大人舌
王都がみるみる小さくなっていく。つまり、それだけの速度で飛行船が上昇しているということだ。
「でも、まさかこんな垂直に発射するとは思わなかった……」
この飛行船、どうやって飛んでいるんだろう。
外から見た時もエンジンらしきものは見えなかった。やっぱり魔力で浮いているのだろうか。
……この世界に毒されてきている自分がいる。
魔力で浮くってなんだ。何故それで納得した自分。
「――ただいま」
不意に聞こえた声に振り向くと、ウリエーミャがこちらに向かって歩いてきていた。
「空き部屋は見つかったのか?」
「今回は満室みたい。だから、二泊ぐらい我慢するわ」
「ぐふっ」
我慢って……仕方のないこととはいえ、流石に傷つく。もう少しオブラートに包んでほしい。
「それより、シン」
「な、なに……」
「ちょっと話があるんだけど、時間取れる?」
話……?
「それとも、何かすることでもあった?」
「特にないけど……」
「なら、決まりね。ついて来て」
そう言って、ウリエーミャは先程歩いてきた道を引き返していく。
「……なんかよく分からないんですけど、とりあえず行ってきますね」
「分かった。昼食までには戻ってこいよ」
「はい。フルミネも、行ってくるね」
「うん……いってらっしゃい」
二人に軽く手を振り、見送られながら、僕はウリエーミャを追いかけた。
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シンを見送ってから、あたしとフルミネは部屋に戻った。
「何の話してるんだろ……」
「さあな」
フルミネの問いに、適当に返す。けれど、ウリエーミャの話はなんとなく見当がついていた。
ウリエーミャの話は、多分ホワルのことだ。逆に、それ以外考えられない。
この飛行船に乗った理由も、シンにホワルのことを聞くためだろう。
ウリエーミャの場合、移動は飛行船に乗るより自分で走った方が速い。それはつまり、ウリエーミャがわざわざ飛行船に乗っているということになる。
けれど、あたしにはどうでもいい話だ。それより、今のうちにやっておかなければならないことがある。
「フルミネ、久々にちょっと魔道具の点検するから、服脱いでくれ」
ガロウナムスに着く前に、騎士団に入る前に、これだけは確認しなければならない。
「服も脱ぐの?」
「内臓の魔道具の方も確認する。六年も点検してないんだ。少し心配でな」
「特に何も起きてないけど……うん、分かった」
そう言って、フルミネは上から服を脱ぎ始める。
……外から見たところは特に不具合も劣化も見当たらないな。流石は幻の金属といったところか。
「あ、あのさ、師匠……」
「ん? どうした?」
「その、そんなジッと見られると、流石にちょっと恥ずかしいから……せめて脱ぎ終わるまで待っててほしいんだけど」
「……?」
何を恥ずかしがることがあるんだ? それに、どちらにせよ、そのお願いは聞くことができない。
「手足の動きも正常か確かめないといけないんだ」
「そ、そっか……」
フルミネに納得してもらい、あたしはフルミネを観察を続ける。でも、動作も特に異常はなさそうだ。
フルミネは服を脱ぎ終わると、それを綺麗に畳み始めた。
「あ、フルミネ、下着も全部脱いでくれ」
「えっ」
「じゃないと、内臓の魔道具の点検ができない」
「……わ、分かった……」
フルミネはゆっくりと下着に手を掛け、スルスルと脱いでいく。
同性なんだから恥ずかしがることなんて何もないと思うんだが……何でだ?
「……はい、脱いだよ……」
「じゃあ、これを飲んでそこのベッドに横になってくれ」
「……これ何?」
「遅効性の麻酔薬だ。内臓の魔道具も見るって言っただろ?」
あたしがコップに入った麻酔薬を手渡すと、素直にフルミネはそれに口を付け――。
「苦ぁっ!?」
――すぐに口を離した。
そういえば、フルミネは苦いものが嫌いだったか。でも、ここには苦味を緩和するような都合の良いものは無い。
「頑張れ。フルミネなら飲める」
「む、無理っ、苦いし不味いよっ!」
……そうか、駄々をこねるというのなら仕方ない。最後の手段だ。
「フルミネはまだ子供舌だったか……」
「んなっ」
「シンが聞いたらどんな反応するだろうなー。きっと、笑うだろうなー」
「し、シンは笑わないもんっ……多分」
「さあ、どうだろうなー」
「うぐぐぐぐっ……」
思っていたよりしぶとい。昔はもっと素直な子だったんだが……やっぱり環境のせいか?
そして、どうするか。もう万策尽きた。それでも、何が何でも飲ませなければ点検ができない。
……いや、まだだ。
「フルミネはこれが飲めれば、多分、ブラックコーヒーも飲めるな」
「え、やだっ、苦いっ」
予想通りの反応が返ってくる。よし、ここからだ。
「いいのか? ブラックコーヒーを飲めれば、晴れて子供舌から大人舌に認定されるんだぞ?」
「お、大人舌……!?」
少し目を輝かせてるところ悪いがそんな舌はない。だが、どうにかフルミネは騙されてくれたようだ。
「飲めたらカッコいいだろうなー」
「うう……っ!」
フルミネは目線を彷徨わせた後――勢いよく麻酔薬を口の中に流し込んだ。
「〜〜〜〜! ――!」
「よし、よく頑張った。偉いぞフルミネ」
声にならない声をあげながら口を押さえてしゃがみ込み、悶えるフルミネの頭を撫でる。
「じゃあ、ベッドに横になってくれ」
「ぅぅぅぅ……」
呻き声をあげながら、フルミネはフラフラとした足取りでベッドに向かい、倒れ込む。
「……すう……」
そして、そのまま寝入ってしまった。
「これ、遅効性なんだけどな」
効くの早すぎないか? 麻酔がしっかり効いてくれる分には困ることはないが、これが魔道具の不具合という可能性を考えると少し不安だ。
「『神器解放』」
あたしは点検をするために、早速、神器でフルミネを停止させた。




