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理由の消失

「もう朝か……」


 窓から射し込む日光が眩しい。時計の短い針は"7"を指していた。


 ベッドから起き上がり、僕は身支度を軽く整える。

 この宿に着いたのが日付を跨いだ後で、昨夜はフルミネのこともあってなかなか眠ることができなかった。

 最後に時計を見た時は四時を過ぎていたから、連続三時間も寝ていないことになる。だからちょっと眠い。


 因みに、この宿には五泊で手続きをしてある。宿に泊まるにしては長めの滞在だが、フィンブルさんから金貨を貰っていたので金銭面は心配要らないだろう。

 当初は二泊三日の予定だったが、昨日、フルミネに想定外の事態が起きた。そのため、滞在予定日数を伸ばしたのだ。


「……よし、行くか」


 今日の予定は、まずフルミネのことをフィンブルさんに報告すること。抜け落ちた記憶が僕のことだけとはいえ、報告しておくに越したことはない。

 だけどその前に一階の食堂で朝食を取るので、僕はフルミネを呼びに彼女が寝ている部屋の前に来た。


 そして、僕は扉をノックしようとして――伸ばした手を引っ込めたのだった。


「……え?」


 自分自身の行動が理解できなかった。

 どうして僕は手を引いた? 怖かったのか? 何が? フルミネが?


 ……うん、怖かったんだ。僕のことを忘れてるフルミネに会うのが。頭では分かっているのに、本当は受け入れられていない自分がいる。僕がしっかりしなきゃいけないのに。


 ――再度、扉をノックしようと伸ばすと、不意にその扉が開く。そして、扉が開くと驚いた様子のフルミネがそこに立っており、僕に向かって問いかけた。




「……誰……?」




 ――頭が真っ白になった。


「……? えっと、大丈夫……?」


 フルミネの声で我に帰る。まさか昨日のことも忘れてしまっているなんて、誰が想定できただろうか。

 ……フルミネの心の傷を抉るようなことをするのは躊躇われるが、これは確認しなければならない。


「フルミネは、昨日、どこまで記憶に残ってる?」

「え、あ、えっと……お、王宮、で…………あっ……」


 何かを思い出したようで、フルミネの顔が曇る。この様子だと、フィンブルさんとのやり取りは覚えているのか……?


「この宿まで来たの記憶は?」 

「ごめんなさい……」

「できれば、謝らないでほしいな……」


 フルミネは悪いことなんてしていない。悪いのは、僕達(・・)なのだから。


「ご、ごめんなさ「謝らない」……うん……」

「改めて自己紹介するよ。僕はシン、【氷聖】から君の付き人をするように言われたんだ」

「ごめんね、私なんかの付き人なんて……」


 また謝られてしまった。フルミネは自分に自信が持てなくなっているのか。


「……とりあえず、朝ごはんにしよう? この宿は下に食堂があるからさ」

「……うん……」


 そして、僕達は重たい空気の中、食堂に向かった。




 * * * *




 食堂で朝食を済まし、僕達はお互いの今日の予定を確認する。僕はフィンブルさんにフルミネの事を伝えるために、王宮に行かなければならない。だから、フルミネには"王宮に報告がある"と言うと――。


「私は……どうすればいい、かな……」


 そう言って、フルミネは俯いてしまう。この状態のフルミネを目の届かないところに居させたくないから、本音を言えば僕についてきてほしかった。でも、昨日の今日で王宮に行くのは精神的にキツい筈だ。


「僕が帰ってくるまで、この宿で待っててほしいかな」


 僕はカウンセラーではない。だから、こういう状況で何を言うのが正解なのか分からないし、今、この対応も間違っているのかもしれないという不安が、どうしても拭えなくて……それでも、立ち止まってばかりはいられないんだ。


「じゃあ、行ってくるね」


 そう言って、僕は立ち上がる――。




 ▼ ▼ ▼ ▼




「じゃあ、行ってくるね」


 シンはそう言って立ち上がり、私に背を向けて歩き出したが、数歩進んで彼は立ち止まってしまった。そして、彼は振り返って驚いた様子で私を見つめる。


「……フルミネ?」


 ――名前を呼ばれたことで、ようやく、私がシンの服の裾を掴んでいることを自覚した。


「――っ!? ご、ごめんっ……!」


 ど、どうして私っ、こんなことしてるんだろう!? これじゃあ、シンを引き留めてるのと同じだよね!? シンにはシンの仕事があるのに……!


「……ありがとう」

「え?」


 お礼を言われた理由が分からない。私、何もシンのためになることをやってないのに……。


「それじゃあ、いってきます」

「あっ……」


 ――そして私は、ただ呆然とその後ろ姿を眺めることしかできなかった。




 * * * *




「……本当に、何であんなことしたんだろ……」


 私はベッドに寝転んで、さっきの自分の行動を考えていた。でも、いくら考えても分からない。

 シンはただの私の付き人。会ったのも昨日が初めて……だとは思う。なのに、何で……?


「……止めよう」


 考えすぎたのか、少し頭が痛くなってきた。今はこれからのことを考えよう。私は七聖の中の一人として、【雷聖】として、これからどうするべきなのかを――。


「…………あれ……?」


 私、何でここに戻ってきたの……?

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