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急転

 ――僕は、悩んだ末に出した答えをフィンブルさんに告げた。


「…………分かった」

「ありがとうございます。でも、急な出発は無理です。なので、せめて何日かでいいので、この王都に滞在させてください」


 フィンブルさんはこのお願いに考え込む様子を見せたが、あまり時間がかからずに「そうだな」と了承してくれた。


「だったら、あたしが宿を手配しとくよ。あとは…………金か。これもあたしが用意しとく」

「ありがとうございます」


 その後、フィンブルさんから元々の荷物だったリュックと宿までの地図、そして金貨一枚を受け取って、僕は牢屋を出た――。




 ▼ ▼ ▼ ▼




 兵士さんもいなくなり、私は一人で暇を持て余していた。


 最初は何かされるんじゃないかってビクビクしてたけど、兵士さんは何もしてこなかった。思い切って兵士さんに訊ねてみたところ、師匠に私を見張れって言われていただけみたい。


 …………もし、あの師匠が本来の師匠の姿だとしたら、始めから私のことが嫌いだったのかな。


 それなら、もっと早くに言ってほしかった。そうすれば、私は変な希望を持たずに済んだから。

 師匠は嘘をついてるんじゃないかって、小さな希望を捨てられない私がいる。本当は、誰かに言わされてるんじゃないかって。


 ――だからもう一度、もう一度だけ、師匠と話したい。


「フルミネ、迎えに来たよ」

「……え……?」


 聞き慣れていたような声が耳に入って顔を上げると、鉄格子を挟んだ向こう側に、兵士さんには見えない服装をした獣人の男の子が立っていた。


 彼は牢屋の鍵を開けて中に入ってくる。そして、私に手を差し出して言った――。


「ここを出よう、立てる?」


 その言葉に対して、私は頭の中をぐるぐると回っていた疑問を投げ掛ける。


「誰……?」




 ▼ ▼ ▼ ▼




 信じたくない。


「君はここの使用人……の格好じゃないよね?」

「……たちの悪い冗談はやめようか。心臓に悪いから」


 嘘だと言ってくれ。


「冗談?」


 フルミネは首を傾げている。それはまるで、冗談を言っているつもりはないと言いたげな表情だった。


 ……きっと、彼女は本気で言っているのだろう。


「君は、誰……?」


 …………これも僕への試練だって言うのなら、やってやる。


「僕の名前はシン。【氷聖】から君の付き人をするように言われたんだ」


 口調は変えない。ここで急に変えても変に思われるだろうから。


「付き人? 師匠から頼まれたの?」

「……うん。えっと、"臆病者に王都をフラフラされたら困る"って言ってたよ?」

「っ…………そ、そっか……」


 フルミネは複雑そうな表情になる。こんなこと、僕も言いたくはない。今、僕がやってることはフィンブルさん達と同じなのだ。

 でも、今はフルミネを宿で休ませることを最優先したい。その後にフィンブルさんにこのことを伝えよう。


 ……幸い、僕の記憶だけが抜けたみたいだし。それに、フルミネは僕が支えなきゃいけないのに、逆に負担をかけてはいけないだろう。


「とりあえず、今日泊まる宿に向かおうか。これがフルミネの荷物だよね?」

「あ、うん。ありがとう……」

「立てる?」

「……うん、大丈夫」


 僕が手を差し伸べるが、僕の手を取らずにフルミネは自分で立ち上がった。

 僕の気にし過ぎかもしれないが、いつもと違う、他人と接する時のような遠慮が感じられたような気がする。


「じゃあ、ついてきて」

「うん」


 ひとまず、これからのことは歩きながら考えるとしよう……。




 * * * *




 王宮を出た僕達は、地図を見ながらフィンブルさんが手配してくれた宿まで歩く。


「どこに向かってるの……?」


 後ろを歩くフルミネに質問される。僕は振り返らずに歩きながら答えた。


「今日泊まる宿だよ。もう暗いからね」

「そっか。あとどのくらいで着くの?」

「そろそろだと思うけど……あ、これかな?」


 入り口の前にある看板には『民宿ヘルス』の文字。ヘルスって、確か"健康"だったっけ…………ん? これ、そもそも英語なのか?


「入らないの?」


 フルミネに声をかけられて我に返る。そうだ、今はそんなこと、どうだっていい。


「ごめん、少しボーッとしてた」

「……大丈夫?」

「大丈夫だよ。少し眠いだけだから」


 フルミネに心配されてしまった。僕がしっかりしなくてどうする。今は目の前のことだけを考えろ――。




 * * * *


 ▼ ▼ ▼ ▼




 宿泊の手続きを終えた私達は、案内された部屋の前に着いた。


「僕は隣の部屋だから、何かあったらいつでも呼んで」

「ありがとう。おやすみなさい…………えっと……」


 今になって、私は名前をまだ聞いていなかったことに気がついた。


「……僕の名前はシンだよ。おやすみ、フルミネ」


 彼はそう言って自分の部屋に入ってしまったので、私も自分の部屋に入る。表情が少し暗いような気がしたのは気のせいかな……。




 ――その後、部屋に荷物を置いてお風呂を済ませた私は、ベッドに仰向けになる。


「これから、どうしよう……」


 師匠は私の味方だと思ってた。でも、それは私の思い違いだった。


 もう、私の居場所はどこにもない。


「明日、考えよう……」


 こんなの、ただの問題の先送り。それは分かってる。


 でも、今日はもう疲れちゃったから…………少しだけ、少しだけ夢の中に逃げても、(ばち)は当たらないよね……?










 ――右目から溢れ出るものは止まらなかったけれど、それでも私の意識は自然と沈んでいってくれた。

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