結界
――フルミネがフライングリバースをして、なんやかんや休憩を終えて、今はグラスさんが走らせる魔動車に再び乗っている。
ここまで来ると道も緩やかになり、魔動車の揺れも少なくなっていた。
「ぐすっ……ぅっ……うっ……うえぇ……」
「頑張れー……頑張れー……」
僕は隣ですすり泣きながらえずくフルミネを励ましながら、そんな彼女の背中をゆっくりさする。
フルミネも吐いてしまったことでスッキリしたのか、それとも多少は耐性が身に付いたのか、はたまた道が良くなったからか。先程に比べて顔色も落ち着いていた。
「フルミネ、本当にごめんな……?」
「ぐすっ…………ふんっ……」
グラスさんは車を運転しながら謝るが、フルミネのご機嫌は斜めである。トドメになったのはあの急ブレーキだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
……でも、グラスさんが謝る回数はこれで二桁に突入する。そろそろ許してあげてもいい気がする。
そう思ったので、僕はフルミネに声をかける。
「フルミネ、グラスさんもこんなに反省してるんだから……そろそろ許してあげよう?」
フルミネはこちらの様子を窺うように顔をチラリと向ける。そして、グラスさんに言った。
「……シンにも謝って」
「――! あ、ああ……シンもすまん。あたしのせいで迷惑かけて……」
「別にいいですって。こういうのは初めてじゃないですし、大丈夫です」
あの時、車を安全に止めれたとしても、僕はフルミネの補助をするために離れることはなかっただろう。だから、どちらにせよ被害は被っていたと思う。
結局、被害が大きいか小さいかの違いだったのだ。だから、僕の服が一着廃棄になったのは必要経費のようなものなのだ。
それに、フライングリバースだったからこそ、フルミネ自身の服は汚れずに済んだのもある。あれは奇跡だ。運が良かった。
「ううっ……シン……私も、ごめん……」
「だから大丈夫だって。気にしてないから」
僕がそう言っても、フルミネの表情は暗い。酔って吐いただけで、気にしすぎだと思う。
「例え話をしようか」
「……?」
「例えば、グラスさんが大きなくしゃみをしたとしよう」
「――待てっ、例えってあたしなのか!?」
グラスさんの突っ込みはスルーする。
これは仕方ない話なのだ。例え話はその人の身近な人を例にした方が分かりやすいのだから。
「そして、フルミネはそのくしゃみを正面から浴びる」
「……もしかして、怒ってるのか?」
「違いますから。例えって言ったでしょ……それで、フルミネに一つ質問。こんなことになったら、フルミネはグラスさんを嫌うの?」
僕の質問に、フルミネは首を横に振る。
「――え、フルミネ……? 答えられないってことは、あたしのこと……嫌いなのかっ……!?」
グラスさんは車の運転をしているため、後ろを振り向くことができない。だから、この沈黙も不安になってしまったらしい。
「大丈夫ですよ。フルミネは首を振ってます」
「よ、よかった……」
グラスさんは心底ホッとしたような声を漏らす。そんなに不安だったのか。
「フルミネに嫌われたら生きていけない」
「無駄に良い声で馬鹿みたいなこと言わないでください」
仮にも七聖の死因が"義娘に嫌われたから"とか笑えない。
そもそも、昨日までフルミネに嫌われたがっていた人の台詞でもないと思う。
「…………冗談だ」
「その間は何ですか!?」
怖いよ。まるで本当にそんなこと考えてたみたいな……え、流石に嘘だよね。本気じゃないよね?
「師匠、死んじゃ嫌だよ……?」
「――あたしは絶対に死なない。あたしは……そう、不死身だ……!」
変わり身早っ。フルミネに甘っ。
「お、ホムストが見えてきたぞ」
「切り換えも早っ……あ、本当だ」
グラスさんの言う通り、右斜め前方にホムストの特徴でもある巨大なツリーハウスが見える。
「ホムストに寄るんですか?」
「いや、今はゲンブのところに急ぎたいからそのまま通り過ぎる予定だが……フルミネは大丈夫か?」
グラスさんはさっきのことをちゃんと反省しているらしく、フルミネの状態を気にしていた。
「うん……大丈夫。私もゲンさんに早く会いたいから」
「……会えるといいな」
――僕はこのグラスさんの反応に違和感を覚えた。
「どういうこと?」
フルミネも僕と同じ違和感を感じたらしく、グラスさんに問いかける。
「あまり期待はするな」
「……師匠、はっきり言って?」
「結界が消えてる」
「「――っ」」
グラスさんに言われて気づく。あの森を囲んでいた結界が見当たらない。
「フルミネ、お前が森を出る時は結界はあったか?」
「無かったけど……でも、それはゲンさんが私のために解除してくれたんだよ?」
「……あれ?」
「その反応だと、シンはあたしと同じだったみたいだな」
僕は頷く。フルミネは話についていけてないようでキョトンとしている。
「二人は違うの?」
「僕の時は結界に穴を作ってもらったんだ」
「あたしも同じだ。それができるのに、結界を全部解除する必要なんてない」
そうなのだ。だから、結界が消えていることがどれだけ異常なことかがよく分かる。
「――あたしの家に向かう。ゲンブはそこにいる」
グラスさんはまるで確信を持ったように言い切る。
「根拠を聞いてもいいですか?」
「フルミネを預ける口実で、一つ約束……というより、頼み事をしたんだよ。四帝の制約に抵触しない程度のな」
「……と言うと?」
「"あたしの家を魔獣達から壊されたりしないように守っておいてほしい"ってな。まあ、あの家に大切なものなんて特に残してない。壊しに来る存在もいるとは思えないが……結界が無い今、きっとそこにいる」
そう言って、グラスさんは目的地に向かって一直線に魔動車を走らせた――。




