最悪の再会
「シン、ありがとう。もう大丈夫」
「……それなら良かった」
想定とは違う形になってしまったけど、不安は多少払拭できたようだ…………それはそうと、僕の顔の火照りは治まっているだろうか。治まっていなかったら少し恥ずかしいのだが。
「『両足:ホバー』、先に行くね」
そんな僕の気も露知らず、フルミネは足を変型させてふよふよと浮き、生垣を越えて行ってしまった。僕も深呼吸をしてから、後に続いて飛び越える。
「――とっ」
着地は成功。はてさて、人生初の生王宮はどんなものか…………な?
「どうしたの?」
「ここ、本当に王宮?」
「…………王宮だよ?」
* * * *
広大な敷地の奥に建っている、普通の家よりは大きな建物。フルミネ曰く、これが王宮とのこと。
王宮を実際に見たことなかった僕でも、これは王宮と呼べるのかと疑問に思ってしまう。王宮というよりお屋敷に近い見た目だった。
遥か昔、奴隷制度というものがあった頃は、王宮も大きく華やかだったと記録に残っているらしい。
――そして、僕達は現在、庭園で見張りの目から逃れるために植え込みに身を潜めていた。
「見張り、いないんじゃなかったっけ?」
「うう……ごめんなさい……」
そんなに落ち込まれても困る。いてしまったものはしょうがないし、今はここを突破する方法を考えるべきか。
「幸い、一人しかいなかったから良かったけど……」
「どうするの?」
「できれば、見つからずに突破したいかな」
首トンで気絶……なんて僕にはできない。というか、あれを現実でできる人がいたら怖い。
普通に殴って気絶させるのも一瞬考えたが、一発で決められなかったら駄目なのでこれも方法から除外する。
それに、今はフィンブルさんに会うことが目的であって、"よくもフルミネに酷いことしたな!!"って殴り込むのが目的ではないため、できれば穏便に済ませたいのだ。
…………フルミネを臆病者呼ばわりしたやつ全員に一発ずつ殴ってやりたいとは思ったが、流石に、王宮に殴り込むのは色々とアウトな気がしたからというのが一番の理由だったりする。自重は大切。
「そういえば、フルミネの師匠の部屋ってどの辺り?」
「一階の一番端の部屋だったと思う。多分、あそこ。分かる?」
フルミネが指を指した方向を見ると1つ、明かりの点いている部屋がある。
「カーテンは閉まってないし、まだ起きてそうだな」
「うん、そうみたい…………あれ? さっきの人がいなくなってる……」
「え、本当? 『C極』」
五感をフル稼働して辺りの様子を探る。本当にいなくなっていた。見張りじゃなかったのか?
「シン、今ならいけそうだよ?」
「……そうだな、行こう。『通常』」
――その後、僕達は見張りに見つかることなく目的の師匠の部屋の窓の下まで来た。念のために警戒していたが、それも杞憂だったみたいだ。
2人で部屋の中を覗くと、エルフの特徴である長い耳と綺麗な金髪を持つ女性が、机で何か作業をしているようだった。
「良かった……元気そうで……」
フルミネは師匠を見て安心したのか、ホッと息をつく。
それにしても、やっぱりエルフって顔整ってるな。横顔だけでも美人って分かる。クールビューティーが纏うオーラ的なものが見えるような、見えないような……。
「――い゛っ!?」
脇腹をつねられた。隣を見ると、フルミネがジト目で僕を見ている。
「師匠が綺麗な人ってことは分かるけど……」
そう言って、フルミネは軽く頬を膨らませてしまう。
「ヤキモチ?」
僕の問いにフルミネは答えず、プイッとそっぽを向いてしまった。なんだ、そういうことか。
「フルミネが一番。これは変わってないし、変わらないから」
「――っ、そ、それならいいけど……」
それにしても、ヤキモチか……。フルミネにそんな感情を向けられたのは初めてだ。こんなこと思うのもどうかと思うけど、ちょっと嬉しい。
「に、ニヤニヤしないでよっ」
「あははっ、ごめんごめん」
ポカポカと叩いてくる。可愛い。
「もうっ……」
「それで、いつまで隠れてるのさ。師匠なんだから隠れなくてもよくない?」
僕は、先程から疑問に思っていたことを口にすると、フルミネが固まる。
「…………えーっと、そうだね……」
なんだ、ただの天然だったのか。
僕達は隠れるのを止めて立ち上がり、フルミネがコンコンと窓をノックすると、フィンブルさんがこちらに気づき、歩いてきた。そして、フィンブルさんが窓を開けたと同時に――。
――僕達の首から下が、凍っていた。
「っ!?」
「し、師匠っ、いきなり何するのっ」
「何故、戦えもしない臆病者がここにいる」
――今のは、僕の聞き間違いだろうか。
「し、しょう……?」
「聞こえなかったのか? なら何度でも言ってやる。何故、臆病者がここにいると聞いたんだ。答えろ」
聞き間違いではなかった。確かに、フィンブルさんの口から臆病者という単語が聞こえた。
「何で、そんなこと言うの……?」
「ああ、それとも、あれか? 道具として、あたし達のために身を削って働いてくれるのか? それならありがた――」
――道具。
「『S極』」
凍りついた体を、[能力改変]で力に特化させて無理矢理動かすことで拘束を解除。地面を蹴って、一気にフィンブルとの距離を詰める。
無数の割れた氷が体に突き刺さるが、そんなことは些細な問題だ。
しかし、俺の拳がフィンブルの顔面を捉える直前。
「『神器解放』」
――その言葉を最後に、俺の意識は飛んでしまった。