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早朝の来訪者

 ――僕は息苦しさで目を覚ました。主に肺の辺りを圧迫されるような感じだ。


「ああ、そうだった……」


 僕の体の上に乗っているフルミネを見て思い出した。昨日、そのまま寝ちゃったんだ。

 窓の方に顔だけ動かすと、既に朝日が昇っているようで外は明るい。


 ……自分の部屋に戻らないと。


 僕はちゃんと一室を借りている。それなのに、その部屋にいないのは(いささ)か問題があると思う。

 まあ、こうして何事もなく朝を迎えられたのだから、僕がこの部屋にいることは誰にも気づかれてはいないのだろうけど。


「よい、しょっ、と」


 起こさないように、フルミネをゆっくり横に転がして起き上がる。彼女がしばらく起きる気配はなさそうた。


「さあ、早々に退散しよ……う?」


 立ち上がろうとして、立ち上がれなかった。

 何を言っているのか分からないとは思うが、表現は間違っていない筈だ。


 体に力が入らないという訳ではない。これはどちらかというと、何かに引っかかってるような……。


「……なるほど」


 フルミネさん、僕の服の裾をしっかり掴んでいらっしゃる。

 そして、その付近はずっと掴まれていたからなのか、シワだらけになってしまっていた。


「どうしよう」


 シワだらけは別に構わないとして、このままでは部屋に戻るどころか立つことすらできない。


 フルミネを起こせば済む話なのだが、彼女の気持ち良さそうな寝顔を見てしまうとそれもあまりしたくはない。

 なので、極力彼女の眠りを妨げないように指を外せるか試してみよう。






 ――無理でした。

 まさか『S極』でも外れないとは思わなかった。

 一体どんな力で掴んでいるのか。無理に引っ張れば服が破れてしまうだろう。


 一応、フルミネから自発的に手を離してもらおうとくすぐりも行ってはみたものの、彼女が身をよじる姿を見て妙な背徳感を覚えただけになってしまった。


「大人しく起きるの待つか……」


 たとえ誰かにこの状況を見られたとしても、ちゃんと説明すれば大丈夫だろう。別にやましいことは何もしていないのだから。


 それにしても、本当に気持ち良さそうに寝てるな。

 彼女の寝顔を見ていると、こう、ムラムラ……というより、ウズウズといった感情が込み上げてくる。


 ……つんつん。


「――柔らか!?」


 ほっぺたに指を押し込んでみると、沈んだ。というか、こんなに改まってフルミネの頰を触ったのは初めてだな。


 ぷにぷに。


 これは凄い。クセになる感触だ。気持ちいい。


 ぷにーっ。


「……んぅ……やぁ……」


 フルミネの唸るような抗議の声でようやく我に帰った。

 何をしてるんだ僕は。駄目だ、これ以上はいけない。


 ……そう思いつつも、手は自然とフルミネの頰に伸びていく。そう、これは不可抗力なのだ。


 ――そんな時、ドアをノックする音が耳に入った。


「フルミネ、起きてるか?」


 外からグラスさんの声が聞こえ、僕は反射的に手を引っ込める。

 そして、どうしよう。フルミネはまだ寝ているから反応しなくてもいいとは思うけど……。


「入るぞー」

「フルミネ関係ないんかい」

「ん……? シンか?」

「あ、はい。そうです」


 思わず突っ込んでしまったため、僕がこの部屋にいることがバレてしまった。


「……あたし、部屋間違えたか?」

「いえ、フルミネの部屋はここで合ってますよ。僕がここにいるだけなので」

「なんだ、そういうことか」


 扉越しに納得したような声が聞こえて、扉が開く。


 すると、下着の上に白衣を羽織るという極めて奇抜な格好をしたグラスさんが部屋の中に入ってきた。


「――いや、なんて格好してるんですか!?」

「ん? ……あー、これか?」


 グラスさんは恥ずかしがるどころか白衣をめくってくるが、違う。求めたのはそうじゃない。


「せめて前は閉じましょうよ……!?」


 目を逸らしながらグラスさんに求める。彼女の格好は、視界の刺激的な問題で大変よろしくない。スタイルが良い分なおさら。

 ……というか、どうやってここまで来たんだ。まさか、その格好で廊下歩いて来たのか。


「いいだろ別に……減るもんじゃあるまいし」


 グラスさんはブツブツと文句を言いながら、白衣のボタンを閉じていく。

 でも、それは見られた人が使う言葉じゃないと思います。


「……ほら、閉じたぞ」

「どつしてそんなに不満げなんです、か……」


 グラスさんに視線を戻すと、白衣を着こなすグラスさんの姿が目に映る。


 しかし、分かる。ボタンが上から3つほど閉じていないため、谷間がガッツリ見えている。

 上手く下着は隠れているのだ。しかし、それが逆に、見方によっては下に何も着けていないようにも見えてしまい、妙に扇情的な格好になってしまっている。


「……? なんで目を逸らす?」

「できれば普通の服も着てくれませんかね」

「部屋に置いてきたから無理だな」


 本当にその格好で歩いてきたのか。

 ……うん、少し落ち着いてきた。もういいや、諦めよう。僕が意識しなければいい話だ。


「それで、どうしてここに? フルミネはまだ寝てますけど」

「フルミネに用があった訳じゃない。ちょっと忘れ物を取りに来ただけだ」


 そう言って、グラスさんは机の棚を開き、おもむろに手を突っ込む。


「確かここに……お、あったあった」


 しばらくして、グラスさんは写真の入った小さな額縁を取り出した。


「それが忘れ物ですか?」

「ああ、あたしのじゃないけどな。見るか?」


 誰の写真なのか気になり、せっかく見せてもらえるということなので僕は頷く。


 そして、立ち上がろうとしたところであることを思い出した。


「すみません……今、身動き取れないので……」

「……ああ、そういうことか」


 しっかりと僕の服を掴んで離さないフルミネを見たグラスさんは苦笑する。

 それから、こちらに歩いてきた彼女は僕に額縁ごと手渡してきた。


 それを受け取った僕が写真に目を移すと、そこには――。

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