不完全な忘却
魔人にホムストが襲われた。私はゲンさんに背中を押されて、あの森から出てきた。そして、魔人と戦った。
「……ホムストを、守った……」
それは事実。間違ってることは何1つない。でも、何かがおかしい。どうしても違和感が――っ!?
「う、くうっ……!?」
突如、激しい頭痛に襲われた私はあまりの痛みに蹲る。でも、逃げちゃいけない、そんな気がする。
……逃げるって、何の話……?
私は、何故"逃げちゃいけない"という言葉が頭に浮かんだのか、自分でもよく分からなかった。
逃げるって、誰から? 何から? 私は、何から逃げてるの? 七聖の使命から? それとも、師匠に拒絶された現実から?
「……全部、だよね……」
私が呟くと、頭痛もスーっと消えていった。でも、心に何かが引っ掛かっている感覚がまだ残っている。
「今の、何だったんだろ……」
当然ながら、その呟きに答えてくれる人は誰もいない――。
* * * *
▼ ▼ ▼ ▼
「…………すまん」
僕が昨日の出来事を報告すると、フィンブルさんの第一声は謝罪だった。
「フルミネの記憶が消えたことに心当たりがあるんですか?」
僕の問いにフィンブルさんは頷き、答える。
「考えられる原因は、あたしがフルミネを裏切ったからだろう……」
「まさか、それも計算の内だって言うんですか」
努めて冷静に、僕はフィンブルさんに問いかける。
「……それは違う」
しかし、返ってきたのは否定の言葉だった。
「それなら、どうして謝るんですか」
「フルミネがこうなることを想定しなかったあたしのせいで、お前を辛い立場にさせた……」
「――そんなの、想定できる訳「本当にそう思うか?」…………」
分からない。分からないけど、まだまだフルミネは心が弱い。想定できたことなのかもしれない。それでも――。
「僕のせいでもあります」
「……?」
「僕は、フルミネを守ると彼女自身に誓いました。それなのに、彼女が傷ついた時、僕は自分の感情を優先したんです……」
だから、フィンブルさんだけのせいではない。それだけは言える。
「それに、フルミネに秘密にしていることもありますから。僕も嘘つきなんですよ」
「……過ぎた自責は身を滅ぼすぞ」
「大丈夫です」
いくら自分を責めても時間は戻らない。やり直しなんてできない。それは僕もよく知っている。それでも、こんなもの、"過ぎた自責"の内には入らない。
フィンブルさんは僕の言葉に眉をひそめたが、僕が考えを改める気がないことが分かったのか、深くため息を吐いた。
そして、フィンブルさんはしばらく何かを考えた後、確認するように僕に訊ねる。
「フルミネの記憶だが、お前の記憶だけが抜けている、ということだったよな」
「……はい、恐らく。フィンブルさんとのやり取りは覚えているみたいですから」
再び、フィンブルさんは眉をひそめる。あれ、何か変なこと言ってしまっただろうか。
「名前にしてくれ。名字は嫌いなんだ……」
「……はい」
――"名字が嫌い"。彼女の過去に何があったのか気にはなるが、今は聞かないでおく。
「グラスさん……これで良いですか?」
「ああ。話を戻すが、フルミネの記憶の欠落は一時的なものだろう」
――僕はこの言葉を聞いて、希望が見えたことに喜びそうになった。けれど、喜ぶのはまだ早い。
「どういう、ことですか?」
「特定の記憶だけが丸々消えた……注目するのはここだな。これは、普通ならありえない記憶の消え方なんだよ。こんな記憶の消え方したら、過去の記憶だっておかしくなる筈なんだ」
「……なるほど」
グラスさんの言わんとしていることは何となく分かった。だとすると、フルミネの記憶は今、どういう状態なんだ……?
「それに、お前の記憶が消えるのもおかしい。あたしの記憶が消えるならまだ分かるんだがな……」
「え――あっ」
グラスさんに言われて気がつく。確かに、フィンブルさんとのやり取りが原因だというなら、グラスさんの記憶が消える筈なのだ。
それなのに、僕の記憶が消えたというのなら――。
「原因は僕なのか……?」
「それは原因に心当たりがあって言ってるのか?」
当然ながら、そんなものある訳がないので僕は首を横に振る。
「だとすれば、あたしが裏切ったことが原因で間違いない。ただ、問題は"どうしてお前の記憶が消える必要があったか"だ」
「必要、ですか?」
「ああ。物事にはそれぞれ原因があって、理由もある。だから、フルミネからお前の記憶が消えた理由も必ずある。それが分かれば、フルミネの記憶が戻ることにも繋げられる」
理由はまだ分からない。それでも、僕は"記憶が戻る"という言葉を聞いて、心の底から安堵した。
しかし、グラスさんは顔を曇らせ、言葉を続ける。
「……ただ、いつ記憶が戻るかは分からない」
「いえ、記憶が戻るという言葉が聞けただけでも安心しました」
「これから、どうするんだ?」
グラスさんに聞かれて、僕は考える。フルミネの記憶が戻るまでこの王都に滞在させてもらうか、他の街に行ってしまうか。今の状態だとホムストにも戻り辛いよな……。
「ひとまず、それはフルミネと話して決めます。あと、一つだけ相談があるんですが……」
「ん? 何だ?」
「この王都にいる間だけでも、僕を雇ってくれませんか?」




