうなんだ」
「これは驚かないのね」
「僕もそうだったから」
「は?」
ホワルが元は人間だったということに対しては、何も驚きはなかった。
むしろ、今も本当は人間なんじゃないかなんて思っている。それほど、普通の人間にしか見えないから。
「あんた、人狼……よね?」
「元の世界では人間だった。でも、ホワルに召喚されて、気づいた時には人狼になってたんだ」
「何よそれ……?」
そんな変なモノを見るような目はやめて。僕自身が一番よく分かってるから。
「……まあ、いいわ。私はホワル様に命を貰った。だから、私はホワル様のためだけにこの命を使う。それは変わらない」
ウリエーミャの言葉は、とてもじゃないが良い言葉とは思えない。
彼女とホワルの間に、何があったのかは分からない。
けれど、彼女のその言葉はまるで、自分を目的のための道具扱いしているようだったから。
……でも、その目からは揺るぎない意志を感じる。僕が何を言っても無駄であることは明白だった。
「話、付き合わせて悪かったわね」
「いや、事情を知れただけよかった。他に何か分かったことがあったら言うよ」
「おねが――っ!?」
不意に聞こえた轟音と共に、船内がかなり大きく揺れた。出発する時の比にならないぐらいだ。
僕は当然その揺れに耐えきれずに尻餅をつき、ウリエーミャも耐えられなかったのか前のめりに倒れる。
なかなか揺れは収まらず、僕達は立ち上がることすらできない。
「何事よ!?」
「何かにぶつかった音みたいな――っ、また!?」
再びの轟音と振動。しかも、今度はかなり近い。
その轟音の方向――供給室を見ると、紫色の鱗を持って背中に翼を生やした、体長一メートルほどの生物がぞろぞろと現れる。
「恐竜……?」
それは僕の元の世界でも存在しない――正確には、絶滅した肉食生物に近い姿の生物だった。




