その別れは希望に溢れていた
翌朝、朝食を終えた僕達の部屋の中には、気まずい空気が漂っていた。
チラッとフルミネを見やると目が合ってしまい、互いに慌てて顔を逸らす。もう、これで五回目のやり取りだ。
――朝、僕が目を覚ますとフルミネに腕の間接を極められていたのだ。なお、この時のフルミネはまだ夢の中である。
つまり、フルミネはただの寝相で僕に間接を極めていたということになる。これが結構痛かった。
……まあ、それはいいんだ。『D極』で腕が折れるのは回避したから。問題はそこからである。
僕はフルミネの間接技から抜け出すために手を動かしたが、これが間違いだった。この時、フルミネの、慎ましくも柔らかいものを指で押してしまったのだ。
それによってフルミネが起きてしまい、そこからが本当に大変だった。
顔を真っ赤にして、離れるかと思いきやさらに強い力で間接を極めてきたのだ。相当パニクっていたのだろう。
因みに、これがもし『通常』のままだったら、僕の腕は確実に折れていたと思う。
フルミネが力を入れてしまうと、『D極』状態の僕は自力で脱出なんて当然できない。それに、力を入れて間接を極めているということは、より"ふにっとするもの"が手に当たるということで……。
――そこからまた、色々とあって今に至る。
今日は出発の日だ。いつまでもこのままの状態でいる訳にもいかない。僕は、思い切ってフルミネに話しかけてみようとした。
「ごめんなさいっ」
けれど、その前にフルミネが謝ってきた。
「……何でフルミネが謝ってくるの?」
「私が悪いのは分かってるの。昨日のことも、少しだけど覚えてる。だから、迷惑かけたから…………ごめんね、シン……」
フルミネは、僕の思っていた以上に落ち込んでいたらしい。昨日は、初めての酒だったのだから、どれくらいまでなら大丈夫かなんて分からないし仕方がないと思う。
それに、僕もわざとではないのだけれど、確かに触ってしまったのだ。
――頭の中で天使と悪魔が「ギルティ!」と叫んだ気がする。"ギルティ"と言われる側の筈の悪魔にまで言われてしまったら、おしまいだと思うんだ。謝ることには変わりないんだけどさ。
「こっちこそ、ごめん」
「う、うん……」
僕も謝ると、フルミネはさっきのことを思い出したのか、頬を赤く染めながらもこくりと控えめにだが頷いてくれた。たまには罵ってくれてもいいんだよ?
……じゃないと、僕の罪悪感が半端じゃないから。
* * * *
――出発前、集落の入り口付近にはたくさんの人が見送りに来てくれた。
「また、いつでもいらしてください。家はちゃんと綺麗にしておきますので」
「そ、そんな、大丈夫ですよっ。いつここにまた来れるか分からないですし……」
「そうですよ、逆に気を遣っちゃいますから」
トトさんの、隙あらば僕達に何かしてくれようとする気持ちは嬉しいんだけどね。フルミネも僕と同じ気持ちだろうか。
「シン、頼むっ」
「……どうした?」
突然ライトから頭を下げられ、困惑する。こんな出発前に、一体どうしたというのだろう。
「今度、またホムストに来たら、その時は手合わせしてくれ!」
「ああ、それか。そんな改まって言わなくても。それに、もっと早くに言ってくれれば軽くならできたのに」
「いや、今やってもシンに勝てなさそうだしな。次来た時、絶対にシンより強くなってやるから、期待しておけよ!」
ライトとは、出会いが出会いだっただけに、僕の方が強いって思われてるけど、実際そうでもない気がするんだよなぁ。
でも、期待しておけよということなので、素直に「期待しておくよ」と言っておいた。今度来た時、ライトに失望されないように僕も頑張ろう。
「――いつでも帰って来てね!」
「――ありがとう、コンフィム」
女子組の方も話し終えたみたいだ。フルミネにとって、コンフィムはかけがえのない親友になったと思う。
もし、この先何があっても、フルミネが独りになることは決してない筈だ。僕がいるし、ここに戻ってくればホムストの優しい皆もいるのだから。
「そろそろ、出発しますか?」
僕達が話終えたタイミングで言ってくれたのは、僕達を王都まで送ってくれる予定の商人、コメルさんだ。
「待たせてしまってすみません」
「いえいえ、私も急ぎの用はありませんので」
朗らかに笑うコメルさんを見て、やっぱりホムストの人は優しいなぁと改めて実感したのだった。
* * * *
「あ、待ってっ、言い忘れてた!」
僕達が魔動車――屋根無しのオフロードカーのようなもの――の後ろに鎖で繋がっている大きな荷車の方に乗り込んだ時、コンフィムに呼び止められた。
「結婚式には呼んでね!」
「「いや、まだ早いから!?」」
それ、今は別にそんな重要なことでも無い気がするんだけど!?
「おやおやー? "まだ早い"ってことは"する気はある"っていうことでいいのかなー?」
「「………………」」
嵌められた。見送りに来てくれた皆もクスクス笑っている。自分の顔が熱くなるのが分かる。
コンフィムに返す言葉が見つからず、すがるような気持ちで隣を見ると、フルミネも同じことを考えていたのか目が合ってしまい――。
「「出発してくださいっ」」
『あ、逃げた』
いたたまれなくなった僕達はコメルさんに出発を促した。皆が逃げたとか言ってるけど、逃げたのではない。戦略的撤退だ。
「では、出発しますか」
コメルさんの声が聞こえ、魔動車が動き出す。皆が僕達に手を振ってくれている。僕達も、皆が見えなくなるまで手を振り続けた。
王都まで、何事もないことを祈って――。
とりあえずフラグ立てときました。ぶい!