力の証明
「グラス様!? どうして……!?」
「お前に何度睡眠薬飲まされてると思ってるんだ。耐性ぐらいつく。もういいから、仕事に戻れ」
驚くスフィアさんに対し、グラスさんは呆れたように言葉を返して命令する。睡眠薬って何だ。
「しかし――」
「『二度も言わせるな』」
「「「――っ!?」」」
突如、グラスさんから放たれた冷気に僕達は固まった。体が凍りついた訳ではなく、ただ冷気を浴びただけ。それなのに、僕達は動けなくなったのだ。
「分かったか?」
「……はい」
そう返事をして、スフィアさんは王宮の中に戻っていく。僕とフルミネは、その背中を呆然と見送るしかなかった。
「それで、何をしに来た」
氷のような冷たい瞳が僕を見つめる。フルミネは、いつの間にか僕の背中に隠れてしまっていた。
「フルミネ、大丈夫だから」
僕は後ろにいるフルミネに声をかける。
グラスさんに約束してもらったこともあるから、追い出されるようなことにはならない筈だ。だから、後はフルミネ次第ということになる。
「……うん」
フルミネは隠れるのをやめて、僕の前に出る。そして、ゆっくりと口を開いた。
「師匠……私に、何か隠してるの……?」
「……言ったのか?」
グラスさんは僕に問いかけてくる。フルミネの質問に疑問を感じたのだろう。
「直接は何も話していません」
「つまり、スフィアの言葉を誘導して言わせたってところか」
誘導……というよりは、僕の方からからほのめかしたのだけども。
まあ、スフィアさんを利用したことには変わらないから、あながち否定もできない。
「フルミネ、お願いだ。帰ってくれ」
「ここには、帰ってきちゃいけない……?」
「……帰ってきてほしくはないな」
グラスさんの言葉を聞いてフルミネは俯いたが、すぐに顔を上げて言った。
「師匠……私……もう、逃げたくないっ」
「怖いなら、逃げていい。いない方が、あたしも気にしなくて済む」
「……怖くないっ」
「嘘だよな」
フルミネには悪いけれど、僕もそう思う。流石に嘘だろう。
「……うん、それは……嘘。まだ怖いよ……」
案の定、フルミネは自白する。しかし、まだ続きがあった。
「でも、私だけ逃げていい理由にはならないと思う。皆戦ってるのに私だけ安全なところにいるのは、私が嫌なの……!」
「……今度は死にかけるだけじゃ済まないかもしれないんだぞ?」
――絶対に、そんなことはさせない。
「その時は、僕がフルミネを守ります」
「シン?」
「……お前が守れるのか?」
「守ります。フルミネにも、誓いましたから」
フルミネは誓いのことも覚えていないから、僕が何を言っているのか分からないだろう。
だけど、その誓いを彼女が覚えていなくても、僕が覚えていればそれでいいんだ。思い出まで、嘘にはしたくないから。
「――なら、試させてもらおう」
後ろから声が聞こえて振り向くと、そこには短い茶髪の男性と、白髪ポニーテールの少女が立っていた。
「アルバ……!? 魔物の掃討に行ってた筈じゃ……」
「それは全部終わらせてきた。それより……そこの人狼」
この人がフルミネの父親……?
「聞いてるのか?」
「あ、はいっ」
……あまりにも似てなかったので驚いてしまった。となると、母親からの遺伝が強かったのだろう……って、そんな推測は後でいいか。
「"試す"とは……どういうことですか?」
「お前の後ろにいる臆病者を守れるほどの力が、お前にあるかどうか見させてもらう」
戦王の言葉で、フルミネが僕の後ろに隠れてしまっていたことに気づく。グラスさんは平気でも、こっちはまだ無理か。
「……それで、具体的に何をすればいいんでしょうか」
「三十分だ。三十分、俺は庭にいる。逃げも隠れもしない。その間に、俺に一度でも触れることができたなら、認めてやる」
「それだけですか?」
「ああ、そうだ。だが、ハンデとしてお前達二人がかりでかかってこい」
……おかしい。ルール的には明らかにこちらに分があるのに、さらにハンデだって?
有利になるに越したことはない。でも、それは言外に、それだけの自信があるということを示している。
「三十分後、始めるということでいいか?」
「……フルミネ、平気?」
僕が後ろのフルミネに声をかける。すると、彼女は深呼吸をし始める。
「――――、はぁ…………うん、平気。絶対に、認めてもらう……!」
「威勢は良いわね。使命から逃げた弱者の分際で」
今度は、戦王の隣に立つ少女が口を挟んでくる。
「君は誰?」
「……私を知らないなんて、あんた、珍しいわね」
この世界の有名人か何かなのだろうか。
「ウリエーミャ、シンはあたしと同じ異世界人だ。知らないのも無理はない」
「…………は?」
グラスさんにウリエーミャと呼ばれた少女は、その言葉にポカンとする。そもそも、"異世界人"ってこの世界で通じるの?
「グラスっ……それ、本当?」
「ああ、あたしと同じでホワルに召喚されたらしい」
「そう……」
そして、僕の方に向き直り――。
「そこの人狼……聞きたいことができたわっ! だから、絶対に勝ちなさいっ!!」
何故か、応援してくれたのだった。




