ある日、森の中、亀さんにも出会った
シンの現在地、猪との戦闘により川から結構離れてます。
自身が殺した猪を見つめる。そして、焼く道具が無いことに気づいた。
僕に生肉を食べるような習慣も無ければ、食べたことすらない。だから、焼かなければ食べることができない。
けれど、それは人間だった頃の話だ。人狼だから大丈夫だよね、うん。多分、いける。
頭がおかしい自覚はある。自覚はあるけど……やっぱりお腹はすいているのだ。
猪の腹辺りの川を素手で力任せに剥ぎ、生肉を一口サイズに千切って口に含む。
「不味い……」
加熱はおろか、下処理すらしていないから当然だった。でも、体に不調は起こらない。
ただ、不味い。この不味さはどうにかできないだろうか。
「川の塩水使って味付けできれば、マシにはなるかな……?」
「お主、そこで何をしておる」
「ああ、この猪を美味しく食べるための調理法を考えてまして…………え?」
不意に声をかけられ、後ろを振り返った。
――そこにいたのは、先程の猪を優に上回るほどの巨体を持った亀。
そして、その亀の甲羅には無数の棘。人の言葉を喋っていることもあり、明らかに普通の亀ではないことが分かる。
「何故、この森に人がいる? 一人たりとも通してはおらぬ筈なのじゃが……」
――背筋に悪寒が走った。
その理由は分からない。ただ一つ分かることは、目の前の生き物が危険だということ。
……別の言い方をすれば、直感のような、生存本能のような何か。
とにかく、どうにかしてこの場から離れたい。
まず、AGIに全部振り分けて逃げる……のは、さっきみたいに木にぶつかったらアウトだから駄目だ。
普通に走って逃げる……なんてしてたら追いつかれる気がする。でも、それぐらいしか思い浮かばない。足が遅いことを祈ってやってみるか……?
そんなことを考える僕を気にも留めず、巨大亀は話を続ける。
「大きな音が聴こえての。珍しいと思って来てみたら、人間がおるではないか…………お主、この森に何しに来た?」
そう問いかけながら、巨大亀は僕を睨みつけてくる。話が通じるなら、正直に言った方が良さそうだ。
……きっと、話せば分かってくれる!
「目的とかは特に無いです。ただ道に迷ってて、猪に遭遇したから食べれるかなって思って、倒して、今食べてみたところです」
「信じられぬの」
一蹴は酷いと思うんだ。
巨大亀の口が開く。そして、そこにどこからともなく水が集まり、それは大きな球状を象っていく。
――考えるより先に体が動く。
素早く[能力改変]に直感で一組追加すると、集まった水はレーザーのように、僕に向かって放たれた。
「『M極』っ」
体の前で腕を交差することで、僕は自分の身を守ろうと試みる――。
________________________________
STR:1
DEF:1
INT:1
MEN:45
AGI:1
CON:1
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「ぐぅっ!?」
予想通りとも言えるが、STRに割り振ってないから踏ん張ることができず、そのレーザーの勢いのまま後方に吹っ飛ばされる。
そして、ここで一つの誤算も生じた。
レーザーを受けた腕は赤く腫れ上がり、ヒリヒリとした痛み。思わず顔が歪んでしまうのが自分でも分かる。
――『M極』でこの一撃の威力を軽減できたということは、このレーザーは魔法であるということが分かる。
しかしそれは、魔力による攻撃にも関わらず、全てをMENに振り分けても完全に防ぐことができないことも意味していた。
僕は、スキルを過信しすぎた。防げるものに限度があるってことぐらい、分かっていた筈なのに。
とりあえず、逃げないと。逃げるためには、急いで離れる。ただしAGIに全部割り振るのは怖いから『A二倍』で……って、あれ?
