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綿菓子のようだったら

 スフィアから告げられた内容は、到底信じられるようなものではなかったが――。


「何があった?」


 スフィアがそんなつまらない冗談を言うとも思えなかった。


『フルミネ様が人狼の少年と共に王宮に来ました』


 人狼の少年? 誰だ……いや、それよりも……。


「それで、どうした」

『グラス様が対応しましたが……今、グラス様は私が眠らせました』

「……分からん」


 話が飛びすぎて訳が分からん。グラスが対応して、どうしてお前がグラスを眠らせるに至るんだ。


『失礼しました。説明が足りませんでした』

「分かっているなら説明しろ」

『グラス様が精神的に疲れていると私が独断で判断し、睡眠薬で強制的に休ませました』


 気になる単語が聞こえたが、それに関しては無視をすることにした。いつものことだ。


「それで、何故通信を寄越した?」

『私の、個人的な……身勝手な願いです』

「言ってみろ」

『至急、王宮に戻ってきて頂きたいのです』


 理由は聞かずとも分かる。しかし、まだ掃討は終わっていない。


『ねえ、フルミネって誰よ?』


 俺がどうするべきか悩んでいると、ウリエーミャがこの会話に割り込んできた。


「俺の娘だ」

『娘……? あ、思い出したわ。あの臆病も――』

「黙れ」


 娘を臆病者呼ばわりされるのは我慢ならない。


『何よ、あんたが言えた義理?』


 ……確かにそうだ。俺もフルミネを臆病者呼ばわりしたのだ。ウリエーミャのことを責める権利など無い。


「すまん……」

『いや、もう少し言い返しなさいよ。調子狂うわね』

「……言い返す言葉が見つからん」

『はあ~』


 ウリエーミャは通信魔道具でも聞こえてしまうほど大きなため息を吐いた。


『発生源は潰したからもうすぐ掃討も終わるわ。そしたら、私が超特急で王都まで送ってあげる』

「良いのか?」


 ウリエーミャの神器の力なら、王都まで30分かからずに戻ることが可能だ。


『貸し一つよ。七聖の使命よりも大切な存在なんでしょ』

「……恩に着る。スフィア、今の話は聞いていたか? そういうことになった」

『ありがとうございます。では、お待ちしてます』


 ブツッとスフィアからの通信が途絶え、俺はまだ通信が繋がっているであろうウリエーミャに問いかけた。


「俺も向かった方が良いか?」

『そうね。魔力はあんたを送るのにできるだけ温存しときたいから、暇なら手伝いなさい』

「分かった」


 そう返して、通信を切る。そして、俺は地面に突き刺していたアイナグラウドを引っこ抜き、ウリエーミャの元へ向かった――。




 * * * *


 ▼ ▼ ▼ ▼




 昼食後、僕達は王宮に向かって歩いていた。


 そして、歩いていて気になることがあるとすれば、フルミネが妙にそわそわしていることだ。緊張しているのかと思って顔色を(うかが)ったのだが、そういう訳ではないらしい。


 ――現在、王宮までの道のりの途中で、僕達は屋台が立ち並ぶ通りを通っている。

 しばらく様子を観察していて分かったことだが、フルミネは歩きながらも、チラチラとその路上に並ぶ屋台を見ていたのだ。花火大会で屋台に目を奪われる子供のように。


「何か買う?」

「――え? う、ううん、大丈夫っ」


 フルミネは何でもない風を装おうとしているが、"大丈夫"って言ってる時点でバレバレである。


「何が食べたいの?」

「わ――っ、い、いらないっ……! そ、それに、食べたいものもないっ……子供じゃないんだからっ……」


 僕はフルミネが"わ"から始まる何かを言いかけて呑み込んだのを確認し、周りの屋台を見回してみる。すると、一つだけ該当するものがあった。


「綿菓子……この世界にもあるんだ……」

「――っ!?」


 綿菓子は僕も好きだ。原材料を言ってしまえばただの砂糖の塊なのだが、お祭りでもついつい買ってしまう謎の魅力がある。本当に不思議な食べ物だ。


 ――って、あれ? この世界に来てから、肉、野菜、米、パンは食べたけれど……甘味は初かもしれない。

 ……僕も綿菓子を無性に食べたくなってきた。とりあえず、フルミネに聞いてみよう。


「フルミネ、綿菓子、買ってもいい?」


 僕がフルミネにそう問いかけると、彼女はとても驚いたような顔になる。

 その後、目を逸らして「う~」と唸りながら頭を抱え、しばらく何かを悩んでから顔を上げて言った。


「し、シンが、食べたいなら、いいよ……」

「あ、うん」


 何を悩んでいたのかはよく分からないが、許可も降りたので一番近くの綿菓子を売る屋台に二人で向かった――。




 * * * *




 この世界の綿菓子は、機械を使わずに魔法で作られていた。屋台のおじさんに聞くと、火魔法と風魔法の応用だそうだ。


「はいよ! 綿菓子二つだから、小銀貨六枚だ!」

「ありがとうございます」


 お金を払って綿菓子二つを受け取り、フルミネに片方の綿菓子を差し出す。しかし、フルミネは目をぱちくりさせるだけで受け取らない。


「……それ、シンが食べるんじゃないの……?」


 あれ? 予想していた反応とちょっと違う。フルミネの分も、ということで二つ買ったのだけど。


「綿菓子、いらなかった?」

「そ、そうじゃない、けど……私、"欲しい"なんて一言も言ってないのに……」


 その言葉を聞いて少し安心した。気遣いの空回りほど恥ずかしいものはない。それに――。


「一人で食べるより、二人で食べる方が美味しいから」

「……ありがとう」


 フルミネが綿菓子を受け取り、僕達は横に並んで歩き始める。久々に食べた綿菓子はいつもより甘く感じ、とても美味しかった。


 ――世の中もこの綿菓子のように甘ければどんなに幸せだろうかと思ったけれど、それはきっとあり得ないのだろう。

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