祝勝会(後編)
今、何と言ったのだろうか。僕の耳が確かなら"冗談"という言葉が聞こえたのだが。
「冗談、だったんですか?」
「ご、ごめんなさい。まさか信じるなんて思わなくて」
「あはは……なんか、すみませんでした……」
そう言いつつチラッと周りを見ると、皆さん呆然とした顔でした。あの笑いって、僕が冗談を真に受けてるのを見てただ面白がってただけだったんだ……。
「えっと……それで、大丈夫? 体のどこかがおかしくなったりしてない?」
「は、はい。それは大丈夫です。痛くはありませんでしたし、特に不調も感じられないので」
「それならいいのだけど……これからは、人の言うことを信じすぎては駄目よ?」
「……肝に命じておきます」
こうして、僕はまた一つ大人になったのだった――。
……ところでこの尻尾、元に戻るよね?
* * * *
「これ、美味しいですね」
「そうだろうそうだろう! これはうちの女房が作った料理だからな!」
「へぇ、料理お上手なんですね」
女性と別れた後、たまたまライトのお父さんと会ったので、二人でホムストの料理を楽しんでいると――。
「シンっ、やっと見つけたよ……!」
「あれ、コンフィムと…………フルミネ?」
振り向くと、そこにはフルミネをおぶっているコンフィムがいた。コンフィムが息を切らしているところを見ると、走ってきたのだろうか。
「あっ! しんだ! しんー!」
フルミネは、僕に向かって両手を伸ばしてくるが、おぶられているため当然僕には届かない。
というより、フルミネの様子が明らかにおかしい。普段、フルミネは、人前でこんな積極的にスキンシップを求めたりしないのだ。
「わわわっ、フルちゃん待ってっ、今降ろすから!」
コンフィムがフルミネを降ろすと、いきなりフルミネは僕に抱きついてくる。そんなに力も込もっていなかったので、僕も楽に抱き留めることができた。
「おっ、フィム嬢と七聖様か。じゃあ、俺はトトのところにでも行くとするか。またな!」
「あ、はい。僕も楽しかったです。ありがとうございました」
僕は、ライトのお父さんを見送った後、どうしてフルミネがこんな状態になっているのかをコンフィムに聞くことにした。
「何があったの?」
「それがね……フルちゃん、酔っちゃったみたい」
「酔った?」
「お酒だよ、お酒。まさか、こんなに弱いなんて思わなかったから……」
驚いた。そもそも、フルミネって酒に酔うのか。確かに顔が赤みがかっている。
内蔵が魔道具だから、体の中でそういう悪い成分は分解されて無くなってしまうのかと、勝手に想像していた。
「お酒飲むの初めてって言ってたから、度数の低いお酒にしたんだけどね。コップ一杯でこんな状態になっちゃった……」
「度数が高くなかったのが不幸中の幸いだったな……」
「えへへ~♪ すきすきー!」
フルミネさん、そんなドストレートに好意を示されるとドキッとしちゃいますから。無防備過ぎるところ全然直ってないな……。
「シン、なんか獲物を狙う目になってるよ。落ち着いて」
「――はっ! ごめん、コンフィム。助かった……」
危なかった。僕の理性仕事しろ。とりあえず冷静になれ自分。とにかく、冷静になるんだ……。
今のフルミネの状態を分析してみる。顔は赤いが、呂律が回らないほど酔っているのではないみたいだ。
ただ、見た目相応の精神状態になっていることが気になるが、それは大きな問題ではないだろう。
「それで、僕のところに運んできたってことは……」
「フルちゃんのお持ち帰りお願いします!」
「まあ、そうなるよな」
それはいいのだけど、一回フルミネが離れてくれないと僕は動けない。せめておぶりたい。このままだと、運べない。
「コンフィム、手伝ってくれない?」
僕が頼むと、コンフィムはキョトンとした顔になった。あれ、何か変だったか?
「もっと簡単な方法があるじゃん」
「簡単な方法?」
「お姫様抱っこ」
「それは恥ずい」
こんな公衆の面前で何の罰ゲームだそれ。人目の無いところでやるならいいけど。
「嫌ではないんだね?」
「まあな」
「あれ、正直だね」
「嘘ついても[真偽判定]があるだろ」
それに、嘘をついてまで隠すようなことでもないと思うし。
「しーんー!」
「――っ!?」
コンフィムと話していたら、フルミネが僕の体を揺すってきた。見ると、頬を膨らまして涙目になっている。
「どうした!?」
「わたしともおはなしするのー!!」
「……お話?」
「構ってほしいんだと思うよ?」
そうなの?とフルミネを見ると、フルミネは何かを期待したような眼差しでこちらを見つめてくる。
なんだか、いつも以上に表情がコロコロ変わって面白い。
「そうだな……コンフィム、何か話題ある?」
「ぼ、ボクに聞いちゃ駄目な気がするけど……?」
それもそうか。でも、急にお話したいと言われても、何を話せばいいんだ。
フルミネ自身が話題提供してくれればいいけど、この状態じゃ無理だよな。
――僕が頭を悩ませていると、急にズシッと体が重くなった。
「フルミネ?」
「…………くぅ…………」
耳をすますと、フルミネの落ち着いた寝息が聞こえてきた。どうやら眠ってしまったらしい。慣れない注目を浴びて、疲れが溜まっていたのだろうか。
「ボクの手伝い、要らなくなっちゃったね。じゃあ、ボクはライトのところにでも行ってこようかな」
「分かった。じゃあ、もしトトさんに会ったら"今日はありがとうございました"って伝えておいてくれる?」
「うん。今日はお疲れ様」
「ああ、お疲れ――」
* * * *
ここから先は余談だが、家に帰ってきた僕がフルミネをベッドに降ろそうとした時のこと――。
「フルミネ、降ろすよー」
「…………うぅ…………やあー…………」
背中から降ろそうと腰を屈めても、服を掴まれていて全く離れてくれる気配がない。
「手、離すからなー」
「…………やぁ……」
こうなると、少々強引なやり方になってしまうが、フルミネをベッドの上に落とすことにした。
僕が背中を傾けてフルミネをそっと落とすと、彼女は寝言のような呻き声を出しながら大の字に倒れた。風邪を引かないようにお腹に布団をかけるのも忘れてはならない。
さて、ベッドはフルミネが占領しているため、僕は床で寝ることになるのだがどこで寝よう。
1.普通に床に転がって寝る。
2.壁を背にして寝る。
3.フルミネの寝顔を見てオールする。
……3はないな、睡眠は大切だ。だとすると1か2になるけど、2は寝づらそうだから普通に1にしよう。
――翌日、この選択をしたことを僕は後悔することになる。
フルミネはお酒を飲むと欲望に正直になるタイプ。