これ、どこまで飛ばされるんだろう。
僕の現在の状況を実況中継すると、"未だに吹っ飛ばされている"としか言えない。奇跡的に木にもぶつかっていない。
つまり、まだ地面に足が着いていない、身動きが取れない状況だった。
しかし、吹っ飛ばされているおかげで巨大亀から大きく距離を離すことができている点は、嬉しい誤算でもある。
それでも、重力がある限り、空中をずっと飛んでいることなどできる筈もなく、体が段々と地面に近づいているのが分かる。
「『D極』」
まず、着地のために[能力改変]を使用する。
『D極』を選んだ理由は、これからの巨大亀の追撃を警戒するために、着地の仕方なんて考える余裕が無かったからだ。これなら、ゴロゴロ転がって着地しても無傷で済むと思うし。
しかし、着地を考えない――つまり、僕は一切足元を見ていないということを意味する。
そして、これが僕にとって自業自得とも言える悲劇を招いた。
「――ごぼっ!?」
そう、あの猪と遭遇した川である。その川にダイレクトシュートされた。しかもこの川、意外と深い。
……それだけなら、まだ良かったかもしれない。泳げばいい話なのだから。
「ごぼっ、こぼぼぼぼ……」
うん、僕は泳げなかった。俗に言う"カナヅチ"ってやつだ。
……え? どうしてそんなに余裕なのか? 諦めたからに決まってる。
幼い時から運動はよくできた方だったけど、水泳に関してだけは無理だった。体が沈んでいく。力を抜いてと言われても、抜き方なんて知らない。
僕は自称カナヅチの天才だ。水に沈むことだけは絶対的な自信がある。
二回目だからなのか落ち着いてはいる。でも、そろそろ意識を保つのも限界だった。
神様には凄く申し訳ない。せっかく命を救ってくれたのにこんな死に方で、本当にごめんなさい――。
▼ ▼ ▼ ▼
「『両腕:スポイト』」
私が宣言すると、両腕の先端は注射器のような針の形に変型する。
その針を川の水に浸ける。そして、その水を吸い上げていく。
「……こんなものかな」
満タンになるまで水を吸い終わった両腕は、水風船のように膨らんでいた。
――川に来た目的を果たした私は家に帰ろうとしていた時、目の前の川を白い何かが横切った。
毛玉……?
「……違う。毛玉じゃなくて……って、え!?」
その白い何かが人の頭であるということに気づき、どんどん流されていく人を慌てて追いかける。
「『両足:ホバー』!」
両足を円盤状に変型させて、魔力を流し込む。すると、体が浮き上がる。
私はそのまま浮いて、流されている人に近づくが、そこで私は気づいた。この腕では掴めないことに。
……でも、それはまた来ればいいだけの話。人命の方が大事に決まってる。
「『両腕:解除』」
両腕を元の人の腕の形に戻すと、先程吸った水は全て下に落ちる。
そして、流されている人の頭を掴んで引き上げる。この引き上げ方は酷いとは思うけど、水面には頭しか出ていなかったから仕方がなかった。
そして、引き上げた人――獣人の男の子を川岸に寝かせて、真っ先に呼吸を確認する。けれど、案の定、息はしていなかった。
だから、私は急いで心臓マッサージを行った。すると、男の子は水はすぐに吐き出す。それでも、彼の呼吸は戻らない。
どうしよう。このままだと死んじゃう。心臓マッサージで駄目ならどうすれば……いや、まだ方法はあった。
私はある応急救助を頭に浮かべ――その想像を振り払う。恥ずかしくて、頭が沸騰しそうだった。
呼吸が戻らない男の子は、異性。しかも、年もそこそこ近そうだしっ……一旦、落ち着こう。
「ふぅ……」
一息。
分かってる。分かってるよ。自分の初めてと人の命、どっちが大切かなんて、天秤にかけるまでもない。
「すぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁ…………よしっ」
私は大きく深呼吸をして、覚悟を決める。
そして、私は男の子の顔に自分の顔を近づけて――。
少女が悶々としている最中、シンは三途の川を渡りかけるのだが、それはまた別のお話。