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あの時とは違うから

「集合写真、ですか」

「ああ、二十年以上前に撮ったやつになるな」


 そこに写っていたのは、柔らかい笑顔を浮かべたグラスさんと仕方なく付き合ってあげているというのが顔に出ているウリエーミャ。

 そんな二人の他に、見慣れない二人の姿が写っていた。


「こっちの無愛想なのがアルバだ」

「……言われてみれば確かに」


 戦王の若き日の姿だろう。けれど、雰囲気は今と全く変わっていないため、そこまで違和感を感じなかった。


「じゃあ、こっちは……?」


 長くふわふわとした緑白色の髪で、満面の笑みを浮かべて後ろから三人に抱きつく少女の姿。


「エクレールだ」

「……フルミネの母親、ですか」


 この人が……確かに、大きく違うのは髪の毛の長さと、明言はしないが、とある部分の大きさだけだ。


「この部屋は元々、エクレールの部屋だったんだ」

「今になって、どうしてその写真を取りに来たんですか?」


 その写真がエクレールさんの物であるということは分かる。

 けれど、話を聞く限り、その机の棚に二十年間入れたままだったということになる。


「お前には悪いが、まだエクレールのことはフルミネに話してない」

「……どこまで話したんですか?」


 約束と違う、とは言わなかった。きっとまた、理由があるのだろう。


「あの嘘のことと、アルバのことだけだ」

「母親のことはどういう風に?」


 父親がいるのに母親がいない、なんて言えない筈である。


「病死したことになってる」

「ということは、話してないのは死因ですか?」

「それもあるが、七聖だったこと自体をまだ言ってない」

「……えっと、つまり?」


 僕は首を傾げざるを得なかった。それだけなら、別に隠すようなことは何もないのではと思ったからだ。


「エクレールが魔人に殺されたって話はまだ言ってなかったよな?」

「……初耳ですけど、なんとなく予想はしてました」

「あたし達のせいなんだ……」


 そう言って、グラスさんは窓の外に顔を向ける。そして、思い出すように語り始めた。


「エクレールは、正真正銘の【人類最強】だった。あたし達とは比べ物にならないくらい、強かった。エクレールは三獄全員を一人で相手取ることができるほどにな」

「……どうして亡くなったんですか?」


 それほどまでに強い人なのに魔人に殺されたなんて、にわかには信じられない。


「あたし達は、頼りすぎてたんだと思う。だから、エクレールは魔人の罠に嵌められて、【魔王】に殺された」

「魔王は存在が確認されてないんじゃ……?」

「あたしも見たことはない。だが、三獄が言っていたんだ。エクレールを殺したのは魔王だって。そして、なにより……」


 グラスさんはそこまで言って、口をつぐむ。


「グラスさん?」

「……死ぬ前に、エクレール自身があたしに警告してくれた。"魔王とは戦ったら駄目"って」

「なるほど……」


 本人が言っていたというのなら、疑うこともできない。しかも、死ぬ前に伝えたという話が本当なら、なおさら信憑性が増す。


「あの時、あたし達がエクレールを止めていればよかったんだ。だから、エクレールが死んだのは、あたし達のせいなんだ……」

「まさか、フルミネにはまだ話せない理由って」

「ああ。情けないことに、怖いんだよ……」


 グラスさんは、まるで自嘲するようにそう言った。


「だが、これだけは約束する。いつか、絶対に、あたしの口からフルミネに話す。だから、お前からはフルミネに言わないでほしいんだ」

「……分かりました」

「恩に着る」


 今回は逃げている訳ではない。話すと約束してくれた。

 つまり、向き合おうとはしているんだ。そのための勇気がまだ少し足りないだけで。


 それなら、僕もそれを見守ろうと思った。

 フルミネのことだから、今の話を聞いて怒るなんてしないとは思うが、これは多分、グラスさん自身の心の問題なんだと思う。


「それじゃあ、あたしは部屋に戻る。フルミネも起きたら食堂に来い」

「はい」


 僕が返事をすると、グラスさんは部屋から出ていった。


 ……朝から軽く鬱になりそうな話だったな。

 七聖がどれくらい強いのか分からないが、今のままでは魔人を倒すことは難しいことが分かってしまった。


 たとえ三獄を難なく倒すことができたとしても、その上に魔王がいる。それ以前に、三獄すら倒せていないのが現状だ。

 果たして、そんな戦いに本当に勝算なんてあるのか。


「……らしくないか」


 いつも通り、前向きでいよう。

 考えても無駄だ。なら、僕にできることをすればいい。


 ――隣で眠る彼女だけは、何がなんでも守り抜いてみせる。

 全部を守ることなんて、人狼になった今の僕でもきっとできない。けれど、一つぐらいなら、やってみせる。


 そっと、フルミネの頭を撫でた。自分の心を落ち着かせるためにも。


「――っ」


 ……ピクッと、彼女の体が僕の手に反応するように動いたのは気のせいだろうか。

 確かめるために、彼女のうなじの辺りをなぞるように指を動かす。


「んぅっ……やっ……」

「いつから起きてた?」


 僕は手を止めてフルミネに問いかける。彼女は狸寝入りをやめて、目を開いた。


「師匠と話してる途中から……」

「どの辺り?」

「……写真。お母さんのことは、全部」


 早速聞かれてしまっていたようだ……どうしよう。どうしようもなかったことだけど、本当にどうしよう。


「私、待つよ」


 僕が頭を悩ませていると、フルミネが体を起こして口を開いた。


「本当はそれもちゃんと話してほしかったけど、師匠はいつか話してくれるって言ってた。だから、私は師匠が話してくれるまで待つことにする」

「……うん、それがいいと思う」


 よかった。どうやら、僕の心配は杞憂で済みそうだ。


「ただ、写真はちょっと見てみたかったかも。私のお母さん、どうだった?」

「顔はフルミネそっくりだった」

「そうなんだ……」


 フルミネは惜しむように写真が入っていた机を見つめる。


「えい」

「むうぇっ?」


 僕はそんな彼女の頰を人差し指で突いた。


「じゃあ、グラスさんが話してくれた時、写真も見せてもらおう? 思い出もたくさん聞こう?」

「……うん、そうする」


 そう言って、フルミネは僕の指を包むように、義手でそっと触れてくる。


「シン、いつもありがと」

「どういたしまして」

「……これしか言えなくてごめんね」

「気にしてないし、力になれたならそれで僕は嬉しいから」


 ベッドに並ぶように腰を掛けていた僕達は、お互いに近い方の手を重ねる。


 そして、しばらくの間、束の間のゆったりとした時間を過ごした。

 起きたら来いって言われたけれど、少しぐらいなら許してくれるだろう。

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