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優しい嘘

 ――直接、お礼を言う。たったそれだけのこと。


「それはできない」


 それでも、僕の望んだ答えは返ってこなかった。


「今、あたしがそんなことをしたら、あたしだけじゃない、アルバ達の嘘も無駄になっちまう」


 戦王達の、嘘……?


「一つ目の嘘は、フルミネに親はいないと思わせること。あたし達はフルミネに、魔人とは縁のない"普通の女の子"として生きてほしかったから」


 その理由ならこの王宮で育てること自体が間違っているのではないだろうか。

 僕が首を傾げていると、フィンブルさんは補足をしてくる。


「あたし達は七聖だ。フルミネを付きっきりで育てることなんてできない。だけど、誰かにフルミネを預けるなんてこともできなかったんだ。エクレールとの約束もあったし、なによりもあたし達の目の届かない所に行かせたくなかった。まあ、ただの過保護だな」


 ……良かった。フルミネはちゃんと愛されていたんだ。フィンブルさんだけじゃない、多くの人に。


「なのに、運命ってつくづく残酷だよな」

「フルミネが神器に選ばれたことですか」

「ああ」

「それなら、どうしてフルミネに見学を許したんですか?」


 選定の間に行かせなければ、フルミネが神器に選ばれることはなかった筈だ。


「それがもっともだよな。耳が痛いよ…………絶対に立ち入らないように入り口の前に見張りを立たせてたのに、まさか天井の通気口から来るなんて思わなかったんだ……」


 フィンブルさんは遠い目で語っていた。当時のフルミネはかなりやんちゃだったようだ。

 ……フルミネさん? お願いして見学を許してもらったのは聞いていたけど、侵入したという話は聞いてないよ?


「なんかすみません……」

「いや、いいんだ。実際その通りなんだからな。それで、二つ目の嘘だが、これが今に大きく繋がってくる。【溶獄】との戦い以降、フルミネは塞ぎ込んだ。あたし達も、二度とフルミネを戦わせたくなかった」

「……それが、フルミネを追い詰めることに繋がった理由は何ですか」

「フルミネに、罪悪感とかを背負わせたくなかったんだ。お前なら分かると思うが、ほら、あの子って優しいだろ?」


 それはよく知っている。

 素性の分からない僕を助けてくれた。衣食住を提供してくれた。鍛えてくれた。そこまでしてくれる人なんてなかなかいないだろう。


 そんな優しい人が"人を守ることを止める"となると、少なからず自分を責めてしまうのを想像するのは容易かった。今だって、自分のことを責めていたのだから。


「ここを離れる理由が必要だった。そしてそれは、結果として成功した。普通の女の子としてはもう生きられなくなったが、フルミネが神器に選ばれた時点でそれは諦めていたからな」

「それって、一つ目の嘘が全部無駄じゃないですかっ」

「あたしだってこんな騙すような真似、したくなかったよっ! ……でも、この嘘――フルミネを追い詰めようって提案したのはアルバなんだ」

「な、何で……!?」


 そんなことをしたら、自分がフルミネから嫌われるということを考えなかったのか。


「あいつにとって、フルミネは()()()()()()()、血の繋がった家族なんだよ」

「じゃあ、なおさら――」

「"フルミネが生きていてくれるなら、自分はどう思われようと構わない"――これはアルバの言葉だ」

「――っ」


 もう、僕には、何が正しいのか分からなかった。フィンブルさんも、戦王も、自分のためじゃない。()()()()()()()()嘘をついていたのだから。


「その後、あたし達は兵士達に頭を下げに回った。"フルミネのために、協力してほしい"って。訳を話したら、皆、快く悪役を引き受けてくれたよ」


 これは誰が悪いのだろう。きっと、この嘘は間違っている。でも、必要だった。


「フルミネのために、怒ってくれてありがとな」

「……やめてください」


 感謝されたって嬉しくない。だって、僕の怒りはあまりに見当違いだったのだから。


「この話を聞いた上で頼む。もうここに戻ってこないでくれ。フルミネの心の支えに、あたしの代わりに、お前がなってくれ」


 ――そうして、フィンブルさんは両手両膝を着いて頭を下げてくる。土下座だ。


「………………少し、時間をください」


 僕は、すぐに答えを出すことができなかった。




 ▼ ▼ ▼ ▼




 お尻はすっかり冷たくなってしまっている。あれから、どれくらい時間が経ったのかな。


 私は分からなかった。もう、誰を信じればいいのか。師匠は、師匠だけは私の味方でいてくれると思っていたのに。


 ――もう、私の居場所はどこにもない。


 これから、私はどうなるんだろう。私は、何をさせられるんだろう。


「――い、おいっ! 聞いてんのかっ!」


「っ……!」


 兵士さんの怒鳴るような声が聞こえた。どうやら、私を呼んでいたようだ。

 その兵士さんは、バールがいっぱいに乗せられたお盆を渡してくる。私はそのお盆を受け取って、バールを手に取った。


 ――毒でも入ってるのかな。


 私が死ねば、神器は次の持ち主を選ぶ。こんな私が神器を持っているよりずっと良いって、皆思っているのかもしれない。


 ――でも、それでもいっか。


 私はバールを小さく口に含んだ。ゆっくり咀嚼して、飲み込む。

 けれど、体に異常は起きなかった。このバールに毒は入っていなかったようだ。


 ふと、お盆の端に何かが入った瓶があることに気づいた。何だろう……?

 蓋を開けてみると、白い粉が入っていた。これをかければいいのかな。


 よく分からないけど、バールに上から全部かけてみた。もう、毒でも何でもいい。自暴自棄になっている自覚はある。


 白い粉がたっぷりかかったバールを一口――。


「――っ、けほっ、けほっ」


 普通に()せた。そして甘かった。ただの砂糖だったみたい。口の中がジャリジャリする。


 兵士さんが、水筒を投げ渡してくる。蓋を開けてみると、ありがたいことに水が入っていた。私はそれを一気に飲み干す。


「……寄越せ」


 言われた通り、私は水筒を返す。すると、兵士さんはその水筒を持ってどこかに行ってしまった。




 ――しばらくすると、兵士さんが水筒を持って戻ってきた。そしてまた投げ渡してくる。

 中身を確認すると、さっきと同じように水が入っていた。水を汲みに行ってくれたんだ。


 ……この兵士さん、優しい人なのかな。


「こんな子供のお守りなんて、めんどくせー……」


 優しくなかった。

子供扱いされるフルミネさん、ご立腹。

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