守人登録
「でかいな……」
大きな建物の前に僕は立ち尽くす。その建物の前に掲げられている看板には"守人集会所"の文字。
――結局、グラスさんには断られてしまった。金銭面は、王都にいる間は援助してくれるらしい。
王都を出るのもゆっくりでいいと言われた。できることなら、一刻も早くフルミネを王都から遠ざけたい筈なのに、優しすぎる気がする。やっぱり、フルミネのことで気にしているのだろうか。
それでも、僕がこんな所に来たのには理由がある。王都を出た後の金銭面も考え、収入を得られるものが必要だろうという結論に至ったのだ。
そこで、グラスさんは町を転々としながらでもお金を稼ぐことができる"守人"をやったらどうかという提案をしてきた。
グラスさんから守人の話を聞いたところ、守人は守人集会所での登録をすると、魔獣の素材を少しだけ高く買い取ってくれるそうだ。その登録も簡単なものなので、15歳以上という条件を満たしていれば登録できるらしい。
だから、グラスさんに手書きの地図を貰ってここに辿り着いたのだが……大きな建物を目の前にすると、なんとなく、気持ち的に入り辛いんだよな。
しかも、人の出入りが多い。僕は人が多い所は少し苦手な方である。でも、お金のために、まずはここで登録をしなければならない。
「……ふぅ、よしっ」
僕は腹を括って、集会所の扉を開く。
「――酒臭っ!?」
思わず声が出てしまったが、僕の声は集会所の賑わいにかき消される。誰にも聞こえてはいないようだ。
いきなり柄の悪い人に絡まれるとかは勘弁願いたかったので、少し安心した。
それにしても酒臭い。辺りを見回すと、酒を飲んでる人がちらほらしている。こんな時間から酒なんて飲んで大丈夫なのだろうか。
「……どうでもいいか」
正面の奥にある受付に向かうと、そこには受付が5つあり、それぞれ列を作って並んでいる。
「見ねえ顔だな。王都の集会所に来たのは初めてか?」
「集会所自体が初めてですね。今日は守人の登録しに来たので……あなたは誰ですか」
あまりにも自然に話しかけられたから普通に応答してしまった。とりあえず振り返ってみると、そこには巨漢のモヒカン男が……。
「俺の頭に殺気飛ばすのは止めてくれねえか」
「――はっ! す、すみませんっ、モヒカンに良い思い出がなかったもので……」
「お前はモヒカンに親でも殺されたのか?」
親じゃなくて僕自身が殺されかけたんです!
……なんて言って変な目で見られたくないから言わないけど。
「それで、あなたは誰ですか?」
「名前を聞くならまずは自分から名乗れ……と言いたいところだが、先に話しかけたのは俺か。俺はエンス・コンビニだ」
「温めますか?」
「何をだよっ!?」
"コンビニ"と聞いて条件反射で言ってしまった。
ついでに今の反応から、この世界にコンビニが存在しないことが分かった。
この世界、妙に異世界っぽくないところがあるからもしかしたら……とか思っていたけど、コンビニは流石に無いようだ。
「僕はシンです」
「……それは名字か?」
「名前です。僕は親がもう亡くなっているので、名字が無いんです」
「いや、それでも名字はあんだろ?」
何て言えばいいんだろう。フルミネには特に聞かれなかったからな……。
――僕は自分の親の名字が分からない。母親の名前なら分かるが、名字は知らないのだ。それは、僕を育ててくれたおばさんも。
だから、まだこの世界に来る前はおばさんの名字を借りていた。名字が無いと、学校やバイトで不便どころの騒ぎじゃないし。
「ステータスカード見せてみろ」
「あ、はい」
僕はステータスカードをコンビニさんに渡す。コンビニさんはそのステータスカードを見て驚いていた。
「所々壊れてはいるが、本当に名字が無いんだな……」
「守人の登録って、名字が無いとできなかったりしますか?」
「いや、そんなことはねえ筈だ。とりあえず、守人は受付で言えば登録できると思うぞ」
良かった。名字が無いことで登録ができなかったら、他の稼ぎ方を考えないといけなくなるところだった。
「色々とありがとうございます」
「おう。何か困ったことがあったらまた聞くぞ」
――その後、コンビニさんと別れた僕は無事、守人の登録をすることができた。
▼ ▼ ▼ ▼
どうして、いつも上手くいかないんだ。
「――――――、――――を――――――――た」
どうして、あたしじゃない誰かが傷つくんだ。
「――――ま?」
どうして、あたしはいつも誰かを不幸にするんだ。
「グラス様っ!」
「――うおっ!?」
正面から両肩を掴まれて我に帰る。顔を上げるとそこには、侍女長のスフィアの顔が目の前にあった。
「少し横になられたらどうですか? 昨晩は寝ていませんよね?」
「そんな心配しなくても大丈夫だよ。あたしは【氷聖】で【人類最強】だぞ?」
「せめて休憩はなさってください。紅茶をお持ちしたので」
「いや「紅茶です、どうぞ」……分かったよ」
スフィアの有無を言わさぬ勢いに負けて、あたしは差し出された紅茶を受け取る。
しかし、休憩しろと言われても、あたしは身体的な疲れは感じていない。むしろ、精神的な方が疲れている……が、休憩をしたところで心が休まることはないだろう。
――それに、気になることもある。
「アルバとは連絡ついたか?」
「いいえ。いくら魔人ではないとはいえ、魔物の掃討はしばらくかかると思われます」
「そうか……」
紅茶に口をつける。味がいつもより濃い気はするが、それでもスフィアの紅茶は旨い。あたしが淹れたらこうはいかないからな。
――ああ、おかげで、すこし、らく、に……。




